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【第6話】トオル、姫を救出する

 12

 

 リリーとジャマルは、城下街の店で食事をしていた。

 冒険者が集まる大衆食堂であり、安くてうまいと評判の店だった。

 夕食時を少し外れた時間だったが、店内は多くの冒険者たちで賑わっていた。

 店は冒険者同士の情報交換や、ギルドの集まりにも利用されており、リリーとジャマルにとっても馴染みの店である。

 二人はトオルの仲間ということで、朝から晩まで悪魔の水とスカーフェイスについて尋問を受けていた。

 二人は潔白を訴え続けた。

 そして先程よくやく開放されたのだった。

 疲れきったリリーは、カチャカチャとフォークを動かしながら、フレッシュタイムのサラダを皿の上でいじっていた。


「私達……どうなるのかな」

「……さあな。とりあえず、貴族って肩書は消えるだろうな。どうでもいいことだが」 


 ジャマルは不機嫌そうにひよこ豆のスフレを口に放り込んだ。


「……トオルは本当に、悪い人だったのかな」

「当たり前だろ。あいつのせいで、俺達はこんな目に遭っているんだ」

「そう……だよね」

「あいつは、何であんな馬鹿なことをしたんだ。聞くところによると、裁判でも自分の罪を堂々と宣言したみたいだぜ」

「本当かどうか分からないけど、トオルは元々この世界の人間じゃないんだって……。前に居た世界では酒が飲み放題だったみたいで、それで酒を飲んだって、言ってた」

「はん。とんでもねぇクソ世界だな。しかし合点がいく」

「どういうこと?」

「あいつは、俺たちと組む前に、幾つものパーティを転々としていたんだ。あいつほどの腕がありながら、すぐにパーティを移るのは妙だと思っていたんだが、聞くとちょっとした噂があったんだ。トオルは禁酒の戒律を軽視しているってな。それでパーティを離れることが多いって。俺は全く信じていなかったが、本当だったってわけだ。クソ。あいつはずっと俺たちを騙していたんだ」


 そう言うと、ジャマルはヨーグルトドリンクを一気に飲み干した。


「でもトオルは……私達を助けてくれたよね……。何度も、何度も」


 リリーはサラダをフォークでいじり続けていた。


「リリー、もうあいつの話はやめようぜ。気が、滅入る」

「でも……でも……もう会えなくなっちゃうんだよ、ジャマル。トオルに、二度と」


 濡れた真珠のような涙が、リリーの柔らかい頬の上を伝いこぼれた。


「……あいつは、それだけのことをしたんだ」


 ジャマルは目をそらしながら言った。

 そのとき、周囲に居た冒険者たちがどっと笑った。


「よぉよぉ! 酒がなくて泣いているのかい? 元英雄さんパーティは?」


 店内の冒険者の一人が言った。ジャマルが周囲を見回すと、店内の冒険者全員が昏い眼差しで二人を見ていた。


「今言った奴はだれだ!」

「ジャマル、やめて」


 リリーは静止するが、ジャマルは怒気をはらみながら立ち上がった。


「けっ! みんな言っているぜ。罪人トオルのパーティは罪人だらけだってなぁ!」


 また別の冒険者が言った。


「もう一度言ってみろ!」


 ジャマルはその冒険者の元に突っ込もうとするが、リリーと店員に止められた。


「お客様、お止め下さい」

「ジャマル、もう出ようよ! きりがないよ!」


 リリーと店員がジャマルを必死に止める中、その冒険者は構わず続けた。


「やっぱり酒を飲んでいるヤツの仲間は凶暴だぜ! 何が英雄だ! 何が勇者だ! どうせ酒を飲んで遊んでいたんだろ!? 上手く取り入ったもんだぜ!」


 店内の冒険者たちは嗤った。

 ジャマルは叫び、テーブルに拳を叩き付けた。


「いいかクソども! あいつは、トオルは英雄だったんだ! 昨日までは間違いなく勇者だった! この街を救い!ハイヤームを救おうとしていたんだ! それを否定するやつは絶対に許さねぇぞ!」


 しかし、店内の誰ひとりとして、ジャマルの言葉には取り合わない。

 隣の者と顔を見合わせ笑っていた。

 そのとき、一人の男が店に転がり込んできた。

 鎧兜を身に着けた、城の兵士だった。

 兵士は息を切らせながら声を張り上げた。


「た、大変だぁぁぁ! 罪人トオルが脱獄した! お前たちも力を貸してくれ!」


 店内がざわつき、冒険者たちは目の色を変えた。

 それぞれが自分の装備を手に掴んだ。

 ジャマルは店員を振り払うと、コインをテーブルに叩き付けて荷物を取った。


「リリー、行くぞ」

「う、うん!」


 二人は店を飛び出した。


「脱獄だって……? やっぱりあいつはとんでもない馬鹿だな!」


 走りながら、ジャマルは笑った。

 

 13

 

 街の灯が僅かに漏れる薄暗い闇の中に、トオルは息を潜めていた。

 トオルは地下牢を出たあと、入り口に居た兵士たちを速やかに昏倒させたが、脱獄の報は城中に響き渡っていた。

 城内は武装した兵士たちが行き交っている。トオルは一端城下町まで逃げて、路地裏に隠れた。

 街から脱出するには城下町の門を開けないといけないが、閉ざされているであろうことは明らかだった。それに警備も厳重だろう。


「どうしたものか…‥」


 それにいくつか気になっていることもあった。仲間たちと、ラティカ姫のことだ。

 彼らは無事なのだろうか。

 特にラティカ姫は実際に酒を飲んでおり、それをサリムに知られている。

 匿ってくれていると思っていたが、どうもそれだけではないような気がする。

 確かめないといけない。

 トオルは道中で倒した兵士の服を奪って変装することにした。

 兜と胸当てをつけて、腰に剣を下げる。

 これで多少は外を歩ける。

 表通りに出ると、街は大騒ぎになっていた。


「罪人トオルが脱獄したぞぉ! まだこの城下街に潜んでいると思われる! 見かけたものは速やかに近くの兵士に知らせてくれ!」

「奴は大罪人だ! 見つけ次第殺せ!」

「もっと人を集めろ! あいつは手練だ! 城門を塞げ! 街中に知らせるんだ! 絶対に今夜捕らえるぞ!」


 武装した兵士たちが街を歩き回り、住民たちも自警団を集めて探し回っている。冒険者たちも仲間と装備を整えて周囲を探索しているようだった。

 通りは人々で溢れ、真昼のような騒がしさである。 

 夜のハイヤーム城下街は、軽いパニックになっているように見えた。

 人々は熱に浮かされたように、トオルを探し回っている。

 好都合だと、トオルは思った。


「死刑囚が逃げ出したんだから、騒ぐのも分かるけど、それにしても……はあ。こりゃあ今後が大変だな」


 トオルは兵士の兜を目深にかぶると、人々の流れに乗りながら、城へと駆け出して行った。

 



 城内の大臣執務室で、サリムの激が飛んでいた。


「脱獄だと!? 一体どういうことだ。誰が錠を解いた!」

「それが……よく分かりません。牢獄には龍青騎士団のカリム殿とその部下が倒れており、牢屋番の話だと、トオルはカリム殿に錠を解かせたあと、瞬く間に3人を倒して、牢を脱したとのことです」


 部下の報告に、サリムは頭をかきむしった。


「馬鹿が! 何をやっているんだ! どうせ拷問でもしようとしていたのだろう。ラティカ姫をくれてやろうと思ったが、とんだ馬鹿だ」

「ラティカ姫が、何か?」

「こっちの話だ。何をしている! 行け! 絶対にトオルを捕まえろ! それとラティカ姫の部屋には誰も近づけるな! 鍵をかけて、ラティカ姫も出してはならん!」


 言われて、部下は返事もそこそこに執務室を飛び出していった。

 一人執務室に残った大臣は、机の前を何度も往復しながら、再び頭をかきむしった。


「クソクソクソ! 厄介なことになったぞ。トオルが脱獄したことを知れば、ラティカは絶対に妙な動きをする。なんとしてもトオルを速やかに捕らえて処刑しなければ!」


 大臣執務室のドアが叩かれた。


「サリム大臣!」

「入れ! どうした!」


 一人の兵士が執務室に駆け込んできた。


「脱獄犯トオルについて新たな情報が入りました!」


 兵士は息を切らせて、うつむきながら言った。


「何だ! 早く言え!」


 サリムは机を叩く。


「トオルはラティカ姫の居室に向かっているとのことです!」

「……なんだと……!?」

「お急ぎ下さい! 護衛の強化を!」

「もうしている! お前も来い!」

「ははぁ!」


 サリムは兵士を伴ってラティカの居室に向かった。

 王族であるラティカの部屋は城の最上階にあり、特別な魔法錠を解かなければフロアに立ち入ることさえ出来ない。サリムは報告に来た兵士を従えて、魔法錠を開け、最上階に向かった。

 ラティカの部屋の前に着くと、護衛の近衛兵たち4人が、大きな扉の前に立ち、部屋を守っていた。


「誰かここに来たか!?」


 サリムは問いただした。


「いえ、サリム大臣が初めてであります!」


 近衛兵の一人は言った。


「ラティカ姫は部屋から出ようとしたか!?」

「いえ、起きてはいるようですが、扉に手をかけた様子はありません!」

「ここに脱獄犯トオルが来るという情報が入った。絶対に入れるな! 来たら速やかに殺せ! ラティカ姫も絶対に外に出すな!」

「承知しました!!」


 近衛兵たちは居住まいを正し、敬礼をした。

 サリムは情報を持ってきた兵士に向き直った。


「ご苦労だった。お前もここに残って警備を担当しろ。あとで私が増員を頼む。えーと、お前はどこの所属だ?」

「所属はありません。死刑囚なもので」


 兵士は言った。


「……あ?」


 空気が変わる。次の瞬間、周囲に居た近衛兵4人が、音も立てず膝を折って倒れ伏した。

 兵士は腰の剣を素早く抜くと、サリムの喉元に突きつけた。


「ご無沙汰しています。サリム大臣」

「貴様、トオル……!!」

「あなたを殺すのは本意ではありません。しかし手が滑ることもある。2つ、質問に答えて下さい。それで終わります。ラティカ姫を狙っているわけではありません。あなたに会いに来たのです。サリム大臣」

「私に復讐する気か……!」

「あなたはこの国の法に則って俺を裁いただけです。私情はありません。まあ証拠捏造はいただけませんけどね。俺は俺の考える正しさに従ってここに居るだけです」

「ちっ……野蛮人が……!」


 サリムは吐き捨てた。


「何とでも。一つ目の質問です。ジャマルとリリー。俺の仲間たちはどうなりますか? 二人は本物のヌワース教徒です。酒も一切飲んでいません。今回のことは、俺一人の責任です」

「あの二人は、尋問を行っただけだ。無罪であることが分かった故、今は自由にしている。酒を飲んでいない以上、奴らは今後魔王軍と戦うための貴重な戦力だ」

「良かった。ジャマルとリリーは本当にいい奴らです。良くしてやって下さい」

「もう一つは、なんだ」

「ラティカ姫のことです。彼女が酒を飲んだことは、あなたも知っていますね。ラティカ姫をどうする気ですか?」

「どうするか? だと? 死刑囚の貴様と、一国の姫の処遇に何の関係がある」

「彼女は、酒を飲んだだけです。この国の法で裁かないなら、あなたはどうするのですか。許していると?」

「許すわけがないだろう! 酒を飲んだ者は、悪魔と同じだ。何をしてもいい。殺すことも出来る。しかし、ラティカ姫が酒を飲んだことを知られれば、国への信頼が揺らぐ。今後は私のコントロール下に置き、操ってやるしかないんだよ! 酒を飲んだ者は!」

「なぜですか。なぜそれほど酒を憎むのです」

「酒は、悪魔の水だ。ヌワース教の教えであり、20年前の戦乱でもそれを嫌というほど味わった」

「酒を悪魔の水たらしめているのは、人間です」

「酒は存在そのものが悪だ。消し去らなければいけないものなんだよ。酒も、そして貴様のような酒飲みもな!」

「俺は、そうは思わない」

「だから、貴様は死刑になったのだ」

「そう、だから俺は、国を出ることにしたんです。酒が許される世界を作るために」

「はは、どこまで馬鹿なんだ。そんなこと、出来るわけがないだろう」

「サリム大臣、ハイヤーム王国もヌワース教も、人が作ったものです。人に変えれぬ道理はありません」

「出来るものか。もし出来たとしても、そんな世界、私は絶対に認めない」

「それもいいでしょう。俺たちは、考えが違う。しかし考えの違う人間が同時に楽しく生きていけるのが、いい世界ってものじゃないですか」

「詭弁を! それは堕落に染まった考えだ」

「確かに、清く正しくはないでしょう。しかしそれだけでは、生きていけない者もいるのです」

「殺せばいいのだ」

「それが出来れば、苦労はないさ」


 トオルはそう言って、剣の柄頭をサリムの腹に鋭く突き込んだ。


「ぐぁ……! 貴様……!」

「少し寝てもらいます。機会があれば、また話しましょう」


 サリムは倒れた。

 トオルはサリムの持っていた部屋の鍵を手に取った。

 そしてラティカの部屋の扉に手をかけると、ゆっくりと開けた。

 

 14

 

 目覚めたとき、ラティカは全てが終わっていたことを知った。

 トオルは裁判で死刑になり、すでに死んだと、サリム大臣に告げられた。

 サリム大臣は、朗々とラティカの今後の処遇について話した。

 表向きは今後も王女として国のために尽くすこと。

 実際は国政の一切をサリム大臣に任せ、逆らうことは決して許さないと。

 龍青騎士団を掌握するため、ラティカの結婚相手はカリムにするとも言われた。

 操り人形になれと、そういうことだった。

 それら全てを、ラティカは茫然自失の状態で聞いていた。

 サリム大臣が部屋を去っても、ラティカは動くことが出来なかった。

 何もかも手遅れだったのだ。

 大事なときに、自分はずっと眠りっぱなしだった。

 後悔しても、しきれない。

 しかし起きていたとして、自分に何が出来ただろうか。

 裁判でトオルの情状酌量を訴えて、国外追放に留めることくらいは出来たのだろうか。

 しかしそれをやれば、ラティカ自身もただでは済まない。

 それだけの覚悟があっただろうか。たった一晩、酒を酌み交わしただけの相手に。

 トオルの笑顔を思い出し、胸がズキリと痛む。

 初めて現れた、自分の本心を話せる相手だった。

 トオルは自分の話を聞いてくれた。虚栄や虚飾じゃない、心から自分をさらけ出せる相手。

 ハイヤームで唯一、酒の喜びを分かち合える人。

 また一緒に酒を飲もうと約束した。

 それはもう、永遠に叶わない。


 外がやけに騒がしいなとラティカは思った。

 窓から城下を見ると、通りに人が溢れていた。

 ラティカの部屋の外も、ドタバタと騒がしい。

 しかしどうでもいいことだとラティカは思った。

 部屋に入って来ないなら、それでいい。

 ラティカは自分のベッドの下を探った。手に冷たいガラスの感触が当たり、ラティカはそれを掴むと再びベッドの上に戻った。

 それはウィスキーのボトルであった。地下聖堂の酒を、一本だけ自室に持ち込んでいたのである。

 危険ではあるが、どうしても飲みたくなったときに飲もうと決めていた。

 今まで一度としてこのボトルで飲んだことはなかったが、持ってきていて良かったとラティカは思った。

 ラティカはウィスキーをボトルのまま一口飲んだ。

 一息つき、体が暖かくなってくる。

 しかし気持ちはそれほど晴れなかった。

 トオルと酒を飲んだ夜のことを思い出す。

 トオルには酒の作法も教えてもらった。

 これはきっと、とても無作法な飲み方であろうと思われた。


「……トオル……ごめんなさい……」


 ラティカの目の奥から熱いものがこみ上げてくる。


「私は……あなたを、救いたかったのに……」


 涙がこぼれ、ウィスキーと混じった。

 気付けばラティカは、一人でポロポロと泣いていた。


「ごめんなさい……」


 自分の無力さ、この世界の残酷さ、全てが許せなくて、悔しかった。

 扉の開く鈍い音に気が付いたのは、そのときだった。

 廊下から涼やかな風が部屋に吹き込んできて、ラティカは顔を上げた。

 一人の兵士が、ラティカの前に立っていた。


「悪い酒ですよ、ラティカ姫」


 そう言って、兵士は兜を取った。


「落ち込んだときの酒は、よく残ります。まあそれもまた、酒の醍醐味ですかね」

「あ……ああ……」

「あなたの処遇はサリム大臣から聞きました。お互い大変ですね。もしよろしければ、ご一緒しませんか?酒を探す旅に」


 兵士は恭しく敬礼し、手を差し出した。


「トオル……!!」


 ラティカはベッドから跳ね出すと、トオルに飛び込んだ。

 

 

次回投稿は5月8日予定です。

よろしくお願いします。

次か……その次には完結予定です!

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