表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/35


「それじゃあ行ってきます!」

「あぁ、気をつけて行ってくるんだよ。スコットさんの言う事はよく聞くようにね。エリー。」

「はーい。」


 お婆ちゃんに手を振り、ドアを締め終わると同時に駆け出す。

 初めての都会。その都会に行く事で得られるチャンスと未来を思い描き、私の顔は勝手に笑顔になる。


 お婆ちゃんの作ってくれたバスケットを脇に抱えながら、麦わら帽子が風で飛ばないように、もう片方の手で抑えて走ると、すぐに道に停まっている荷馬車が見えてきた。


「おはようございます!」

「あぁおはようエリー。さぁ乗りなさい。」

「はいっ!」


 荷馬車の馬に水を飲ませていたスコットさんに元気よく返事をして、幌の無い馬車に乗りこむ。


「エリー。手を。」

「有難うハンス。」


 荷馬車に先に乗っていたハンスが伸ばしてくれた手を取ると、ぐっと引き上げてくれる。


「おい、エリー、その荷物はなんだ?」

「えへへ。お婆ちゃんがみんなで食べなさいってビスケットとチーズを持たせてくれたんだよ。」

「「 おー! 」」


 座っていたトミーの問いかけに答えると全員から喜びの声が上がった。大事にバスケットを置き、トミーの隣に座る。

 すぐに手を引いてくれたハンスも隣に座った。


「よし。これで全員だな? お前ら忘れもんはないか?」

「「「 はーい 」」」


 元気よく返事をするとスコットさんが荷馬車を出発させる。

 ぱっかぱっかと荷馬車はゆっくり進み、暑くもない丁度良い日差しが心地よい。


「しかし早いもんだなぁ。お前らももう10歳か。俺も年を取るわけだ。」

「スコットさんはいくつになったの?」

「俺ぁもう……え~っと? 確か28だよ。」

「俺の父ちゃんより上じゃねぇの。なんで嫁いねぇの?」

「うっさい。縁がねぇんだよ。縁が。」


 トミーの言葉に軽く舌打ちをしながら答えたスコットさん。


「あ、スコットさんの分もちゃんとあるからね。チーズ。」

「おう有難うよ。先はなげぇからな。こういった楽しみがあると嬉しいねぇ。」


 もしかして嫌な気分になっていないかと言葉をかけてみたけれど、まったく気にしていないような雰囲気でほっとする。


「しかし楽しみだなぁ。」

「あぁ、とうとうだもんな。」


 まったく気にしていないトミーが空を見ながら呟き、ハンスもにこやかにそれに続く。


「ハンスもトミーも楽しみにしてたもんね。」

「おうっ!」


 トミーは自信満々に立ち上がった。


「絶対に俺、勇者になるんだぜいっ!」

「あはは、トミーがなれるわけないって。勇者って、いっぱいスキルに目覚めなきゃいけないんだろ? ねぇスコットさん?」

「はっはっは! そうだなぁ。勇者っていやぁみんなの憧れだからなぁ……俺もガキの頃は憧れたっけなぁ。」


 後ろを振り向くことなく放たれたスコットさんの言葉にトミーがまた胸を張る。


「うん! 大丈夫だ! 俺ならなれる!」

「ははっ、それじゃあ期待してるよ。僕はそうだなぁ……家の役に立てるようなスキルに目覚められたらいいなぁ。」


「へぇ、ハンスは現実的な子だなぁ。確か家は馬や羊を育ててたよな? だったら、あれだな。俺みたいな『交渉』スキルでも結構役に立つぞ? なんてたって動物とも交渉できるんだからな。

 まぁ……交渉できるからこそ家畜を殺しにくくなっちゃって仕入れの仕事してんだけどな。」

「それじゃあダメじゃん。」

「はっはっは! なぁに俺が言いたい事はな、どんなスキルになるか分からないが、それは生きる役には立ってるってことさ。家の仕事は手伝い難くなったが、人との話合いで役に立ってる。大事なのは目覚めたスキルとどう付き合っていくかってことだ。ようく覚えておけよ。」


 高らかに笑うスコットさん。

 トミーが私の方に顔を向けてくる。


「なぁ、エリーはどんなスキルが良いんだ?」

「あ、たしかに気になるな。なんだっけ、女の人しか手に入らないスキルとかもあるって聞くし。ねぇスコットさん。」

「ん? ……んん……まぁ、あるにはある…なぁ。うん…………なぁ、ハンス。お前それ誰に聞いた?」

「父さんがなんかで言ってた気がするんだけど……なんだったっけな……」

「いや、んんっ! ゲフンゲフンっ! 思い出さなくていいぞ。うん。いいぞー! ……で? エリーは?」

「えっ? 私? 私は……お婆ちゃんに楽をさせてあげられるなら、なんでもいいかな。」

「そっか……エリーは優しい子だからな。料理や裁縫とかが似合いそうだ。」

「うん! お婆ちゃん裁縫のスキルもってるの!」

「あぁ知ってるとも。エステラさんに何度も服を直してもらったからな。俺のズボンにエステラさんの手が入ってない所は無いくらいだよ。丁寧な仕事してくれるから丈夫なんだよなぁ。」

「裁縫かぁ……うん! 私、お婆ちゃんと一緒の裁縫がいいなぁ。」

「まぁ何に目覚めるかは分からないから、めちゃくちゃ期待はするなよ? 外れた時にガッカリしちまうからな。どんなスキルにしろ使う本人次第だ。忘れるなよ?」


 スコットさんの真面目な声。

 だけど、すぐに声色が変わる。


「さて、まだまだ道は長い。いいスキルに目覚める事が出来るように、ちゃーんと良い子にして休んでろ。」

「「「 はーい 」」」


 のんびりと荷馬車は子供達を揺らしながら進んでゆくのだった。



――*――*――



「人が多い……」

「建物が……」

「すげぇ……」


 荷馬車から顔を覗かせた私達は、みな同じ顔をしているに違いなかった。


「はっはっは! おいおい、お前達。ここはまだ中継拠点に過ぎないんだぞ?」

「これが中継拠点か……」

「おいハンス、中継拠点ってなんだよ。知ってんのか?」

「あぁ、えっと……人が多い都会って物がたくさんいるだろ? だから国中から色んな物を集めなきゃいけなくなるから、それを集めやすくする為の場所って聞いたことがある。」

「「 へー 」」


 私とトミーはハンスの言葉に頷きながら同時に声を上げる。

 私たちの反応に少し照れくさそうな顔をしたハンスの頭にスコットさんの手が伸びくしゃくしゃと撫でた。


「よく知ってるなぁハンス。中継拠点にはな『拠点間移動施設』があるんだよ。ソレを使うと一瞬で移動できちゃうんだぞ? すごいだろう。」

「うわぁい! なんだか面白そうだ!」

「おう。それで一番近い都会まで行くってわけさ。」


 トミーが興奮して荷馬車の中で飛び跳ねる。


 私はなんだか一瞬で知らない場所に行けるというのが、とても怖いように思えてしまい、楽しそうなトミーが少し羨ましい。

 荷馬車はガタガタと細かく揺れながら拠点へと近づいてゆく。拠点は柵に囲われていて入り口には兵隊も立っていて、それもなんだか怖い。


「用件は? ……まぁ聞くまでもなさそうだがな。で、どこから来たんだ?」

「どもお疲れ様です。スーシュの村で10歳になった子供達のスキルを授かりにちょっとリスヒトまでね。俺ぁ付き添いです。」

「そうか……あ~、一応伝えておくが子供5人に対して付き添いが1人に限って免除。それ以外は金がかかる事になっている。」

「えぇ。毎年来てますからね。分かってますとも。折角だからって色々買い物を頼まれちまうんだから困ったもんですわ。」

「苦労するな。よし、じゃあまずはそこの建物で旅券を貰え。」

「どうも。」

「3人とも良いスキルに目覚めるといいな。行け。」


 おっかなびっくり怖そうな兵隊さんを見ていると苦笑いを浮かべながらも軽く手を振ってくれた。なんだか恥ずかしくなってしまい一回だけ手を振り返してから荷馬車で顔を隠す。


「おい見ろよ! でっけぇ建物だ!」

「うわぁ……」

「あれが拠点間移動施設だな。まぁ長ったらしくて言い難いから俺達は『門』って言ってるんだけどな。

 さて、今日はここで手続きしたら休んで、明日はあの門を通って都会に向かうぞ! 覚悟しとけよ~。

 あぁ、あとここは便所は決まった場所にあるからな、どこでもするんじゃねぇぞ? 下手すると追い出されるからな? いいな?」

「「「 はーい 」」」


 元気よく返事をし今日も荷馬車で休む。もう荷馬車で眠るのも随分と慣れたものだ。


 翌日、荷馬車のまま都会に移動するとお金がかかるらしく荷馬車をどこかに預けたスコットさんと一緒に、みんなで歩いて門へと向かう。

 門の施設の中に入る時に、スコットさんが持ってきてくれた旅券を渡した兵隊さんになにか質問をされたけど、何を言われたかわからない。慌てていたら、いつの間にか答えていたらしくなんとか入る事が出来た。だけれどその後は、もう、スコットさんの「こっちだこっち」と言う言葉しか覚えていない。とにかく人が多くて、色んな人が忙しく動きまわっていて目が回りそうだった。


「リスヒト行き。ここはリスヒト行きですよー。間違えている方はいませんねー! もう出発しますよー」


 気が付けばローブを来た人が叫んでいる。

 ローブの人に案内されて乗っている魔法陣の上には、もうかなりの人。馬車や荷馬車の台車なんかも乗っていてぎゅうぎゅうに押し合っていて苦しい。


「だ、大丈夫かエリー?」

「う、うぅん。ちょっと苦しいけど、大丈夫、ありがとうハンス。」

「ぐぶぇぇ」

「おいトミー。潰れたか?」

「……らいじょぶ。」

「まぁ、この時期はたくさん子供が集まってくるからな。どうしてもこうなるんだよなぁ。」


「じゃあ出発しまーす! 動かないでくださいねー! 動いて事故にあっても私達に一切の責任はありませんよー。」


 魔法陣から離れたローブの人がそう叫んで一瞬だけ魔法陣が光った気がした。


「到着でーす!」


 同じような場所からローブの人の声が聞こえる。だけれども同じローブを身につけていても声が違っていて、別の人なのだとわかった。


「おし、着いたぞ、一気に動くから人に押し流されないように気をつけてついて来いよ。」

「えっ? ええええっ!?」

「え、エリー!」

「ぐぶえぇぇっ」


 動き出した人の流れに飲み込まれそうになったところをハンスが手を掴んでくれた。頑張ってその手を離さないように掴み続ける。

「はーい押さないでくださーい。一方通行ですから押さないでくださーい。」

 人の多さにクラクラしていると、いつの間にか外に出てきていた。人も散ったようで、もう苦しくない。


「あぁ、つっかれた……さてお前たち。ようこそダンジョン都市リスヒトへ。楽しみにしてた都会だぞう?」

「「「 …… 」」」


 ガヤガヤとした喧騒。

 立ち並ぶ建物。

 見たことない衣装で着飾った沢山の人達。


 両手を広げて笑うスコットさんの後ろに広がる見なれない光景に、ただただ口が開いてしまう。


「お前ら、全員おんなじ顔してるぞ。ぷっ! ぷぷぷっ!」


 スコットさんの笑い声に右、左と顔を動かしてハンスとトミーの顔を見る。すると二人とも少し上を見上げながら大きく口を開いた変な顔。そんな二人と目が合い、ようやく私も同じ顔をしている事に気付いた。


「……ぷっ、」

「……ふふっ」

「すっげぇぇ! なんだここっ! うひゃあぁ!」

「おーし! お前らさっさと行くぞー。はぐれたら帰れなくなるぞー。ちゃーんと俺について来いよー。」


 こうして私は初めての都会を目の当たりにしたのだった。


 見たことのない世界。

 全てが新しく、きらきらと輝いている。

 嫌が応にも気持ちが昂ぶってゆく。


「ね、ねぇねぇスコットさん! ダンジョンって何!?」

「んん? ダンジョンってのは、そうだなぁ……宝物が取れるところ……だな。もちろん化け物なんかも出てくる危ねぇ所だから入るには資格がいる。お前らは入れねぇぞ。」

「宝物!?」

「あぁ。金銀財宝やマジックアイテムが出る事もあるって話だ。もちろん倒した化け物も肉や革に利用されるし、ダンジョン内で取れる特別頑丈な木材なんかもあるらしい。だからダンジョンのあるこの街はこんなに都会なんだよ。」


「すっげぇ! じゃあダンジョンに入れれば金持ちになれんのかよ!」

「お金持ちになれたら、お婆ちゃんも今より楽できる!?」

「あぁ、そうだな。金持ちになる一番手っ取り早い方法がダンジョンに入る探検者さ。

 でも資格がいるって言ったろ? ダンジョンには誰でも入れるわけじゃあない。それにダンジョンに入るヤツは早死にするヤツも多いんだ。いいか? 若い内に死んじまうのは、みんなを不幸にする。だから地道に働くのが一番だってことを忘れるなよ?」


 スコットさんの言葉を聞いたのか聞いていないのか興奮したように何度も鼻息を荒くするトミー。私もトミーの鼻息につられるようにダンジョンという場所が夢の舞台のように思えてくる。


「いいか? 人生は一度きり。死んだら終わりだからな。」


 スコットさんが怖い顔をして、もう一度告げた。

 その迫力にトミーの鼻息も止まる。


「……まぁ一度だからこそ、悔いなく生きるってのが大事だったりもするんだがな。」


 そう言って頭を掻きながらおどけて見せた。


「悔いなく生きる……」


 私はなぜか、このハンスさんの言葉が胸に残った。


「ほらエリー! 遅れるよ!」


 ハンスが手を差し出してくる。

 気が付けばスコットさんはまた歩きだしていた。慌ててハンスの手を取り後を追うのだった。



--*--*--



「ふぁぁああ……」

「すっげぇぇ……」

「なんだこれ……」


 スコットさんは私達を立派な建物に連れてきてくれた。

 建物に見とれていると、スコットさんが綺麗な服を着た女の人にペコペコと小さく頭を下げている。


「スーシュの村から3人です。それじゃあ終わるころには迎えに来ますんで……いやぁ頼まれた買い物が多くてほんと大変ですわ。」

「えぇ。皆さん同じように仰られます。この時期はわざと値段を吊り上げている店も多いですからお気をつけください。」


「それは任せてください。俺ぁ『交渉』スキル持ちなんで。逆にギリギリまで値切ってやりますぁ!」

「ふふふ。それなら大丈夫そうですね。では、スーシュ村の3名、トミー、ハンス、エリーをお預かりいたします。」


「じゃあ、お前たち、このお姉さんの言う事をよく聞けよ~。俺ぁこれから急いで買い物だ。また終わったくらいに来るからな。」

「「「 はーい! 」」」

「じゃあ宜しくお願いします。」


 女性に頭を下げてスコットさんは足早に去って行った。

 その後、綺麗な服を着た女の人に案内された部屋に入ると、そこには同じくらいの年の子が沢山いる部屋。よくよく見ると、みんな列を組んでいて静かに並んでいる。


「さぁ、貴方たちもここに並んで。進んだら後に続いてね。この先で順番にスキルの判定をやっているから。」

「えっ!? こんな沢山!?」


 トミーが声を上げた。

 私もそう思った。どれだけ時間がかかるのだろうかと思ったのだ。


「そうよ。みんな凛々しく、しっかりと待っているでしょう?

 やっぱり凛々しい子には良いスキルがもたらされるのでしょうね。」


 その言葉を聞いてトミーは背筋を伸ばしてすぐに順番に並んだ。

 ハンスもトミーの後ろに続き、私はハンスが手招きをしてくれたのに気付いて、慌てて開いていた口を閉じて後ろに並ぶ。


「ふふっ、うん。みんな凛々しく立派ですよ。この人数なら……そうですね4時間もしない内に順番が回ってきます。」


「よっ!?」


 トミーが驚いた顔で勢いよく振り返った。

 ハンスも、そして私もだ。


 だけれど、ニッコリと微笑む女の人に何も言えず、みんなで口を噤んで前を向くのだった。



--*--*--



 順調に列が進んだり、突然長く止まったり、列の途中で水飲み場があったり、時々お姉さんが「お手洗い……おしっこは大丈夫?」と声をかけて来てくれたりして、もうどれくらい経ったか分からなくなった頃、ようやくみんなが何をしているのか、わかるところまでやってきた。


 列の先に居る子が、4人の立派な服を着た大人たちが囲んでいる大きな水瓶みずがめの水に手を差し込むと、その度に大人たちがどこか難しい顔をして何かを話し合い、それがまとまると何かを紙に書いて子供に渡している。

 その紙を受け取った子供は、受け取った紙を少し進んで大人の人に見せると『あの部屋に進みなさい』と進む部屋を指示されて、紙を持ったままそこへ進むのだ。


 この大人たちの話し合いが時間がかかる時と、かからない時があって列の進み方が違っていたのだ。

 雰囲気を見ていると話し合いに時間がかかる時ほど良さそうなスキルが授かっているような気がしてならない。


「……ドキドキしてきた。」

「僕もだよ。」

「俺……も、いや、オレ、ゆうしゃになるしっ!」


 緊張感に耐えきれずポツリと呟くと、ハンスもトミーも小声で言葉を返してきてくれた。

 それでもやっぱり、ドキドキとなる胸の鼓動が止まらない。

 少し自分の息も早くなってきている気がする。それが怖くてたまらず胸を両手で押さえつける。


「大丈夫。」


 ハンスが手を取って微笑んでくれる。


「緊張しすぎだよエリー。スコットさんも言っていただろう? どんなスキルでも役に立つ。付き合い方次第だって。ね?」

「う、うん。」


 にっこりとほほ笑んだハンスのおかげで胸の苦しさが治まってゆく。


「……ありがと。」

「いいよ。実は僕も不安なんだ。だからちょっと手を握っててもいいかな?」

「…………うん。」


 ハンスの握ってくれた手から安心が広がってゆくような気がした。

 いつまでも握っていたいと。そう思った。



「次の子。その水に手を付けて。」

「ふぁいっ!」


 トミーが元気よく返事をして、じゃばっと音をたてて言われた通りに水に手をつっこむ。

 いつの間にか順番が大分進んでいた。順番が近いからトミーが何をしているのかを見ることが出来る。


 トミーが水瓶に手を付けると一瞬だけ水面が光り大人の人が囲んでいる大きな水たまりに文字が、うにゃうにゃと浮かび始めたのだ。


「……ねぇ、ハンス。ハンスはあれ読める?」

「ううん……文字は習ったけれど、全然違う文字みたいに見える。」


 うにゃうにゃと水面に浮かんだ文字。


豆頁 @ 中も筋肉τ″τ″ 、キ τ ゑ 気 カゞ す ゑ 。

 も ぅ イ 夲 を イ吏 ぅ 以 夕ト レよ 考 ぇ ナょ レヽ 方 カゞ レヽ レヽ ω ι″ゃ ナょ レヽ カゝ ナょ ?

 τ レヽ ぅ カゝ 、ξ @ 方 カゞ レヽ レヽ ー⊂ 思 ぅ 。


 まったく何も分からない。

 だけれども、その文字を難しい顔で見ている大人たちがボソボソと何かを話しているので、静かに聞き耳を立てる。


「……身体を使えと読み取れます。」

「えぇ。頭脳系は無視しろとも。」

「うむ。筋肉と言う文字も見て取れるな。」

「これは格闘系のスキルなのでしょうね。」

「剣などの表記も無い事から、格闘術のスキルかと。」

「異議なし」

「異議なし」


 すぐに紙に何かを書き始めたけれど、そんな言葉が聞こえた気がした。

 トミーは紙を渡され、次の部屋に案内されてゆく。


「次の子。その水に手を付けて。」

「はい。」


 ハンスが一度私にニコリと微笑んでから繋いでいた手を離して、トミーと同じように水に手を付けた。


「わっ!?」

「おぉっ……」

「これは……」


 一瞬だけ光った光が、これまでと全然違って強い光で、思わず声が漏れた。

 うにゃうにゃと浮かび上がる文字も、トミーの時とは全然違って早い。


めっちゃ ィ ヶ 乂 ・/ 。 走召 ィ ヶ τ ゑ 。

も ぅ マ ゛/″ ノヽ ─ ∠ 厶 イ乍 っちゃっ ナニ ら レヽ レヽ ω ι″ゃ ナょ レヽ ?

τ レヽ ぅ カゝ 、才能 ぁ 丶) ぇ咼 、キ″ τ マ ゛/″ レよ° ナょ レヽ 。

勇者τ″ ヶ 〒 ─ ィ


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 大人たちが、無言になった。

 誰も言葉を発しない。


「…………勇者」

「コレ……勇者じゃね?」

「……だよね? 見間違いかな? って思ったけど見間違いじゃないよね?」

「……ちょっとまって、もっかい読む。いや、ゴメン。後2回読む。」

「私も」

「俺も」

「ワシも」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「いやコレやっぱ勇者だわ。」

「ちょ、マジヤバいんですけど。」

「ちょっとまって、前に出たのって……いつよ。」

「だいたい……40年くらい前?」


「「「「 どんだけー! 」」」」


 大人たちがお祭り騒ぎになった。


「あの。この、手はいつまでつけてれば……」


 ハンスの声に大人たちが一気に振り向く。

 私はビクっとしてしまうけれど、ハンスはただ困ったような顔をしているだけだった。


「ちょっとまって! もうちょっとそのままつけてて! 今ダッシュで映像記録装置持ってこさせるから! これは残さないとアレだから! もう色々アレだから!」

「ちょ、私のも! マジヤバいんですけど! 歴史的瞬間なんですけど!」

「ぐふふふ……これでワシ本書けばジャンジャン金が入ってくるで……ぐふふふ。」


 てんやわんやの騒ぎに、ハンスが水から手をだして部屋に案内されるまで、更に大分時間がかかるのだった。


「いや~! すっごいビックリしたわ!」

「ほんとにね。いや、まさか私の番で勇者ひくとか思ってなかった。」

「ぐふふふふ。この経験談だけでガッポガッポ稼げるでぇ……ぐふふふ。」

「もう講師の職とかも引く手数多でしょうね。なんたって勇者鑑定の経験有りなんですから。こんなブラックな職ともおさらばですよ!」


「あの……」


「いやぁあははは! 本当に神が味方したって感じ。」

「今日は私達で祝盃上げようね! こんないい酒は無いわよ!」

「もう金を惜しまずたっかいシュワシュワしたヤツ入れてやるぞい! ぐふふふふ!」

「ヌハハハ! 太っ腹ですねぇ! ウハハハハ!」


「あの!」


「お?」

「え?」

「あ?」

「ん?」


 呼びかけにようやく気付いてくれた大人たち。


「「「「 あぁ…… 」」」」


 一気に静かになった。なぜかため息も聞こえた。


「じゃあ、はい。とりあえずその水に手を付けて。」


 なんとも理不尽な空気が漂うなか、とりあえず水の中に手を突っ込む。

 すると水が光った。


「おぉ?」

「あら?」

「おや?」

「なかなか。」


 ハンス程の光ではないけれど、トミーよりも強い光だった。

 光が水面でうにょうにょと文字を作ってゆく。


 厶 ッ 于 厶 于 レニ ナょ 丶) ξ ぅ ょ ね。

 、ナ ら レニ ちょっ ー⊂ 厶 于 ナょ 感 ι″τ″男 ぅ レナ レよ ょ 、ナ ξ ぅ ?

 τ ゅ ─ カゝ 、めっちゃ £ヽ ι″ カゝ < レニ 言秀 惑す ゑ 勺 ィ ┐°っτ カゝ ω ι″?

  ぁ 、ナ″ ー⊂ レヽ 。 マ ゛/″無 王里 。も ぅ ま ι″ 厶 于 。 ぁ レよ レよ 。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ドキドキしながら大人たちの反応を待つ。

 右を見て、左を見て、ローブに隠れた大人たちの顔を伺う。


 だけれども、みんな顎に手を当てていたり、腕を組みはじめたり、首を傾げたり、一様に腑に落ちない感じの雰囲気だ。


「ごめん……むっちむち? って読める?」

「えぇ? ……男うけ……が…いい? えぇ?」

「誘惑するタイプ……? ん? ちょ分からん。」

「無理? ……ムチ?」


「これは、ちょっとこれまで見たことないわ。」

「とりあえずムチ? は良く出てきますよね?」

「うん。ムッチムチ、とか、あと最後の方にムチとか。」

「中盤にもあるわよ? ムチって。」


「「「「 う~ん? 」」」」


「あ、鞭? あのパシってやる奴?」

「あぁ、え? でも……んん??」

「まぁ、ムチでいいんじゃない? ムチっていっぱいだし。」

「うん。正直もう勇者の後だから、適当でいいよ。」

「じゃあムチで。はい次。」


「えぇ……」


 こうして私は『ムチ』と書かれた紙を渡されたのだった。



(c) 2018 NakanakaAtaru&FefuoufuKopoxo All Rights Reserved.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ