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【第5話】トオル、裁判で死刑になったので脱獄する


 10

 

「時間だ。出ろ」


 牢屋番の言葉に、トオルは起き上がる。

 牢が開けられると、足についた鎖が外された。

 トオルは牢屋番に手錠を引かれて、地下牢の廊下を歩き出した。

 コツコツと二人の足音がこだまする中、牢屋番はぼそりと呟いた。


「お前、本当に酒を飲んだのか」


 トオルは牢屋番の後ろ姿をちらっと見た。


「ああ。そうだ」


 トオルは答える。


「残念だ」


 牢屋番はどこか寂しそうに続けた。


「俺は、お前に家族を救われたことがある。お前は俺の村に現れた魔物を追い出してくれた。お前のお陰で、俺の家族は無事だった。息子は魔物に食われる寸前に、お前によって助けられたんだ。息子は目をキラキラさせて、あのときの話をしてくれるよ。息子はいつかお前のようになりたいと、よく言っていた。お前は息子にとって英雄だったんだ」

「そうか」


 トオルは昔を思い出していた。多くの魔物を倒した。何となくだが、牢屋番が言っている少年のことも覚えている。魔物の爪が少年を切り裂く瞬間、トオルの剣は魔物に届いた。珍しいことだった。助けられない場合も多かった。だから、よく覚えている。魔物を追い出したあと、しばらく村に居たが、その少年には随分懐かれたような気がする。


「あの子の父親か」

「ああ。だからこそ、残念だ。息子に悲しい報告しなきゃいけない」

「すまないな」


 トオルは言った。本心だった。


「なぜだ? トオル。なぜ飲んだ。お前は英雄だろう。英雄なら、酒を飲むはずがない。酒を飲んだなら、英雄であるはずがない。お前は何者なんだ」


 牢屋番は振り返らないので、表情は伺えない。

 しかしひどく混乱していることは理解できた。


「俺は、トオルだ。この世界で酒を飲んだ、馬鹿な英雄さ」


 日本でしがないサラリーマンだったトオルは、ハイヤームに転生して力を得た。

 その力を使って、よく在りたいと、トオルは願った。

 人々の役に立ち、ささやかな自由と、幸福を得たいと思ったのだ。

 第二の人生を、悔いなく生きてみたいと。

 トオルは酒が好きだ。ハイヤームは酒を嫌う。

 不幸な不一致であった。ただ、それだけである。


「……やはり、俺にはよく分からない。お前は清く正しい勇者だったのに、酒を飲んだ。理解が出来ないんだ」

「いいさ。それも仕方ない。短い間だったが、世話になったな」


 二人は地下牢の階段を登った。

 地上への扉が開かれる。

 南天の太陽が眩しい輝きを放っていた。

 牢屋番は、地上の兵士たちにトオルを引き渡した。


「こっちだ、罪人」


 兵士たちに促され、トオルは裁判所に向かって歩き出した。

 



 両脇の兵士が裁判所の扉を開くと、トオルに向かって視線が一斉に突き刺さった。

 視線に宿っているのは、掛け値なしの怒りであった。

 裁判所は、トオルの被告人席が中心で、前方の一段高いところに7人の裁判官が座っており、後方には多数の傍聴人が居た。彼らは被告人席に向かうトオルの一挙手一投足をじっと見つめる。

 トオルが手錠を引かれながら席に着いたとき、裁判官席の中心居たサリムが号令をかけた。


「これより、トオルの飲酒疑惑についての裁判を開始する!」


 全員が一礼した。トオルはさっと裁判所内に視線を走らせる。

 ラティカ姫はいない。この裁判には呼ばれてないようだ。

 被告人席はあるが、検察席も弁護人席もない。

 裁判官の後方には、聖堂で見たものと同じような巨大な壁画があった。

 ヌワース教の神の姿が描かれている。

 これは裁判ではなく、異端審問なのだとトオルは理解した。

 ヌワース教世界の異端を根絶することを目的としたシステム。

 トオルはこれからヌワース教の裁きを受けることになるのである。


「この裁判は公平公正に、清く正しく証拠に基づいて被告トオルの容疑を問うことになる。民衆は正しい教えなくしては異端に陥りやすい迷える子羊である。そのことを努々忘れることなきよう願いたい。被告トオル」


 サリムの呼びかけに、トオルは視線を合わせる。


「はい」

「これより、自らの罪を告白する時間を与える。お前自身が何を行い、どのような罪が自分にあったのか。正直に告白しなさい。どのような悔恨、どのような償いをするのか告げなさい。正直さは美徳である。我らの神は正直者に対して寛大な処置を行うだろう」


 トオルは一瞬顔を伏せた。あるいはそこに、生き残る道があるのかもしれないとわずかに思った。

 飲酒を後悔し、二度とこのような愚かな真似はしないと告げれば、もしかしたら国外追放くらいで済むかもしれない。


「私は……」


 裁判官も傍聴人も、固唾を飲んでトオルの発言を見守る。

 裁判所内の空気がピリピリとひりつくのが分かった。

 今更自分を偽ったところで仕方ないじゃないかとトオルは思った。


「私は、酒を飲みました。後悔はありません。ヌワース教の教えをことさら破りたかったわけではないのです。ただ、私は酒が好きなだけなのです」


 俺はトオルだ。酒が好きなトオルだ。

 それだけは、ずっと変わらない。

 瞬間、怒号が裁判所を包んだ。

 聞くに耐えない罵詈雑言がトオルに向かって浴びせられる。

 裁判官たちも驚き呆れながら、トオルを口汚く罵った。


「静粛に! 静粛に!!」


 サリムは場を収めようと必死に木槌を叩くが、木槌の音がかき消されるほどの激しい怒りが裁判所内に渦巻いていた。


「やはり偽りの勇者だ!」

「我々はこの偽英雄に騙されていたのだ!」

「死刑! 死刑だ!」


 幾度打ち鳴らしたか。サリムの木槌の音がようやく聞こえるようになり、裁判所内は静かになった。


「静粛に!……被告トオルの罪、しかと見届けた。みなの怒りもっともである。20年前の戦乱で親しいものを亡くした者もいるだろう。トオルよ。お前はスカーフェイスの生き残りだな」


 サリムは言った。裁判官と傍聴人はぎょっとした目でトオルを見つめる。

 スカーフェイスという単語が、忌まわしきモノの権化であるかのようだった。

 トオルにとっては初めて聞く単語だった。


「聞いたことがありません。それは何でしょうか」

「しらばっくれるな!」


 別の年老いた裁判官が叫んだ。

 サリムは落ち着いた様子で言葉をつなげた。


「20年前、国を混沌と退廃に陥れようとした密造酒集団だ。奴らはお前と同じ考えを持ち、ヌワース教の教えに逆らい喜々として酒を飲んでいた異端者たちだ。国家を転覆させようとした大罪人である。多くの者が、スカーフェイスの犠牲となった。家族を亡くした者も多い。歴史から抹消された存在だ。全員処刑したと思っていたが、まさか生き残りがいようとはな。お前が酒を持っている理由も分かったぞ」


 トオルには何のことか分からなかった。ただ、この世界にもトオルの他に酒を飲んだ者が居て、地下聖堂の酒は彼らによって作られたことが想像出来た。


「私はそのような組織とは何ら関わりがありません」

「嘘をつくな! お前のその考え、スカーフェイスの連中にそっくりだ! 悪魔の水を飲み、悪魔の思考に染まった者の考えだ! 奴らはみんなそう言うんだ! 貴様の正体が分かったぞトオル!」


 血管が切れそうなほどに、年老いた裁判官は絶叫した。あまりの激昂ぶりに、傍聴人たちも驚いていた。隣りにいたサリムは、年老いた裁判官に肩を置いて落ち着かせていた。


「すまない皆の衆。彼は20年前、娘をスカーフェイスによって亡くしているのだ。彼は悪魔の水を飲んだ娘に対して死を与えるしかなかった。以来、彼の悪魔の水に対する怒りは誰よりも強くなってしまったのだ」


 サリムがそう言うと、裁判所に居た者はみな納得したようだった。


(おいおい……これは……)


 酒に関しておかしな世界だとは思っていた。

 しかし、これほどまでとは。

 トオルは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 想像していた以上に、この異世界の常識は狂っている。

 激しい怒りが四方八方からトオルに突き刺さってくる。


「もはや議論の余地はないように思えるが、本裁判は当人の自白のみにて罪を決めることは出来ない。これより、証人喚問を行う。証人、入りなさい」


 サリムが言うと、トオルの被告人席の前に一人の人物が歩いてきた。

 裁判所内で金色の鎧を着た男、カリムだった。


「証人、名乗りなさい」

「ハイヤーム龍青騎士団所属のカリムだ」

「カリム殿は昨日、飲酒現場を調査したあと、被告トオルと面会したそうだね」


 サリムは言った。


「ああ。その通りだ」 


 カリムの言葉に、トオルは心の中で毒づいた。


(あれは面会じゃないだろう)


「そのときの様子を教えてくれ」

「では話させてもらう。まず、飲酒現場は地下聖堂だった。城内の聖堂に秘密の入り口があり、地下に通じていた。地下聖堂には数本の酒があり、そこにあったグラスには、酒を飲んだ痕跡が残されていた」


 ざわざわと傍聴人がざわめく。ヌワース教の総本山で飲酒があったことを知れば、それは驚くだろうと思われた。


(しかし数本……? あれほどの酒があったのに、どういうことだ)


 カリムは動揺する傍聴人を抑えるのような仕草をしてなだめた。


「酒は我々龍青騎士団の手で封印消滅処分にしている。安心するがいい。問題はこの酒が誰によって持ち込まれ、誰が酒を飲んでいたのかということだ」

「誰が持ち込んだのですか」


 サリム大臣の声が妙にわざとらしいなとトオルは思った。

 カリムはもったいぶった様子で、一振りの剣を取り出した。


「飲酒現場の地下聖堂に落ちていた剣だ。この剣に見覚えのある者はいるか!」


 傍聴人が再びざわめき、誰かが言った。


「トオルが剣舞にて使用していた剣です!」


 カリムは満足げに首肯した。


「その通りだ! この剣が地下聖堂に落ちていたことが動かぬ証拠である」


 トオルは理解した。トオルの剣は、王宮の客室に置いたままだ。地下聖堂にあるはずがないのだ。証拠主義が聞いて呆れる。とんだ茶番である。


「更にトオルとの面会では、現場に有った酒とトオルが飲んだと証言する酒の種類も一致した。被告トオルは、間違いなく地下聖堂に酒を持ち込み、飲んでいたのだ」


(殴られただけなのだが!)


「発言しても構いませんか」


 トオルが手を挙げると、サリムは手を振って遮った。


「今はカリム殿の証言を聞く。黙っていろ。カリム殿、続けなさい」


 サリム大臣も、カリムとグルになってトオルをハメようとしていることが分かった。

 もうこの裁判の行方は決まったようなものだった。

 裁判官と証人が、いくらでも証拠を捏造できるのだ。

 スカーフェイスのトオルは数本の酒を持ち込み、自ら飲み、その罪で死刑になる。

 そういうシナリオが、すでに出来上がっているのだ。

 あんな大量の酒をトオル一人で持ち込めるはずがないから、数本ということになったのだ。

 ただ、ラティカを巻き込まなくて済んだことには少しほっとした。


「もう一点の疑問は、飲酒に使ったと思われるグラスが2つあったことだ。一つはもちろんトオルだろう。もう一つは何者が使ったのか。その点をはっきりさせたい」


(……妙だな)


 とトオルは思った。

 サリム大臣は、ラティカの飲酒をおそらく知っている。その上で隠そうとしている。一方で、カリムはラティカの飲酒を知らず、それを暴こうとしている。

 二人はトオルを死刑にすることに関しては結託しているが、ラティカの処遇については意見が異なっているということか。サリム大臣がラティカの情報を一方的に渡していないと考えられる。

 だからこそ、昨日カリムは牢屋に現れたのだ。

 サリムは自分がラティカのことを話さないと高をくくっているようだった。


「カリム殿、2つのグラスに関しては、後日検討しましょう。今回の判決に必要な証拠は揃いました」

「だが、もう一人の大罪人がいるかもしれないのだぞ!」

「カリム殿、下がりなさい」


 退廷を命じられ、悔しそうにカリムは下がっていった。

 使えるかもしれないと、トオルは思った。


「サリム大臣、一つよろしいでしょうか」


 トオルは下がっていくカリムを横目に見ながら、サリムの返事を待たずに続けた。


「ラティカ姫は今どこにいらっしゃいますか」


 カリムの動きが一瞬止まったのをトオルは見逃さなかった。

 サリムは目を見開き、言葉をつまらせた。


「そ、そんなことが、今なんの関係がある。勝手に発言することは許さんぞ」

「失礼しました」


 下がっていくカリムは、何事もなかったかのようにゆっくりと歩いて裁判所の外に出た。




「判決を言い渡す。全員一致で、被告トオルは酒を飲んだ罪により、火刑に処す」


 サリムは厳かな声で告げ、木槌を鳴らした。サリムの判決に、傍聴人も納得したようであった。

 分かっていたことだが、とんでもない国だとトオルは思った。


「最後に何か言いたいことはあるかトオル」


 トオルは顔を上げ、ぐるりと裁判所内を見渡した。

 この場に居る者は全員、トオルの死を願っている。

 酒を飲んだ者には死を与えて当然だと考えている。

 おかしな世の中だ。


「俺は、酒を飲んだだけだ」


 トオルは裁判所内の全員に聞こえるように、声を張り上げた。


「この世界でそれが大罪なのは分かっている。しかし、それほどの罪なのか? 娘を殺さなければならないほどの罪なのか? お前たちの行いは本当に正しいのか? 本当に心から、よく考えてくれ。疑ってくれ。信じるんじゃない。疑うんだ。禁酒もヌワース教も、ハイヤームも、所詮は人の手が作ったものだ。この世界で多くの人が共有しているというだけの、虚構であり、幻想に過ぎない。お前たちの神は本当に正しいのか?俺は死刑になったが、俺は全く納得できないぞ!」


 叫び終え、息を切らせたトオルに対して、裁判官も傍聴人も唖然として一言も発しなかった。

 しばらくした後、再び怒号が裁判所を包んだ。

 サリムはトオルを見下ろして言った。


「改悛の余地はないな」


 トオルは嵐のような怒号の中、兵士に引っ立てられると、まっすぐ前を向いて裁判所を後にした。

 

 11

 

 トオルは再び地下牢に戻ってきた。

 兵士たちに放り込まれ、冷たく湿った床を舐めた。

 トオルは両手と両足に手錠をかけられ、牢の鍵が閉められた。


「最後の夜を楽しむんだな」


 トオルを牢に放り込んだ兵士が言った。

 どうやらすぐに火刑に処されるらしい。トオルは何も答えなかった。

 何時間牢獄でうずくまっていただろうか。コツコツと足音が近づいてきた。

 トオルには足音の主が分かっていた。

 足音の主は牢屋番と何やら話すと、鍵を開けて牢に入ってきた。


「カリムか」


 うずくまりながらトオルは言った。


「ほう。分かるか」


 カリムは振り返る。


「何となくな」


 トオルが目線を上げると、金色の鎧姿の男と、部下の兵士二人が立っていた。


「では用件は分かっているな」

「ああ、ラティカ姫のことだろう」


 カリムはにやりと笑う。


「その通りだ。話す気になったようだな」

「どうせ死んでしまうんだ。一人では、つまらん」

「いい心がけだ。最後の晩に飯でも差し入れてやろうか」

「結構だ。それより、この手錠を解いてくれないか。最後の晩くらい、大の字で寝たい」

「やれ」


 部下の一人が、トオルの腹を蹴り上げた。


「ぐあっ……」

「俺を舐めてんのか?ゴチャゴチャ言わないでさっさと必要なことだけしゃべればいいんだよ」

「別に、逃げようってんじゃない……。ただ、少し寝たいだけなんだ。あんたはハイヤーム最強の騎士なんだろう。頼むぜ大将。人心掌握の達人だって聞いてるぜ……ラティカ姫からな」

「ふん……。よく喋る野郎だ。まあいい。おい。錠を外してやれ」

「大丈夫ですか? こいつ、かなり強いって話ですよ……」


 部下の一人が言った。


「俺が居るんだ。問題ない」


 カリムは剣を抜いた。


「飲酒の罪は決まったんだ。妙な動きをしたら即座に殺すさ」


 部下の二人は顔を見合わせると、トオルの両足と両手についている錠を外した。


「すまねえな」


 手足の自由を確認して、すっとトオルは立ち上がった。


「仇で返させてもらう」


 トオルの両手がふわりと揺らいだ。


「貴様……!!」


 カリムが声を発したとき、部下の二人は昏倒して倒れていた。


「昨日から飲まず食わずで、まさかまだ動ける元気があったとはな。随分痛めつけてやったはずだが」

「お前が鍵を持っているのは知っていた。あんたは、牢屋番の鍵ではなく、自身でここの鍵を持っていたんだ。牢屋とこの手錠だけが問題だったんだ。来ると思っていたぜ。ラティカのことを聞きに。死刑が決まったこの俺を」

「バカが。お前に何が出来る? 素手で、満身創痍のその状態で、ハイヤーム一の剣技を誇るこの俺を倒せるとでも思っているのか」

「もう枷は外れた。酒も抜けた。どうやら俺の力は酒が入っていると一切使えないみたいでな。初めて知ったぜ」

「何を言っている? 貴様の剣技は宴で見させてもらった。俺の敵ではない」

「俺はハイヤーム転生時、大きな力を授かった。この力で世界を救おうとしたんだ。見せてやるよ」

「ほざけ!!」


 言うが早いか、カリムは剣を振る。

 しかし、剣はトオルを捕らえる瞬間で、虚空を斬った。


「なっ……消え……」


 カリムが叫んだとき、鋭い拳がカリムのアゴを打ち上げていた。


「が……はっ…‥」


 白目を剥いて、カリムは倒れた。


「何をされたのかも分からなかっただろう。これが俺の授かった力『時間操作』だ。時の流れる速度を操り、最大1秒間だけ時間を止めて、その中で自由に動くことが出来る」


 トオルはカリムの持っていた剣を腰に差すと、振り返った。

 これで出られる。

 そう思ったとき、ガチャリと鈍い金属音がして、牢の扉は再び閉じられた。

 牢屋の前には、牢屋番が立っていた。


「見に来てよかった。まさかカリム殿を倒すほどの力を持っているとは」

「くっ……!」


 対魔法の牢はトオルでも破壊できない。


「お前はやはり大罪人なのだトオル。酒を飲み、脱獄を試みるなど。しかし、一方でカリム殿を倒すほどの力を魔物を撃つために使い、人々を救ってもいる。お前が分からないぞトオル」


 トオルは沈黙した。万策は尽きた。

 カリムをおびき寄せて、牢と手錠の鍵を開けさせることには成功した。これ以上、策はない。


「出してくれないか」


 トオルは言った。それしか出来なかった。

 牢屋番は嘲笑した。


「馬鹿なことを。そもそも、お前は再び外に出て、何をする気なのだ。お前は一生罪人だ。日の当たる世界では生きられない。城内で死ぬか、外で殺されるかの違いだけだ。ハイヤームを追われる大罪人になって尚、外に出て何をする気なのだ」


 牢屋番は言った。

 トオルは澄んだ目で牢屋番を見据えると、臆面もなく口にした。


「俺はこの世界で酒を探す。酒が許されない異世界に転生したが、俺はもう限界なんだ。酒を探して飲むための旅に出る。そしてハイヤームを変える。酒が許される世界へと変える!」


 牢屋番はあっけにとられ、押し殺したような声でくっくと笑った。


「俺は裁判を見ていたんだトオル。ここでお前が民を守るために魔物と戦うとか、国のためなんて言ったら、俺は絶対に嘘だと思ったが……くくく……まさかここまではっきり言うとはな。イカれてやがるぜ」

「俺はもう自分の生きたいように生きることにしたんだ」

「俺はお前が分からないぞトオル。お前はどっちなんだ? お前は英雄なのか? やはり世界をひっくり返す大罪人なのか。おもしろい。俺はお前の結末を見てみたくなったぞ」


 ガチャリと音がして、牢が開かれた。


「……!」

「お前はカリムたちを倒すと速やかに牢を抜け出した。俺はそれを止められなかったんだ」


 トオルはうなずいて牢を出た。


「この礼は、いずれ必ず。名前を教えてくれ」

「俺の名はハルン。息子の名はアルだ。お前はアルを助けてくれた。これはその礼だ。見逃すのは一度だけだ。行け」

「ありがとうハルン。アルにもよろしく」


 トオルは走り出した。地下の廊下を駆け抜け、階段を上ると、外に出た。

 飛び出した先には、地下牢入り口を見張る兵士たちがいた。

 夜気を切り裂くような絶叫が城中に木霊した。


「脱獄だぁーーー!!!」



次回投稿は4月24日予定です。

よろしくお願いします。

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