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天声 -君を想うー  作者: 零
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密談

 あの日、信長と黒風の密談は、戯言のように進められた。

「長尾景虎を討ってくれぬか」

信長の言葉を聞いた黒風の手がぴくりと動いた。その名前には聞き覚えがあった。北国越後を治める者の名だ。年は三十路に入ったばかりだが、若くして家督を継ぎ、以来、連戦連勝の戦神。

 だが、尾張と越後は遠い。急務ではないはずだ。それを察したのか、信長が続けた。

「今はまだ、直に争うようなことはないだろう。しかし、奴の元には上杉憲政がいる」

「関東管領、」

黒風は呟いた。その言葉に信長がやや驚いた顔をした。一介の野武士が興味を持つような事でも無い。黒風とて、自分のこととして覚えたわけでは無い。草を渡り歩く者として、情報の重要性は分かっている。見聞きしたことは、覚え、自分の判断材料にする。それが常だった。

 今度の戦において、織田軍に着いたのは、果たして何故か、思考に勝る、何かがあったのかもしれない。その存在もまた、黒風は信じていた。

「北条とて、易々と覇権を譲りはしまいが、実の伴わない名に惑わされる者もまだ多い」

信長は遠く、空の彼方を見ていた。

「己れは、一大名に収まる気も、もとよりこの日の本に収まる気も無い。されば、」

「摘める芽は早いうちに」

黒風もまた、信長と同じ方を見た。しかし、同じ夢を見ているのではない。信長の心の内を探っていた。その事を知られまいとするように目線を敢えて信長には向けない。

 恐らく、この男は本気で自分が景虎を討てるとは思ってはいまい。あるとすれば、あわよくば、程度の期待だろう。自分一人失ったところで痛くも痒くもない。流れの野武士だ。織田家に縁も縁もない。失敗して捕らえられたところで何の危険も無い。逆に討たれたところで何の損害も無い。そう、思っているだろうと、黒風は考えた。

(自分も、その程度だ)

ただの野武士だ。どこでのたれ死のうと、誰にも迷惑は掛からない。忠誠を誓った主も無い。ただ、明日を生きる糧さえあればいい。その、後腐れのない立ち位置を愛していた。

「御意」

黒風は笑っていた。傅かなかった。それは本意ではない。信長も、それを強要しなかった。そういうところは、この男を好ましいと思った。信長には、何か、得体の知れないものを感じる。それは、初めてきちんと言葉を交わした武将が、彼だからなのだろうか。

(生きよ。若造)

黒風の疑問と共に、義元の最期の言葉が蘇った。義元もまた、自分が言葉を交わしたある意味最初の武将である。同じ立場のものならば、聞けば答えは帰ってくるのだろうか。

「信長様」

「何だ」

「……いえ、」

(聞けない。聞いてはいけない気がする)

黒風は黙って頭を下げた。

「義元は」

信長の口から出た言葉に、黒風の心臓が跳ねた。

「強き漢であろう」

「は、」

「此度の戦は、己が勝ったが、決してあの男が弱いわけでは無い。都かぶれと言う者もおるが、それは、あれの上っ面しか見ておらぬということよ」

同じだ、と、思った。信長もまた、うつけと言われているが、うつけではない。それは、二人に会った自分が、強く感じている。情報は大切なものだが、惑わされてはいけない。結局は、自分の目で見、耳で聞き、感じることが真実なのだ。

 信長様も、と、言葉に出しかけて、黒風は口を噤んだ。恐らくこの男は分かっている。口に出す必要など、無いのだと。ふっと小さく息を漏らした黒風の顔を、信長が覗き込んだ。

「生きろよ。朗報を待っている」

代わりに返された言葉に、黒風は一瞬目を見開いた。本心かどうかは分からない。だが、その時見せた信長の笑みは、嘘は言っていないように思えた。


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