表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天声 -君を想うー  作者: 零
28/56

一夜


「与四郎、与四郎っ……」

村のお堂を借り、他に人が居なくなると、あやねは与四郎に抱き着いた。

「あやね……」

壁についた背中をするすると下げ、壁際に座る形になった。与四郎は黙ってあやねの背中をさすっていた。

 あやねが昔のことを思い出したのは間違いないだろうと思った。先刻のあやねの顔は、刃があやねを連れて来た時の、その顔と同じだった。強い恐怖を感じ、その恐怖心にどうにか捕らわれまいと、本能が働いている顔。その多くの手段は忘却であろうと思う。無かったことにしてしまいたい。それが本音だろう。

「与四郎……」

あやねが与四郎を見上げた。濡れた瞳、赤く艶めく唇。何も思わないと言えば、嘘になる。今、ここであやねを抱けば、開きかかった恐怖の扉もまた閉ざす事が出来るのかもしれない。あやねもそう思っていて、自分を誘っているのかもしれない。そうも思った。だが、それが自分の欲望への言い訳に過ぎないのかもしれない。そう思う心が捨てきれなかった。

 そして、それよりも、与四郎には強く惹かれる想いがあった。与四郎の胸を高ぶらせるのは、つい先ほど、自分が初めて人に刃を向けた時の感覚だった。

(あれは、何だったのか……)

相手を憎いと思ったわけでは無い。あやねや、村の人達を守ろうとした。その結果、相手を殺してしまってもやぶさかではない、とは、思っていたと思う。だが、意識とは別のところで、頭で何か考えるのとは別の場所で、何か、が、頭をもたげていたのが分かる。今までに知らなかった、何か。

「与四郎、」

あやねがもう一度与四郎を呼んだ。与四郎はふっと笑顔を見せて、あやねの頭を撫でた。

(ああ、そうか、)

与四郎はそういう自分の行動と、意識とを合わせて考え、一つの答えを出していた。それに基づけば、今、あやねを抱くことはできない。あやねを可愛いと思えばこそ。

 そうして、与四郎はあやねの額に口づけた。

「もうお休み。俺が、朝までついているから」

そう言って、自分の着物をあやねに被せてやった。努めて、いつもと変わらない笑顔で。

「怖いことは、もう終わった。大丈夫だ」

そう言う与四郎に、あやねは昔の彼を見ていた。そう、初めて会ったその日に、与四郎は同じことを言ったのだ。刃に連れられて、この一座の者と会って、与四郎と会った。同じ年の自分に、何があったかも聞かず、与四郎はそう言った。

 友として。

 あの時と、気持ちは何も変わっていない。与四郎にとって、あやねは友達。そう、言われているようだった。

 それが、哀しくもあり、嬉しくもあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ