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タイトル未定*口づけ殺人事件のルポ

作者: 高岩 唯丑

夏のホラー2017に参加しています!

読んでください!

 私はある女性に恋をした。いや、正確に言えばある殺人事件に心惹かれた。その事件の容疑者と目される人物がたまたま女性だった。と言う方が正確だろう。

 美しき殺人鬼。そんな表現しかできない私の語彙力の低さを憎みつつ、それでも最も的を射た表現である。

 前後してしまうが話を進める前にこの記事について語らなければなるまい。

 これを書くきっかけは上記にも書いた殺人事件にある。

 一九九六年に発生した口づけ殺人事件。ある男性がラブホテルで殺害されていた。その男性は全裸で、腹部を一突されており、死因は出血性ショック死。そして、戒名にもある通り被害者の致命傷となった腹部の刺し傷に犯人が口づけをしているのだ。なぜ口づけをしているとわかったか。それは傷口に被害者の物ではない唾液が付着していた為である。

 そのラブホテルの防犯カメラには被害者男性と一緒にいた女性の顔がはっきりと映っており指名手配がされた。

 犯人の名前は園田蛍。歳は当時二十五歳。防犯カメラの映像から逮捕に至っている。

 私はこの殺人を聞き及んだ際、体の奥底で何かが疼いた。性的興奮と言ってもいい。園田蛍が傷口に口づけをしている姿を想像してとても官能的で魅力的に思えた。

 この事から園田蛍を知りたいと思った。読者の方々もあるだろう。好きになった人を知りたいという欲求が。感の良い方はもう分かっていると思うが、これは取材して分かったことを覚書的にまとめた私の自己満足的記事である。

 ただ安心してもらいたい。私の拙い文章で読者の方々をつなぎ留めておくのは難しい事を私はしっかり理解している。その辺は抜かりない。私は知人に頼みこんで取材した結果を小説として書いてもらった。それを挟みつつ園田蛍について書いていきたい。

 ではまずは始まりの事件。口づけ殺人事件から……。


     *


 男は女をキツく抱きしめた。女はそれに応えるように男の腹部に指を這わせる。唇を作るなら腹部が柔らかくていい。そんな事思っているのかもしれない。

 男はすでに服を全て脱ぎ捨てていた。女はガーターベルトだけ着けている。そこには細いナイフを忍ばせていた。

 接吻。舌を絡ませ合う。女はそっと男のはち切れそうな物を指でなぞる。男の期待が一気に高まった。

 女はそっとナイフを指でなぞる。ゆっくりとナイフをガーターベルトから引き抜くと男の腹部に差し込まれた。

 女は愛おしそうに、ナイフが引き抜かれ、栓を失った様に流れ出る血液を舐め取って、傷口に口づけをした。



 その一報が警察署に届いたのは夏の暑さが終わりかけた頃。ラブホテルにて全裸の男性の刺殺体を見つけたとの通報があったという物だった。

「事件だ……行くぞ、小僧」

「はいっ」

 先輩刑事一宮に言われて康平は勢い良く立ち上がる。刑事課に配属されて初めての重大事件。期待にも似た身体の震えを、叩いて抑え、康平は一宮に続いた。

「今のは武者震いか? それともただのビビリか?」

「武者震いです!」

「ははっこれは頼もしいこった」

 そして、意気揚々と現場に到着した康平は、しかし、自らの嘔吐物で現場を汚すという失態を侵した。

「はは……これは頼もしいこった」

 一宮の言葉は同じ事を言っているのに言い方がまるで違った。康平の心に突き刺さる。

「すみません」

「最初はそんなもんだ、気にすんな」

 康平はもう一度謝りながら体調を戻す事に務めた。外の空気と死体のある部屋の空気ではこんなに差があるのか。そんな事を思うほど外の空気は美味かった。

「康平、そのままでいいから聞け、被害者は田中翔、二十七歳、刺傷による出血性ショックが死因と思われる、防犯カメラにこの男と入店した女が映っていた、俺達はその女を調べる、まぁ鑑取りだな」

 一宮の言葉を急いでメモする。

「ただ不可解な事があんだ」

 難しい顔で先輩刑事が口を開いた。

「まだ確定ではないが傷口に犯人の物らしい唾液が付着していた」


     *


 まずは断っておきたいのだが、登場人物は仮名である。ただ園田蛍だけは本名となっている。

 さてこの後、園田蛍は比較的早く逮捕される。カメラ映像に加え、被害者と同じ職場である銀行で働いていたためだ。驚くべきは二人の関係である。二人は職場公認のアツアツカップルということであった。

 仲違い、痴情のもつれ、そんな物とは無縁な二人だと同僚たちは強く何度も証言していた……。


     *


 狭い部屋。それに室温も低い気がする。息苦しい。取調室を見るといまだにそう感じてしまう。康平はネクタイを少し緩めた。

 机をはさみ、入り口からみて奥と手前に椅子がある。手前には一宮が。奥には口づけ殺人事件の犯人、園田蛍がいた。

 康平の彼女を見た印象はただ普通の、地味な女性にしか見えなかった。とても殺人を犯せるタイプではない。ましてや殺した相手の血を舐めるなんて異常な行動は。

 彼女は特に取り乱した様子もなく座っている。すると彼女をまじまじと見つめていた康平に気づいて微笑みを向けてきた。

「家宅捜索した結果、ナイフが出てきた、被害者の血痕つきだ」

 一宮が口を開く。重々しく。証拠は充分。園田蛍は犯人だ。否認したとしても。

「なぜ田中翔を殺した?」

 殺害動機。二人は交際していた。だが仲が悪かった、喧嘩が多かった、そういった証言はない。お互い尊重しあい、真摯に向き合っていたそうだ。園田蛍が田中翔を殺害するわけがない、何かの間違いだ、二人の交際を知る者は皆、口を揃えてそう言った。

「なんで殺したんですか?」

 康平の口からそんな言葉が自然に漏れる。

「おい」

「あっすみません」

 しまった。康平はとっさに口を押さえた。

「まぁいい……俺も正直、動機がまったく想像できん……なぁ園田、なぜなんだ」

 一宮もわからないようだ。理解できないようだ。

「私は……」

 園田蛍が口を開く。意を決した様だった。

「彼を……愛したのです」

 愛した。そう言った。殺したのに? 殺す事が?

「愛する事を止められなかった……彼がとても良い人だったから……私の愛を受け止める事ができないのはわかっていたけど」

「ま、待ってくれ……意味がわからない」

「そうでしょうね……理解できないでしょうね……でもあなた達の価値観で私の愛を汚さないで、侵さないで」

 殺す事が愛する事。そう言った。康平は理解できない。そして握り拳を震わせた一宮は「ふざけるな」と立ち上がった。

「殺人を正当化する気か!」

「そうですよね……人々が理解できない物は"悪"になってしまうのがこの世界ですものね」

「ナメてんのかっ、てめぇ!」

 机が宙に舞うのと同時に一宮の激高が聞こえた。康平はとっさに一宮を止めにかかる。園田蛍は微動だにしなかった。自分は間違っていない。そんな強い眼をしていた。


     *


 彼女が被害者を殺害した理由、それは愛だったのだ。だからこそ私は惹かれたのかもしれない。

 彼女の供述の中にもあったが「私の愛を受け止める事はできない」と言っていた。この発言から責任能力はあったと推測できる。どうなるかわかっていたのだ。自分が愛した男がどうなるかを。



 それでも彼女は彼を愛したのだ。すべてをなげうって、自分のすべてを賭して、彼女は愛したのだ。



 さてここで疑問になってくるのは彼女はいつからこの様な愛し方しか出来なくなったのかという事である。

 この思考にはある事件が発端ではないかと言われている。事件という呼び方が正しいのかわからないが園田蛍はある死を目撃したのだ。

 私はこの事件をより深く理解するため園田蛍に取材をした。刑務所に何度も面会に行き、彼女と打ち解け、話を聞いた。個人的には彼女との会話はとても楽しかった。取材がそっちのけになってしまった時も多い。

 話を戻そう。その事件に関して園田蛍から詳しく聞く事ができた。彼女が逮捕される十二年前。一九八四年。十三歳の中学一年生。彼女が直面した死。それは……。


     *


 少し陰のある人だった。それでも会話は弾んだし、楽しい事があれば二人で笑いあった。爽やかな恋だった。

「園田蛍、園田蛍」

 中学校の初日。期待と緊張が混ざってよくわからなくなっていた。それでも貼り出されたクラス発表の貼り紙から自分の名前を探さなければ。入学式はクラス単位で集まって出席するのだけど……見つからない。

「どこ?」

 早くも泣きそうになる。早くしないと入学式が始まってしまう。私は一番端の貼り紙からもう一度、園田蛍を探し始めた。

「ねぇ」

「はひっ」

 探すのに必死で気づかなかった。誰もいなくなったと思っていたその場に一人の男子が立っていた。

「はひって……君、面白い返事の仕方だね」

「はう……ごめんなさい」

「別に怒ってないよ、それよりさ、園田蛍って僕の下にあるけど、君じゃないの?」

 そこは何度も見たのに。またも泣きそうになりながら男子が指差す先を確かめる。

「あっ……あった」

 曽野崎満。その下に確かに園田蛍とある。

「おっちょこちょいだね、君、面白い」

 曽野崎くんはいたずらっぽく笑った。つられて笑みがこぼれてくる。

「とりあえず同じクラスよろしくね」

「うん……よろしく」

「さて、そう言ってるうちに遅刻になりそうな時間」

「はう、本当だ」

 急がないと。そう思うと曽野崎くんも同じ事を考えたのだろう駆け足で前に進み出る。

「ほらいかないと」

 そう言って曽野崎くんが私の手を握って走り出した。

「えっ、手っ手っ」

「君、そのままにしておいたら遅刻しそうだから」

 私は何を言っていいかわからなくなり、ただ曽野崎くんの背中を見つめながら走っていった。



「さっきは危なかったね」

 入学式が終わり教室でオリエンテーションが済むと前の席に座っていた曽野崎くんが振り向いてそう言った。

「うん、一人だったら遅刻してた、ありがと」

 ふんわりと、じんわりと、今まで感じたことの無い物が胸の辺りからお腹の辺りまで広がっていく。

「どうしたの? ぽけっとして」

「え? うん……大丈夫」

 あぁ、わかった、この感覚。温かいココアを飲んだ時にとても似ている。じんわり温かく甘い。

「えへへ」

「何?」

 私はつい変な笑みがこぼれてしまった。不思議だ。

「まぁいいや……一緒に帰らない?」

「え? いいの?」

「いいのって……やっぱり君は面白いな、いいから誘ってるんだよ」

「そうだよね……えへへ、帰りたい」

「じゃあ行こうか」



 桜が舞っていた。この前、咲いたばかりなのにもう。

「もう散り始めてる」

 私の声に反応せず曽野崎くんはじっと桜を見つめていた。

 その横顔はなぜか見てられなくて、無理やり話を変えようとする。

「そういえば私、もうすぐ誕生日なんだよ」

 反応した。でも、やっぱり見てられない雰囲気はまだあった。

「君、十三歳になるの?」

「うん」

「そっか、僕はまだ先だけど"もう"十三歳になる」

 もう。その言葉が強調された。こんなにも時間が経ってしまった。そんな意味にもとれる言葉だと思った。陰り……だった。



 時間が過ぎるのはとても早い。楽しければ、何なのかわからない感情に振り回されれば、なおさら。

 曽野崎くんとは、あれからいつも行動を共にしている。気づくと隣にいる、そんな不自然が自然だった。

「お邪魔します」

 今日は始めて曽野崎くんの家に招かれた。話したい事があって。そんな誘い文句だった。ちゃんと上下揃いの下着だったかな。そんな事を思ってしまうのは きっと私がはしたない女の子だから。でも今日、初めて感じたこの感情にやっと名前がつけられるかもしれない。それはみんなが使う名前じゃなく二人だけの秘密の名前。

「ねぇ……君は……生きてるの辛くない?」

 まただ。曽野崎くんがたまにする、見ていられない顔。そんな顔見たくないのに。

「なんでそんな事聞くの」

「僕は……辛い」

「ねぇ聞いてる?」

「目に見えて不幸じゃないから、誰からも理解されない」

 細いナイフ。そんなのどうするの? そんな声を出したはずなのに聞き取れないほどの声しか出せない。

「どうせなら気づきたくなかった、色あせているなんて」

 曽野崎くんがナイフを自分のお腹に向ける。

「君、僕の事、愛して」

 愛? 意味がわからない。

「君の愛で僕をこんな世界から救い出してよ」

 私の手を曽野崎くんはそっと触れてナイフに導いて行く。

「まって……いや……よ」

 やっと絞り出したかすれた声で拒絶する。

「君の愛で僕を助けてよ」

 声では遅い。私は必死で顔を横に振る。

「……残念だよ」

 何が起こったかわからなかった。顔に、身体に温かい何かが吹きかかった。血液。曽野崎くんがナイフをお腹に突き刺した。そして、引き抜いたから。

「ああ……あ……あああ」

 なんで。なんでなんでなんで。

「私が……"愛さなかった"から、私が……私が彼を"愛せたら"こんな」



 あいするべきだった。


     *


 この件は口づけ殺人事件で園田蛍が逮捕されたあとに流れたニュースである。彼女がなぜこんな事件を起こしたのか、それを解明するために報道されたのだろう。

 この事実を知った者は皆、言った。可哀想。この時から狂ってしまったんだ。耐えきれず壊れてしまったんだ。そんな同情しかなかった。

 だが違うのだ。そうじゃない。



 私は思う。彼女はこの時、愛を知り。そして、彼女は完成したのだ。



 さて書き進めてきたこの記事だがそろそろ規定ページ数が迫っている。

 ここからは出所した園田蛍への取材を出来るだけそのまま載せていきたい。

 実は口づけ殺人事件から二十年がたち園田蛍は刑期を終え出所する。これを書いている本日出所し、その足で取材をさせてもらう約束を取り付けている。

 こんな事を書くのはおかしいかもしれないが、園田蛍に会えるのがうれしくて仕方がない。先ほどチャイムが鳴ったのがそのまま胸の高まりに変わった。こんなにウキウキしておかしいな。さて出迎えに行かなければ。彼女を。園田蛍を。



 さて区切りとしてここで一度締めようとおもう。取材は付録みたいな物だと思ってほしい。

 ここまで読んでいただkdvま:ぜとpgmz






※この記事は未完成ではありますが遺稿であるため、一切の加筆修正はしておりません。

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