【第6話】トオル、姫を救出する
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リリーとジャマルは、城下街の店で食事をしていた。
冒険者が集まる大衆食堂であり、安くてうまいと評判の店だった。
夕食時を少し外れた時間だったが、店内は多くの冒険者たちで賑わっていた。
店は冒険者同士の情報交換や、ギルドの集まりにも利用されており、リリーとジャマルにとっても馴染みの店である。
二人はトオルの仲間ということで、朝から晩まで悪魔の水とスカーフェイスについて尋問を受けていた。
二人は潔白を訴え続けた。
そして先程よくやく開放されたのだった。
疲れきったリリーは、カチャカチャとフォークを動かしながら、フレッシュタイムのサラダを皿の上でいじっていた。
「私達……どうなるのかな」
「……さあな。とりあえず、貴族って肩書は消えるだろうな。どうでもいいことだが」
ジャマルは不機嫌そうにひよこ豆のスフレを口に放り込んだ。
「……トオルは本当に、悪い人だったのかな」
「当たり前だろ。あいつのせいで、俺達はこんな目に遭っているんだ」
「そう……だよね」
「あいつは、何であんな馬鹿なことをしたんだ。聞くところによると、裁判でも自分の罪を堂々と宣言したみたいだぜ」
「本当かどうか分からないけど、トオルは元々この世界の人間じゃないんだって……。前に居た世界では酒が飲み放題だったみたいで、それで酒を飲んだって、言ってた」
「はん。とんでもねぇクソ世界だな。しかし合点がいく」
「どういうこと?」
「あいつは、俺たちと組む前に、幾つものパーティを転々としていたんだ。あいつほどの腕がありながら、すぐにパーティを移るのは妙だと思っていたんだが、聞くとちょっとした噂があったんだ。トオルは禁酒の戒律を軽視しているってな。それでパーティを離れることが多いって。俺は全く信じていなかったが、本当だったってわけだ。クソ。あいつはずっと俺たちを騙していたんだ」
そう言うと、ジャマルはヨーグルトドリンクを一気に飲み干した。
「でもトオルは……私達を助けてくれたよね……。何度も、何度も」
リリーはサラダをフォークでいじり続けていた。
「リリー、もうあいつの話はやめようぜ。気が、滅入る」
「でも……でも……もう会えなくなっちゃうんだよ、ジャマル。トオルに、二度と」
濡れた真珠のような涙が、リリーの柔らかい頬の上を伝いこぼれた。
「……あいつは、それだけのことをしたんだ」
ジャマルは目をそらしながら言った。
そのとき、周囲に居た冒険者たちがどっと笑った。
「よぉよぉ! 酒がなくて泣いているのかい? 元英雄さんパーティは?」
店内の冒険者の一人が言った。ジャマルが周囲を見回すと、店内の冒険者全員が昏い眼差しで二人を見ていた。
「今言った奴はだれだ!」
「ジャマル、やめて」
リリーは静止するが、ジャマルは怒気をはらみながら立ち上がった。
「けっ! みんな言っているぜ。罪人トオルのパーティは罪人だらけだってなぁ!」
また別の冒険者が言った。
「もう一度言ってみろ!」
ジャマルはその冒険者の元に突っ込もうとするが、リリーと店員に止められた。
「お客様、お止め下さい」
「ジャマル、もう出ようよ! きりがないよ!」
リリーと店員がジャマルを必死に止める中、その冒険者は構わず続けた。
「やっぱり酒を飲んでいるヤツの仲間は凶暴だぜ! 何が英雄だ! 何が勇者だ! どうせ酒を飲んで遊んでいたんだろ!? 上手く取り入ったもんだぜ!」
店内の冒険者たちは嗤った。
ジャマルは叫び、テーブルに拳を叩き付けた。
「いいかクソども! あいつは、トオルは英雄だったんだ! 昨日までは間違いなく勇者だった! この街を救い!ハイヤームを救おうとしていたんだ! それを否定するやつは絶対に許さねぇぞ!」
しかし、店内の誰ひとりとして、ジャマルの言葉には取り合わない。
隣の者と顔を見合わせ笑っていた。
そのとき、一人の男が店に転がり込んできた。
鎧兜を身に着けた、城の兵士だった。
兵士は息を切らせながら声を張り上げた。
「た、大変だぁぁぁ! 罪人トオルが脱獄した! お前たちも力を貸してくれ!」
店内がざわつき、冒険者たちは目の色を変えた。
それぞれが自分の装備を手に掴んだ。
ジャマルは店員を振り払うと、コインをテーブルに叩き付けて荷物を取った。
「リリー、行くぞ」
「う、うん!」
二人は店を飛び出した。
「脱獄だって……? やっぱりあいつはとんでもない馬鹿だな!」
走りながら、ジャマルは笑った。
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街の灯が僅かに漏れる薄暗い闇の中に、トオルは息を潜めていた。
トオルは地下牢を出たあと、入り口に居た兵士たちを速やかに昏倒させたが、脱獄の報は城中に響き渡っていた。
城内は武装した兵士たちが行き交っている。トオルは一端城下町まで逃げて、路地裏に隠れた。
街から脱出するには城下町の門を開けないといけないが、閉ざされているであろうことは明らかだった。それに警備も厳重だろう。
「どうしたものか…‥」
それにいくつか気になっていることもあった。仲間たちと、ラティカ姫のことだ。
彼らは無事なのだろうか。
特にラティカ姫は実際に酒を飲んでおり、それをサリムに知られている。
匿ってくれていると思っていたが、どうもそれだけではないような気がする。
確かめないといけない。
トオルは道中で倒した兵士の服を奪って変装することにした。
兜と胸当てをつけて、腰に剣を下げる。
これで多少は外を歩ける。
表通りに出ると、街は大騒ぎになっていた。
「罪人トオルが脱獄したぞぉ! まだこの城下街に潜んでいると思われる! 見かけたものは速やかに近くの兵士に知らせてくれ!」
「奴は大罪人だ! 見つけ次第殺せ!」
「もっと人を集めろ! あいつは手練だ! 城門を塞げ! 街中に知らせるんだ! 絶対に今夜捕らえるぞ!」
武装した兵士たちが街を歩き回り、住民たちも自警団を集めて探し回っている。冒険者たちも仲間と装備を整えて周囲を探索しているようだった。
通りは人々で溢れ、真昼のような騒がしさである。
夜のハイヤーム城下街は、軽いパニックになっているように見えた。
人々は熱に浮かされたように、トオルを探し回っている。
好都合だと、トオルは思った。
「死刑囚が逃げ出したんだから、騒ぐのも分かるけど、それにしても……はあ。こりゃあ今後が大変だな」
トオルは兵士の兜を目深にかぶると、人々の流れに乗りながら、城へと駆け出して行った。
城内の大臣執務室で、サリムの激が飛んでいた。
「脱獄だと!? 一体どういうことだ。誰が錠を解いた!」
「それが……よく分かりません。牢獄には龍青騎士団のカリム殿とその部下が倒れており、牢屋番の話だと、トオルはカリム殿に錠を解かせたあと、瞬く間に3人を倒して、牢を脱したとのことです」
部下の報告に、サリムは頭をかきむしった。
「馬鹿が! 何をやっているんだ! どうせ拷問でもしようとしていたのだろう。ラティカ姫をくれてやろうと思ったが、とんだ馬鹿だ」
「ラティカ姫が、何か?」
「こっちの話だ。何をしている! 行け! 絶対にトオルを捕まえろ! それとラティカ姫の部屋には誰も近づけるな! 鍵をかけて、ラティカ姫も出してはならん!」
言われて、部下は返事もそこそこに執務室を飛び出していった。
一人執務室に残った大臣は、机の前を何度も往復しながら、再び頭をかきむしった。
「クソクソクソ! 厄介なことになったぞ。トオルが脱獄したことを知れば、ラティカは絶対に妙な動きをする。なんとしてもトオルを速やかに捕らえて処刑しなければ!」
大臣執務室のドアが叩かれた。
「サリム大臣!」
「入れ! どうした!」
一人の兵士が執務室に駆け込んできた。
「脱獄犯トオルについて新たな情報が入りました!」
兵士は息を切らせて、うつむきながら言った。
「何だ! 早く言え!」
サリムは机を叩く。
「トオルはラティカ姫の居室に向かっているとのことです!」
「……なんだと……!?」
「お急ぎ下さい! 護衛の強化を!」
「もうしている! お前も来い!」
「ははぁ!」
サリムは兵士を伴ってラティカの居室に向かった。
王族であるラティカの部屋は城の最上階にあり、特別な魔法錠を解かなければフロアに立ち入ることさえ出来ない。サリムは報告に来た兵士を従えて、魔法錠を開け、最上階に向かった。
ラティカの部屋の前に着くと、護衛の近衛兵たち4人が、大きな扉の前に立ち、部屋を守っていた。
「誰かここに来たか!?」
サリムは問いただした。
「いえ、サリム大臣が初めてであります!」
近衛兵の一人は言った。
「ラティカ姫は部屋から出ようとしたか!?」
「いえ、起きてはいるようですが、扉に手をかけた様子はありません!」
「ここに脱獄犯トオルが来るという情報が入った。絶対に入れるな! 来たら速やかに殺せ! ラティカ姫も絶対に外に出すな!」
「承知しました!!」
近衛兵たちは居住まいを正し、敬礼をした。
サリムは情報を持ってきた兵士に向き直った。
「ご苦労だった。お前もここに残って警備を担当しろ。あとで私が増員を頼む。えーと、お前はどこの所属だ?」
「所属はありません。死刑囚なもので」
兵士は言った。
「……あ?」
空気が変わる。次の瞬間、周囲に居た近衛兵4人が、音も立てず膝を折って倒れ伏した。
兵士は腰の剣を素早く抜くと、サリムの喉元に突きつけた。
「ご無沙汰しています。サリム大臣」
「貴様、トオル……!!」
「あなたを殺すのは本意ではありません。しかし手が滑ることもある。2つ、質問に答えて下さい。それで終わります。ラティカ姫を狙っているわけではありません。あなたに会いに来たのです。サリム大臣」
「私に復讐する気か……!」
「あなたはこの国の法に則って俺を裁いただけです。私情はありません。まあ証拠捏造はいただけませんけどね。俺は俺の考える正しさに従ってここに居るだけです」
「ちっ……野蛮人が……!」
サリムは吐き捨てた。
「何とでも。一つ目の質問です。ジャマルとリリー。俺の仲間たちはどうなりますか? 二人は本物のヌワース教徒です。酒も一切飲んでいません。今回のことは、俺一人の責任です」
「あの二人は、尋問を行っただけだ。無罪であることが分かった故、今は自由にしている。酒を飲んでいない以上、奴らは今後魔王軍と戦うための貴重な戦力だ」
「良かった。ジャマルとリリーは本当にいい奴らです。良くしてやって下さい」
「もう一つは、なんだ」
「ラティカ姫のことです。彼女が酒を飲んだことは、あなたも知っていますね。ラティカ姫をどうする気ですか?」
「どうするか? だと? 死刑囚の貴様と、一国の姫の処遇に何の関係がある」
「彼女は、酒を飲んだだけです。この国の法で裁かないなら、あなたはどうするのですか。許していると?」
「許すわけがないだろう! 酒を飲んだ者は、悪魔と同じだ。何をしてもいい。殺すことも出来る。しかし、ラティカ姫が酒を飲んだことを知られれば、国への信頼が揺らぐ。今後は私のコントロール下に置き、操ってやるしかないんだよ! 酒を飲んだ者は!」
「なぜですか。なぜそれほど酒を憎むのです」
「酒は、悪魔の水だ。ヌワース教の教えであり、20年前の戦乱でもそれを嫌というほど味わった」
「酒を悪魔の水たらしめているのは、人間です」
「酒は存在そのものが悪だ。消し去らなければいけないものなんだよ。酒も、そして貴様のような酒飲みもな!」
「俺は、そうは思わない」
「だから、貴様は死刑になったのだ」
「そう、だから俺は、国を出ることにしたんです。酒が許される世界を作るために」
「はは、どこまで馬鹿なんだ。そんなこと、出来るわけがないだろう」
「サリム大臣、ハイヤーム王国もヌワース教も、人が作ったものです。人に変えれぬ道理はありません」
「出来るものか。もし出来たとしても、そんな世界、私は絶対に認めない」
「それもいいでしょう。俺たちは、考えが違う。しかし考えの違う人間が同時に楽しく生きていけるのが、いい世界ってものじゃないですか」
「詭弁を! それは堕落に染まった考えだ」
「確かに、清く正しくはないでしょう。しかしそれだけでは、生きていけない者もいるのです」
「殺せばいいのだ」
「それが出来れば、苦労はないさ」
トオルはそう言って、剣の柄頭をサリムの腹に鋭く突き込んだ。
「ぐぁ……! 貴様……!」
「少し寝てもらいます。機会があれば、また話しましょう」
サリムは倒れた。
トオルはサリムの持っていた部屋の鍵を手に取った。
そしてラティカの部屋の扉に手をかけると、ゆっくりと開けた。
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目覚めたとき、ラティカは全てが終わっていたことを知った。
トオルは裁判で死刑になり、すでに死んだと、サリム大臣に告げられた。
サリム大臣は、朗々とラティカの今後の処遇について話した。
表向きは今後も王女として国のために尽くすこと。
実際は国政の一切をサリム大臣に任せ、逆らうことは決して許さないと。
龍青騎士団を掌握するため、ラティカの結婚相手はカリムにするとも言われた。
操り人形になれと、そういうことだった。
それら全てを、ラティカは茫然自失の状態で聞いていた。
サリム大臣が部屋を去っても、ラティカは動くことが出来なかった。
何もかも手遅れだったのだ。
大事なときに、自分はずっと眠りっぱなしだった。
後悔しても、しきれない。
しかし起きていたとして、自分に何が出来ただろうか。
裁判でトオルの情状酌量を訴えて、国外追放に留めることくらいは出来たのだろうか。
しかしそれをやれば、ラティカ自身もただでは済まない。
それだけの覚悟があっただろうか。たった一晩、酒を酌み交わしただけの相手に。
トオルの笑顔を思い出し、胸がズキリと痛む。
初めて現れた、自分の本心を話せる相手だった。
トオルは自分の話を聞いてくれた。虚栄や虚飾じゃない、心から自分をさらけ出せる相手。
ハイヤームで唯一、酒の喜びを分かち合える人。
また一緒に酒を飲もうと約束した。
それはもう、永遠に叶わない。
外がやけに騒がしいなとラティカは思った。
窓から城下を見ると、通りに人が溢れていた。
ラティカの部屋の外も、ドタバタと騒がしい。
しかしどうでもいいことだとラティカは思った。
部屋に入って来ないなら、それでいい。
ラティカは自分のベッドの下を探った。手に冷たいガラスの感触が当たり、ラティカはそれを掴むと再びベッドの上に戻った。
それはウィスキーのボトルであった。地下聖堂の酒を、一本だけ自室に持ち込んでいたのである。
危険ではあるが、どうしても飲みたくなったときに飲もうと決めていた。
今まで一度としてこのボトルで飲んだことはなかったが、持ってきていて良かったとラティカは思った。
ラティカはウィスキーをボトルのまま一口飲んだ。
一息つき、体が暖かくなってくる。
しかし気持ちはそれほど晴れなかった。
トオルと酒を飲んだ夜のことを思い出す。
トオルには酒の作法も教えてもらった。
これはきっと、とても無作法な飲み方であろうと思われた。
「……トオル……ごめんなさい……」
ラティカの目の奥から熱いものがこみ上げてくる。
「私は……あなたを、救いたかったのに……」
涙がこぼれ、ウィスキーと混じった。
気付けばラティカは、一人でポロポロと泣いていた。
「ごめんなさい……」
自分の無力さ、この世界の残酷さ、全てが許せなくて、悔しかった。
扉の開く鈍い音に気が付いたのは、そのときだった。
廊下から涼やかな風が部屋に吹き込んできて、ラティカは顔を上げた。
一人の兵士が、ラティカの前に立っていた。
「悪い酒ですよ、ラティカ姫」
そう言って、兵士は兜を取った。
「落ち込んだときの酒は、よく残ります。まあそれもまた、酒の醍醐味ですかね」
「あ……ああ……」
「あなたの処遇はサリム大臣から聞きました。お互い大変ですね。もしよろしければ、ご一緒しませんか?酒を探す旅に」
兵士は恭しく敬礼し、手を差し出した。
「トオル……!!」
ラティカはベッドから跳ね出すと、トオルに飛び込んだ。
次回投稿は5月8日予定です。
よろしくお願いします。
次か……その次には完結予定です!




