ニューライフ
救護船から降り、購入した自家用コロニーに降り立った。
透明な、短い円筒状のカプセルのような形をしている。
底面の部分に家が建ててあり、上を見上げると、何も遮るものも無く青々とした地球を仰ぐことが出来る。
下見で何度か訪れた事はあったのだが、いざ自分のものとなると、なんだか興奮した様な気分になった。
四等級(最高ランク一等級から順に七等級まで存在する)のこのコロニーは、かなり充実した設備とアフターサービスが整っている。
それほど広くは無いものの、二人で暮らすのには十分すぎる広さだった。
「救援ご苦労だったな。」
「いえ、これが仕事なもんですから。」
救援隊と手続きを済ませていると、下から(コロニーの外観と居住者の開放的感覚を損なわないために出入り口はコロニー底面部、居住区の下に設置されている)自分の船が運ばれてきた。
「船、修理終わりましたー!ガレージに入れておきましょうかー?」
「ああ、頼む!」
「わかりましたー!」
運搬船がかなり大きく、操縦席の位置が遠いのだ。
「ではジム様、待機にかかった別途代金は後ほど請求します、落ち着いてからでよろしいので振り込みをお願いします。」
「わかった。」
ジムはそう言い残し、アリエスと一緒に宇宙邸宅へ入った。
玄関の扉を開けると、新築独特の匂いが顔を覆った。
光が満遍なく差し込んでいて、フローリングや壁などの木の柔らかな雰囲気を引き立てている。
リビングは、玄関から突き当りの壁が全面ガラス張りになっており、宇宙を広々と見る事が出来る。
「すごく良いわ、この景色!」
右には月、その奥には太陽が見える。
アリエスはすぐさま端末を取り出し、写真に収めた。
ジムもその景色を眺める。
―――幻想的、解放的。
まさにコロニーの売り文句そのものだった。
全てを生み、全てを包み込む存在が、目の前にある。
自分という存在が如何に小さいか、痛感した。
感動に浸っているさなか、そのムードを壊すように電話が鳴った。
「”ジム!ついに宇宙へ行ったのか!”」
地球からの衛星電話だ。
発信元は古くからの友人の名前だった。
「ああ、やっとだ。久しぶりだな、ラファット。」
「”久しぶり。俺のコミュニティの中で噂を聞いたんだよ、お前が宇宙に行くってよ。発つ前に言ってくれればよかったのに。荷造りの手伝いくらいしてやったんだがな。”」
「ははは、見返りを期待しているんだな。仕事が上手く行かないのか?」
「”期待できそうな依頼はそう来ないさ、小さい依頼ばっかりだ。お得意様たちは皆、宇宙に行って平和に暮らしちまう。おかげで収入も一気に減ったよ。”」
ジムの旧友、ラファット。彼は元工作員で、子供が出来て引退した今は、主に便利屋として金持ちの”特殊な”依頼をこなし稼いでいる。
しかし案の定、状況は良くない様だ。
「”そっちはどうだ?”」
「最高の気分だよ、かなり快適に暮らせそうだ。」
「”まったく、羨ましいな!俺も、実はどっかの大富豪の兄弟でしたーなんて事にならないもんかねえ。”」
「俺も昔はその口だったさ。可能性はゼロではないって事だ。」
「”面白い事言ってくれるじゃねえか!昔と変わんねえな!”」
お前こそ変わらんな、とジムはラファットに笑って言い返した。
「”じゃあ、俺は次の依頼を済ませてくる。”」
「お、デカいヤマか?」
「”なぁに、ただの護衛さ。お小遣い稼ぎには丁度良い程度だ。仕事の方、よろしく頼むぞ!少しだけ割引してやるよ。”」
「ははは、そいつは助かるな。じゃあ。」
ラファットの通信が切れてから、ジムは通話終了ボタンを押した。
ゆっくりとした足取りでリビングに向かい、ソファーに深く腰掛ける。
そしてまた、ガラス越しの無数の光を眺めた。
期待、驚愕、焦燥、安心、感動、今日は感情の移り変わりが忙しい一日だ。
「さあ、飲んで一息つきましょうか。今日はもう疲れたもの。」
アリエスに、温かい淹れたてのコーヒーを渡され、それを啜る。
「ん、もう少し砂糖を入れてくれ。」
「本当に苦いの苦手なのね。」
「まあな。」
角砂糖が四つ浮かぶコーヒーを手渡され、それをスプーンで溶かし、飲んだ。
甘く香ばしい、自分にとってベストなコーヒーだ。
「さすが、いい香りだ。」
「今日はちょっと挽き方を変えてみたのよ?違い分かった?」
正直判らなかったが、一応曖昧な肯定はしておいた。
「明日からまた忙しくなるぞ。」
「ええ。シャワーを浴びて今日はもう寝ましょう。」
アリエスはシャワールームへと向かった。
ジムはコーヒーを片手に星を見ながら、再び感動の溜息をついた。