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天声 -君を想うー  作者: 零
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黒風

永禄三年、五月。尾張国、桶狭間。

 駿河国より西進する今川軍は、その数、約二万五千、迎え撃つ織田軍は約五千。世に言う、桶狭間の戦いである。

 その、織田の軍勢の中に一人の若者が居た。年の頃は十七ほど。黒の直垂簡単な胸当てと、籠手、鉢金のみの軽装である。そのいで立ちで戦場を軽々と動き回るのを得意としていた。通称、黒風。特定の主を持たない、所謂野武士である。時に応じて主を変える、その身軽さも、その名をもらう一因であった。

 ふらりと戦に雇われてはそれなりに働き、褒美もらっていなくなる。誰をも主とせず、誰とも親しくならず、誰も詳しい素性を知らない。

「あああ、ツいてねぇ。この戦、やるまえから負け戦だっていうじゃあねぇか。この雨の中動くって事は、逃げるんじゃあねぇのかぁ?」

黒風の隣に居た雑兵仲間が、力無く槍に縋り付いて言った。その隣で、陣笠の男が笑いながら口を開いた。

「じゃあ、何でここにいるんだ」

「うるせぇ。たまたまこっちが不利だって聞いちまったんだ」

ついてねぇ、と繰り返す。

「聞かなきゃよかったのによ」

陣笠の男が言うと、

「負けたら自分の命が助かったって、金はもらえねぇからなぁ。何にもならねぇなぁ」

槍の男は、ついてねぇ、ついてねぇと繰り返すと、黒風が小さく笑い声を漏らした。

「そうかァ?」

その声を追うように二人は視線を移した。その視界の中で、黒風は天を仰いでいた。心なしか、空が少しばかり明るくなっている様な気がした。雨も、先刻より静かになっている。

(何かが……)

二人の心に、何かがざわめき、ごくりと唾を飲んだ。その様子を見、そのさざめきを煽るように、黒風が笑う。その口えのが静かに開かれた。

「オレぁ、負けたこと、ねーんだ」


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