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11話

 義理の父であるメチヤ様の仰られる通り、私は新たに仲間となったこの少女の事をよく見ていなかった。


 茸を大きくする能力。これは非常に有用だ。

 階層の浅い茸は食用が主になっているが、肉に近い茸の食感は非常に人気がある。焼いてそのまま塩を振っても美味いが、私は干して保存食としたものの方が味が深くなって美味いと思う。

 大きくなった茸であれば、干しても量も質も十分な物になるだろう。


 なにより……


 私は自分の口髭を擦りながらメチヤ様に目を向ける。

 粘着質のネットネトな菌糸がメチヤ様の顔面を中心に大量にぶっかかっているが、この菌糸こそが重要なのだ。

 だからこそ敢えて採取をしやすいようメチヤ様自ら受け止めたのだろう。とりあえずそう思っておく。


 ダンジョンで無限のように沸いてでる茸のモンスターだが、その生態は謎に包まれている。

 いつ行っても居るのに、茸のモンスターで溢れる事はない。まるで特定の意思の元、必要に応じて数を増やしているような茸のモンスター。


 これまで謎のベールに包まれていたが、その生態を明らかにするであろう鍵となるのが、この菌糸だ。これを今メチヤ様が大量に浴びている。

 この菌糸を持ち帰る事で、ひょっとするとダンジョン外での食用茸の養殖が可能になるかもしれない。

 これまでも訓練と称して学生を使ってダンジョンから食用茸を持ってこさせているけれど、養殖させることで完全に食料を管理できることになれば、それこそ、この菌糸は恐ろしいほどの価値を持っていることになる。


 私は探索とは深層を探る事と、どこかで思ってしまっていた。

 階層が浅かろうが宝はいつでも近くにあったのだ。

 流石はエムネン家伯爵、メチヤ様だ。


 それにいくつかの階層には特殊な茸がまだまだ出てくる。

 その中には薬用に用いられる茸もあったはず。

 養殖方法を確立した上で、その菌糸を手にすることができれば、またどれほどの価値となる事か。


「だ、大丈夫ですか!? メチヤ様!」

「んん……んん……これは……これで……いいぞう……」


 私は頭を現状に切り替えて一つ溜め息をつく。

 義理の父のモンスターと対峙した時の悪い癖が出ているようだ。


「エリー。気にしなくても大丈夫だ。」

「で、ですがルークさんっ!」


「メチヤ様は『鉄壁』というスキルを持っておられる。斬撃だろうが毒だろうが、そんな攻撃を物ともしない防御力だよ。」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ。そのスキルがあるからこそ痛みを感じる事が少ないのだ。だがエリーはその鉄壁のメチヤ様に痛みを感じさせたのだから、そこを評価されたのだよ。」

「えっ?」

「だから言っただろう? 誇って良いと。」

「あ、はい。」


 私と話をしたことで少し落ち着いたようなエリー。

 私もメチヤ様に目を向けると仁王立ちしたまま天を仰ぎ、ふるふると震えていた。


 私が見ている限りメチヤ様にダメージはまったく入っていない。

 メチヤ様はエリーの顔を目がけて飛んだ茸の角をエリーから庇った。エリーとの身長差から角はそのままであれば胸で受けそうだったところを、敢えて屈み、わざわざダメージを受けやすい鼻の穴で受け止めていたのだ。普通であれば柔らかい鼻だけれど、やはり角は刺さる事もなく、ただ弾かれた。まったく痛くなかった事でメチヤ様がションボリしたのは分かった。

 だけれど、そのションボリの後に追ってきたのは粘液糸。

 触ればミョーンと伸びる程の、どことなく見覚えのある粘度は、つい嫌悪感を覚える。この嫌悪感はメチヤ様も感じたことだろう。


 その粘液糸を大量に頭からかぶった事で、屈辱的な何かを感じて多分メチヤ様は震えているのだ。


「んん……おお……おぉいぇぇ。」

「……メチヤ様。そろそろ。」

「おっ?」


 声をかけてメチヤ様を正気に戻す。

 メチヤ様は肉体的にダメージを受けたり精神的にダメージを受けた時に、こうして意識をどこかへやってしまう事があるのだ。

 私はエリーを庇う前にきちんと地面に下ろされていたリュックの中から、着替えを探しだして準備をする。


「代えの用意が出来ました。」

「うむ……オホン。」


 メチヤ様は姿勢を正し、綺麗に直立して一つ咳払いをする。


「パージっ!」

「――っ!」


 そして全てを脱ぎ捨てた。


 エリーが無言で大慌てしている。なにせ年頃の女の子だ。男がいきなり全裸になればそういう反応にもなるだろう。

 これもメチヤ様の特技の一つなのだが、まるで卵の殻が剥けるように汚れ等を脱ぎ去る事ができるのだ。そのついでになぜか服も脱げてしまうのだが、これほど有用な能力。裸になる程度でこの能力を使わないなど有り得ない。

 なにせ拘束であっても構わず解いてしまうのだから。


 ……ただ……父よ。

 なぜに戦闘態勢に?


 私はすぐに剣から目を逸らしつつ服を渡し、菌糸の大量についた服を研究用の革袋に詰め込むのだった。



--*--*--



 掴みはオーケーだ。

 私はエリーの視線でうまく行っている事を少しだけ感じながら服を着る。


 まずはエリーの中でできている私の虚像をぶち壊さなければならない。

 そして私はどんな責めをされても大丈夫なのだ。こいつは死なないという意識も持ってもらわなければならない。


 こういった事は始めが肝心だ。

 まずはエリーの中で出来上がっている『貴族で偉い』というイメージを破壊しなければならないのだ。


 だからこそ私は荷物持ちをする事にした。

 そう。使われる立場へと自分を追いやったのだ。こうでもしなければエリーのあの鞭を再度味わう事など出来ないだろう。


 エリーのあの鞭捌きは素晴らしかった……


 この街において指折りの名家であるエムネン家。

 そんな家の顔である私だ。

 だからこそ油断していた。

 まさか尻を向けたとて本当に打つはずが無かろうと。


 だが、打った。


 エリーは打ったのだ。


 しかも痛かった。

 とても痛かった。


 瞬間的に感じた痛み、そして、その後に続くまるで尻の皮膚が焼けているかのようにヒリヒリとする痛み。この私が思わず声を漏らすほど痛みを感じたのだ。


 ――このエムネン伯爵家には家が生まれた頃から伝わる一つの伝説の言葉がある。


「オーイエークモンヒッミーヒッミー」


 私は父から聞き、父もその時代の当代であった祖母から聞いた。祖母もまたその上から聞いてきた代々伝わる言葉。


 我が家は家系として守りの才能に目覚めやすく、祖母のスキルに至っては「完全防御」という非常に稀なスキルだったという。そんな家だからこそ、皆、痛みを感じる事はほぼ無い。

 他の人が感じる物が感じられないというのは存外寂しいもの。幼心によくそれを感じたものだ。


 そんな時に、父が教えてくれた「オーイエークモンヒッミーヒッミー」


 古代に滅んだ言葉と言われており、この言葉の意味は「我に痛みを与えられるのであれば貴方に従おう」という意味と教えられた。

 主に婚姻した相手に対して言う言葉とも教えられたから、私が言葉を教えた娘のテーカも、婚約したルークに「オーイエークモンヒッミーヒッミー」と囁いている事だろう。


 そして大事な事だが、私も今は亡き妻に「オーイエークモンヒッミーヒッミー」と囁いた。


 ……だが妻は私に痛みを与えてくれることはなかった。

 それでも私に愛すべき時を教えてくれた、最高の妻だった事だけは確かだ。

 その妻を失い、そろそろ私も肩の荷を下ろす時が近いと感じていたのだが、今になって私に痛みを教えてくれる少女が現れたのだ。

 モンスターの攻撃以外、人では初めての事。私には、この出会いが運命であるように思えてならない。


 私はこのエリーに従わなければ……否、使われなければならないのだ!


 その為に私はこれから生きるのだ!

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