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天声 -君を想うー  作者: 零
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朧月

 夜、与四郎は刃と待ち合わせていた町はずれの大欅の元へ行った。その日は満月で、明かりがなくとも歩くことができた。

「来たか」

与四郎が声をかけるよりも先に、刃が気づいて声をかけた。二人、樹の根元に座し、小さな土器に竹筒から酒を注いで飲んだ。

「良い、夜だな」

刃が呟いた。与四郎も頷いた。

 ふわりと風に乗って、花の香りがする。

 与四郎は、ふと、武田信玄と盃を交わした夜を思い出した。あの時は冬で、花の香りはしなかった。ただ、冷えた大気が、どこまでも澄み渡り、美しかった。氷の花と言うものがあるとすれば、そんな香りがするのだろうと思えた。

「行くのか」

「はい。頭には面倒ばかりお掛けして申し訳ありません」

「謝るな。前にも言ったがな」

その言葉に、言った刃も、黒風も、小さく笑った。

「旅立つのならば、この刀を持って行け」

刃はそう言って、美しい錦に包まれた、懐刀を取り出した。

「これは?」

「お前の父から賜ったものだ」

与四郎はそれを受け取り、暫し、じっと見つめた。そして、すっと刃に返した。

「受け取れません」

「何故」

「戦に生きる身であれば、どこかしらのお家の物は持たぬ方がよろしいでしょう。まして、既に失われた家のものであるならば、尚更」

「なるほど。そうだろうな」

「はい」

刃は、すっかり戦いに生きる者となった与四郎を少しばかり寂しく思った。それと同じ程、頼もしくも思った。彼を生かしているのは、天性のものもあるだろうが、自分が教えたことも、その一端となっているだろう。それが素直に嬉しかった。

「では、預かっておく。だが、これはお前のものだ。入用になればいつでも取りにくればいい。儂は、預かっておくだけだ」

「では、そのように。お願いいたします」

「与四郎」

「はい」

「必ず、取りに来い」

「はい」

「いつでも、いつまでも待っているぞ」

与四郎は、泣きそうになるのを堪えた。本当は、父と呼んで泣きついてしまいたかった。刃の胸の内が、痛いほど伝わってくる。喩え離れても、生きて欲しいと願う、養い親の、深い想い。

 喉の痛みを誤魔化すように、酒をあおり、見上げた先には、晴天にも関わらず、朧に霞んだ月が見えた。


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