絶望
翌朝。
まず音が頭を起こし、眩しい光がじわじわ伝わってくる(コロニーでは昼夜が約三時間おきにくるため照明が自動で点灯し生活リズムを保っている)。
ジムは、隣で寝ているアリエスを起こさないよう、ゆっくりと、自分を起こした通信機へと向かう。
発信元は宇宙管理センター(宇宙関係の事を全て担った政府直轄の機関)からだ。
「”おはようございますジム様。こちらは宇宙管理センター、住税課(住民課と税務課が合併した部署)です。”」
「・・・こんな朝から何のようだ?」
「”ジム様、住居登録手続き用の口座へのお支払いが済んでおりません。早急にお支払いただきますよう、お願い申し上げます。”」
「・・・ん?俺らの到着を確認したら、自動登録で口座から引き落としてくれるんじゃないのか?直接出向かないといけないのか?」
「”いえ、そうではありません、ジム様の指定された口座では住居登録が出来ないのです。”」
「何かの間違いじゃないのか?SFSバンク(SFS社の経営する銀行)には互換性もあったし、十分な金が貯めてあるはずだ。それで足りないって、おかしくないか?」
「”ですが、ジム様がお支払指定をされた銀行、SFSバンクには、ジム様のアカウントは存在しません。”」
ジムは眠い頭を無理やり起こさせ、状況の理解に努めた。
相手は、自分の口座が存在しない、と言っている様だ。
という事は、自分のお金が無くなっているという事になる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、確認する。」
ジムは変な胸騒ぎがした。
急いで携帯端末を取り出し、指紋認証と網膜認証をして口座にアクセスする。
残高を確認する。
「・・・っ!?」
ジムは思わず二度見した。
[このアカウントはSFSバンクを利用していません]
昨日までは口座情報が出ていたはずだが、使用していない状態になっている。
「”ジム様。ご確認は済んだでしょうか?・・・ジム様?どうかなさいましたか?”」
今回ばかりは落ち着いていられなかった。
何かの間違いか。
そうであって欲しい。
急いでアリエスを起こす。
「アリエス!口座触ったか!?」
「・・・なに?どうかしたの~?」
「とにかく質問に答えろ!口座を触ったか?」
「・・・触ってないわよ?」
ジムの変わり様にアリエスは恐怖の色を出す。
すぐに引き落とし履歴を見るが、履歴自体、存在しなかった。
「やばいぞ・・・アリエス!今手持ちの金はどれだけだ!?」
「十五万よ?・・・ねえ、何があったの?教えてちょうだい?」
ジムはアリエスの目をしっかり見つめた。
「口座の金が全部消えた。」
「なんですって!?全部って・・・!?」
驚き怯えるアリエスをよそに、ジムは急いで手持ちのお金を確認した。
ジムは十八万円、アリエスは十五万円を持っている。
足して三十三万円。二十七万円の登録金は何とか出せる。
だが、残りの六万円で、どうやって過ごすのか。
宇宙には、余生をゆっくり楽しむセレブが集っている。
ゆえに、仕事が存在しない。
地球に戻るにしても、一回の航行で何百万とかかる。
働いて稼ぐ、というのは不可能であった。
借金をするにも、今時代では全てが端末上で行われる取引であるため、何処でどう監視されているか分からないこのご時世、不用意にお金を借りると、弟であるジムの今の状況が世間に知れ渡り、兄の支持も下がるだろう。
「飢え死にするのも時間の問題だ。」
「何か手はないの・・・?」
アリエスは頭を抱える。
無論、この状況では兄に頼ることはできない。
大統領の血縁者が無一文だったら、国民はどう思うだろうか。
ジムはまず口座の登録を済ませ、登録金の支払いを済ませた。
「アリエス・・・今持っている食べ物は?」
「そんな、あとはここの移動販売で買おうと思っていたから、何も持ってきてないわ!」
感情的になるアリエス。
ジムは、持ち前の冷静さを発揮した。
「・・・そうか、じゃあまず食料を確保しよう。もうすぐ朝の移動販売がうちのコロニーの前に到着する。」
アリエスは怯えて小さくなり、その場に座り込んでしまった。
ジムは手持ちの貨幣を携帯端末に読み込ませ、口座に振り込む。
外に出て、ちょうどやってきた無人販売船にアクセスし、端末から今日の食料を確保した。
残り五万四千円。
食材の値段が高く、残りだけでは長くはもたない。
「静かな生活を願っただけなのに・・・どうして・・・。」
アリエスが窓の外を眺め、静かに言った。
ジムの頭で、アリエスの言葉が何度も響いた。
無数の星を眺めていると、今は虚しくなるだけであった。
「少し協力してもらうか・・・。」
ジムは机上の携帯端末に手を伸ばし、ラファットに電話をかけた。
「”よう、昨日ぶりだな!お前から掛けてくるとは、珍しい。なんだ?仕事の依頼でもしてくれるのか?”」
「ラファット、今はそんな余裕はない。アクシデントが起きたんだ。」
「”おいおい、どうしたってんだ?地元屈指の大富豪さんがよ。・・・なんだ、まさか一文無しになっちまったのか?”」
ジムの心には、ラファットの察しの良さに驚く隙間もなかった。
「まあな・・・。」
おいおい、とラファットの焦りの声が漏れるのを聞いた。
「・・・飢え死にするのも時間の問題だ。」
「”そうか、それで俺の手を借りたいと。”」
ジムの、頼む、という声にラファットは唸った。
「”だがな、俺も今生活が切りつめているんだ。まあ、お金をあげる事は出来ないが、原因究明くらいなら喜んでするぞ。何か分かったらすぐ報告する。”」
持つべきものは友、この時心の底からそう思った。
「おお!・・・ありがとうなラファット!本当に助かる。」
「”長ーい付き合いだからよ。これくらいはしないとな。後は、お前のコロニーの区画を教えてくれないか?その近辺もよく調べておく。少しは役に立つはずだ。”」
ラファットの友を想う心は、昔と変わっていない。
そんなラファットの良心を拝みながら言った。
「俺も、何かやれることはないか?」
「”アリエスさん、あの子アクシデントに弱いんじゃないか?傍に居てやれよ、安心させてやれ。任せろ、俺が必ずいい情報を見つけるからな!”」
「わかった、本当に助かる。」
「”良いって事よ。今はどうなんだ?今のお金でどれくらい持ちそうだ?こっちも急いで情報は集めるが、なんせ今は任務中だからな。ある程度期限は知っておきたい。”」
「もう六万も無い。ここの食べ物はみんな高いから、長くも持たない・・・俺の期待してた生活とは正反対だ。生活費は今持ってるものを売って稼ごうと思う。」
「”あんまり一気に売るなよ、鼻のいいマスコミはちょっとした変化にすぐ嗅ぎつけやがるからな。事が大きくならないようにしたいなら、俺が情報を見つけるまで少し我慢してくれ。じゃあな、ジム。そうだ、高そうな物を売るんだったら鑑定させてからのほうがいい。その方が色々と安心だからな。じゃあな。”」
「わかった、ありがとう。」
ジムは通信を切断した。
そして、今だに動けていない様子のアリエスの横に座った。
「アリエス、大丈夫だ、すぐに良くなるよ。少しの辛抱だ・・・。」
ジムは、小さく頷くアリエスの背中を、ただたださすり続けた。