10話
本日3話目
「と、いうわけで、早速だがダンジョンに潜るぞ。」
「ルークさん……あの、もうダンジョンに到着してしまっているので、それはわかるのですが……」
私はルーク様に声をかけながら、チラリと後方を見る。
「なぜ……メチヤ様がここに?」
私の送った視線の先には、探索用の探検服に袖を通したメチヤ様が大きなリュックサックを担いでニコニコしながら立っている。
恐ろしい事に、ただただなにも言わずにニコニコとついてくるだけなのだ。一番偉い人が。お婆ちゃんと同じくらいの年だろう人が。
「……メチヤ様の意思だ。」
「……そうですか。」
雇用主の要望。
そう言われれば逆らえるはずもない。
なにせ私は新人。
新人の中でも無能の部類に属しているというのに、メチヤ様は一人前のお給金を貰える契約をパパっとすませてくださっていた。
正直、まだ何も働いていないし茸しか大きくできないのに、なんでここまで私を買ってくれるのか分からない。恩もきちんと返せるかもわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
「私の事は気にしなくてもいいんだよ。もちろん邪魔もしない。いや荷物持ちとして役に立とうとも。」
「えぇっ!? あ、あの、メチヤ様? 荷物持ちなら私が……」
リュックを下ろさせようとすると、ルーク様に制された。
「エリー……エムネン伯爵家は『苦難に耐える事を誉とする』というのは伝えただろう?」
「あ、はい……聞きました。」
「宜しい。エムネン伯爵家の歴史を紐解けば、何代も前の伯爵様にもダンジョンに荷物持ちとして同行したという記録も残っている。
またモンスターに襲われた際に探索者の盾として立ちはだかった伯爵様もいたという記録もある。」
「そうなんですか?」
「うむ。エムネン伯爵家はそういう家なのだ。また防御力にかけては定評のある家でもある。だからメチヤ様の言葉の通りに気にしなくていいのだよ。」
「はい……」
「それではメチヤ様……本日は私ルークとエリー、そしてメチヤ様の3人でダンジョンに入るということで宜しいのでしょうか?」
「あぁいいとも! ダンジョンで使う荷物は任せてもらおうじゃあないか。過不足無く全て持ってきているからな。」
とても大きなリュックサックだ。
正直、私が代わりに持ったら10分で動けなくなりそうな気がしてならない。
「安心したまえエリー。新人を過度に戦わせようなどとは考えていないさ。私が戦う事になるのだろうから深くまでは潜らないし、これまでのダンジョン探索の復習と、これからのダンジョンアタックの予習だと思いなさい。」
「は、はい。」
「では行くぞ。」
そう言ってルークさんは鉢金――エムネン伯爵家の紋様が刻まれた金属が縫い付けられている鉢巻を額に結び進み始めた。
ルークさんが先陣を切って進みはじめ、後に続く。
わたしの後ろにメチア様もついてくる。
気にするなと言われても、やはり気になる。
チラリと見てみれば、なんともにこやかな表情で微笑んでいた。
どう反応していいのか分からず愛想笑いを返したけれど、かなり硬い笑顔になっていると思う。
どんどん進んでゆく。
「む? 茸が出てきそうだな。」
「あっ、あのですね――」
私、茸を大きくできるんです。
そう言おうとした私の足元には、既に両断された茸が落ちていた。
「今、何か言ったか? エリー?」
ルークさんが、さも何事も無かったように声をかけてくる。
ダンジョンの深くに潜る人であれば当然茸など敵ではないという事なのだろう。私はその事実を思い知った。
「いえ……なんでも……ありません。」
「そうか? では、とりあえず今日は学校では禁止されていた階層まで向かっておこう。」
「……はい。」
貴族であるメチア様に認められたことで生まれた自信が、細い蝋燭の火のように消えた。
私が役に立てることなど、やはり荷物持ち程度しかないのだ。
「ルークよ。」
後ろから、威厳のある声が聞こえた。
「はっ!」
気が付けば、ルークさんがメチヤ様の前に戻り、膝をついている。
メチヤ様のにこやかだった表情が、どこか厳しい物になっていて威厳すら感じ、私も膝をついた方が良いのかと思い慌てていると、メチヤ様は私に手をかざし両目を閉じて顔を横に振った。
そのままで待機という事なのだと思い、私が慌てるのを止めると、メチヤ様はかざしていた手を戻して口を開いた。
「お前は何も分かっておらんのだな……私は、お前の働きが見たいのではない。エリーの働きが見たいのだ。」
「はっ! 恐れながら、エリーが戦うに相応しい良い相手を準備しようかと――」
ルークさんの言葉を手をかざして止めるメチヤ様。
「やはり分かっておらん。私は常日頃言っていたであろう? 大事なのは思いやりであると。」
「はっ!」
「あのエリーの顔を見てみるがいい。あれは自信を失った顔だ……お前は真っ直ぐだが朴念仁なところはどうにもイカンな。」
「申し訳ありません。」
私のせいでルークさんが謝っている。
それが申し訳なさ過ぎて、居心地が悪くなってしまう。
だけれど、すぐにメチヤ様がニコリと微笑んで、こちらに向き直った。
「エリー。お前は、この茸のモンスターで、何か言いたい事があったんじゃあないかい? 何も遠慮する事は無いんだ。思った事は全て口に出して良い。私が許そう。それが誹りであっても、悪口であっても構わない。私が許そう。だから言っていい。どんどん言っていい。むしろ言ってほしい。というかはやく聞かせて欲しい。非難でも罵りでもいいぞう!」
物凄く手厚くフォローをしてくれた事が嬉しく、私は一つ頷き口を開く。
「私、茸を大きくする事が出来るんですっ!」
メチヤ様とルークさんは、私の言葉を聞いてから顔を見合わせ、再度私に向き直り言った。
「「 是非見せてもらおう 」」
--*--*--
ムチ打つ音がダンジョンに響く。
「ふむ……」
音が響く度にビクンビクンと痙攣しながら茸が膨れ上がる。
そして大きくなってゆく茸をメチア様とルークさんがまじまじと観察している。
私は自分のできる事を知ってもらおうと精一杯、茸の声に耳を傾けながらムチ打つ。
「ほう……」
茸は私のムチの一打ち一打ちに応えるように、激しくビクンビクンと痙攣しながら大きく太く逞しく育ってゆく。
「とても……おおきいです。」
「うむ。はちきれんばかりにパンパンじゃな。傘も立派に開き、身も反り返っておる。」
茸がビクビクビクンと激しく痙攣し、聞こえてくる声が『ンゴォっ! ンゴゴゴっ!』と絶叫に近い響きになっている。
「これでこの茸が最大限に膨らんだ状態になってます。もうこれ以上膨らみません。」
「ほう……これ以上膨らまそうとしたらどうなるんだね?」
「角とか、ねっとりした液体とか色々を飛ばしだして一気に萎みます。とも……友人が言うには菌糸だって言ってました。」
「菌糸を吐くか……それはまた面白いな。やってみてくれるか?」
「いえっ! 角が物凄い勢いで飛んでくるので危ないです!」
「なに、茸の角程度で怪我したりすることはないさ。」
「えぇっ!?」
「エリー……言っただろう? メチヤ様の家系は、防御力にかけては定評のある家だ、と。」
メチヤ様とルークさんの言葉に驚きを隠せない。
「あの……でも……」
「他に何か懸念が?」
「すみません……私が……飛んできた角を…きっと避けられません。」
普段ダンジョンに潜らない貴族様が平気なのに探索者の自分が全く平気じゃないという差。
あまりの恥ずかしさに下を向く事しかできない。
そんな私の肩に手が置かれた。
顔を上げれば微笑むメチヤ様だった。
「なに、いざという時には私がエリーの盾となろうじゃあないか。安心するといい。」
「そんな、もしメチヤ様が怪我でもしたら……」
考えを変える為の助けを求めルークさんに目を向ける。
だけれどルークさんは、静かに顔を横に振った。
「うぅ……」
やるしか道は残っていなかった。
「では……破裂させます。」
ムチを握り直し、左手で鞭のボディを掴んで中空でパシンと音を鳴らし気合を入れる。
打ったあとに避ける。
打ったあとに避ける。
打ったあとに避ける。
そう頭の中で段取りをして、意を決して構える。
ふと茸を見ると、破裂しそうだった雰囲気が少し弱まっているように感じた。
私はすぐに茸を元の状態に戻すべく、敢えて何も無い地面を鞭打つ。
『ンゴ……ンゴゴっ!』
こちらが一生懸命に考えているのに、まるで関係なさそうに気分を萎えさせた茸が少し腹立たしかったのだ。
「もう破裂しそうだったくせに……生意気。」
茸はすぐに破裂一歩手前の状態になった。
「さっさと破裂してしまいなさい。」
敢えて鞭を強く打たずに、フェザータッチのように軽く打つ。
『マタンゴォーーーーっっ!!』
限界に達していた茸は、想定通りに破裂し、やはり角が飛んでくる、そしてその角の向かう先は私だった。分かっていて避けようと思っていたのに、それでも私の反射神経では避けきれそうにない。
このままでは角が当たってしまう――そう思ったその時
「ぉおう――」
メチヤ様が声を上げていた。
私と茸の間にメチヤ様が身体を入れて、そして言葉の通り盾となってくれたのだ。
まさか本当に盾になってくれるとは思ってなかった。
飛んだ角をメチヤ様が弾いたのか、クルクルと回転しながら音を立てて地面に転がり、その音で正気に戻る。
「め、メチヤ様っ! だ、大丈夫ですか!?」
メチヤ様に押された事で崩れていた身体を起こし、両手を横に広げた体勢で固まっているメチヤ様の様子を伺う。
ビュルウ、ビュウビュクンビュクン
ビクンビクンビクビクンと痙攣し続ける茸の、角が飛んだことでできた穴から激しく湧き出る粘液糸。
「これは……また……これまでにない新感覚……」
「メチヤ様ーっ!」
メチヤ様の身体には傷ひとつ無さそうだったけれど、そのお姿は、降りかかった粘液糸がまとわりつき、ネットネットになっているのだった。
「あれ? 誰得な物を書いてるんだ?」
と、真剣に悩みはじめますた。