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第二話 兄弟がいて良かったと思う

「……どうしたんだよ」

「いいから」


 訝しげな弟を黙らせ、急いで兄にメールを打つ。

 お願いだからすぐに帰って来て欲しい。

 

 先輩が追って来そうで何度も周囲を確認しながら弟の腕にしがみ付いて震えてた。

 確定だよ、やっぱり先輩だったよと思いながらどう話したらいいのか悩んでいる内、乗換駅に辿り着いて電車を降りる。そうして、二回乗り換えて実家の最寄り駅に到着すると、兄が駅まで迎えに来てくれていた。


「よくわかったわね?」

「コイツから連絡あったからな」

「そうなの?」

「駅から家までこの状態で歩くつもりだったんかよ」

「ああ……、それもそうね」

「実家付近で姉弟で腕組んで堪るかっつうの」

「だよね。うん、偶に役に立つじゃん」

「素直に褒めろよ」

「ハイハイ凄い凄い」


 そう言いながら兄の車に乗り込み、実家への懐かしい道のりを久し振りに揃った三人兄弟で軽く会話を楽しんだ後。


「で?何があったんだよ?」

「うん。ずっとどう言ったらいいかって考えたんだけど、結局どう言った所で信じて貰えないって理解したんだけどさ」

「なんだ、珍しいな?」

「そう、そういう珍しい事が起きたって言うか」

「……何、やっぱあの男となんか関係あんの?」

「男っ!?」

「会社から駅まで行く時にさ、声掛けて来た男がいたんだよ。ミモルトゥの持ち主だぜ?」

「どんな男だよ。つうかお前が通ってる会社でミモルトゥ?社長か?」

「マジかよ、玉の輿って奴じゃん」

「残念、チームリーダーよ」

「よくある社長の息子が隠れて入社してるとかそう言う奴じゃねえの?」

「それはどうでもいい。けど、そう、確かにあの人が関係する話」

「って事は何、ストーカーされてるとか?」

「ない。アンタ一緒に住んでるんだから判るでしょ?」

「あー、うん、無いな」

「じゃあなんだよ、どういう事なんだよ」

「取り敢えず、着いてからにしようよ。私も頭の中整理したいから」

「……わかった」


 家に着くまでは兄と弟がバカな会話をしているのを聞きながら、どう話したらいいのか何とか筋道を立てて理論的にと思っていたんだけど、どう考えてもあの摩訶不思議な出来事を伝えるには、自分に起こった事を最初から話す事が一番だと判断した。


「ただいまー」


 そう言いながら家に入ると、忙しなく夕飯の用意をしている母がキッチンで迎えてくれた。


「アンタたち、急にどうしたのよ。っていうか帰って来るならもうちょっと早く連絡しなさいよねっ!」

「ごめん。手伝うわ」

「手を洗ってからね」


 両親には言えない事だから、食べ終わったら兄の部屋にでも言って話をしようと決め、てんぷら作成中の母の隣で味噌汁を完成させた。


「お父さんに刺身でも買って来てって頼んであるの。帰り掛けに買って来てくれるはずだから」

「そんなにいいのに」

「アンタはね」

「あー、そうね、アイツらね」

「そうよ」


 確かに兄と弟の食欲は凄いので、てんぷらだけじゃ足りない。


「……ビール飲んでるけど」

「ちょっとっ!どうして先に始めてんのよっ!お父さんを待ちなさいっ!」


 いつの間にか缶ビール片手にテレビの前を陣取った二人に母が怒鳴ると、ひょいっと肩を竦めて二人が一気にビールを飲んでしまう。


「あー……。さて、これを片付ければバレないバレない」

「腹減った。飯まだ?」

「お父さんが帰って来てからよっ!」


 油断するとてんぷらを摘まんで行ってしまう兄弟の尻を叩く母を見ながら、父が戻ったら直ぐにご飯に出来るよう用意を始めた。弟が何か言ったらしく、母が弟の尻を叩いている所に、父が「ただいま」と声を掛けながら帰って来た。兄弟の大歓迎を受けた父は驚きながらも笑って刺身を差し出し、着替えて食卓に腰を下ろす。


「はい、お父さん」

「ああ、ありがとう」


 ご飯と味噌汁をよそって渡し、それぞれに食卓に腰を下ろし。

 久し振りに五人で食べる夕飯はすごく美味しかった。急に戻った理由は会社で倒れてしまったからだと言えば、両親に心配を掛けてしまったけれど。


「ダイエットとか言ってご飯あんまり食ってねえからだよ。無駄なのに」

「無駄は余計だっつうの!」


 弟がそう言ってくれたお蔭で、両親もそう思ってくれたらしく「食べないダイエットは止めろ」と言われただけで済んだ。会社は週明けまで休みを貰ったからゆっくりしたいのだと伝えると、そうしろと父に軽く睨まれた。


「ごめんて。明日念の為お医者さん行って来るから」

「お母さんも一緒に行くわ」

「あ、俺明日は講義無いからいいよ、俺が行く」

「そう?でも……」

「大丈夫だって。もし途中で倒れたら母さんじゃ大変だろ」


 ナイス弟と思いつつ、なら付き合えと弟の言葉に乗っかった。

 久し振りの楽しい夕飯を終え、片付けている間に父と兄弟はビールを飲んでいて。

 さてそろそろと、二階に行き勝手に兄の部屋で待っていると、それ程待つ事も無く兄と弟も来てくれた。ドアを閉め、兄の部屋で三人、膝を付き合わせてポテチの袋を開けると兄が叫ぶ。


「テメエ、部屋ん中漁ったなっ!?」

「大丈夫、エロいの見付けてもそのままにしたから」

「ふざけんな。男は繊細なんだぞ?」

「ガラスのハートなら砕け散れっ!」

「ああ……」


 大袈裟に倒れて見せた兄の頭を叩き、本題に入るぞと勝手に話し始めた。


「給湯室でさ、カップを洗ってたんだよ。んであの会社の給湯室って奥まった所にあるから、偶に恋人達が隠れてコソコソ楽しんでたりするところでさ」


 そんな事から話しを始め、なるべく客観的に、出来事だけを二人に伝える事に専念した。二人に話したから何がどうなるって訳じゃないけど、それでも、私の心の安寧になるからと頑張った。


「……って事は、あの男で確定って事か」

「どんな男だった?」

「髪はチョイス・シロフォードみたいな感じ。スーツの色は濃いグレーでネクタイは淡い水色で真ん中に太めの黒ライン。シャツは淡いグレー、スーツとタイはウグルセ系、シャツは日本かな?靴はたぶんヨハン・ラブのオーダー。腕時計はピトッケ・フォリッポ」


 すらすらと答えた弟に、兄と二人でポカンと口を開けて眺めていると弟は私と兄の顔に何度も視線を向け。


「なに。俺が何処に就職しようとしてるか知ってるよね?」


 眉間に皺を寄せた弟にそう言われ、そう言えばそうだったと合点がいく。

 弟は春には警察関係者になる予定だ。


「お前、ファッションに興味あったっけ?」

「俺が興味を持ったのは犯罪心理学の方。それ関係ですげえファッションに詳しい奴がいて色々教えてくれたんだよ。特に腕時計は、車に乗らないかって言った時に内手首からバックルが見えてさ」

「バックル?」

「あのブランド、留め具が独特なんだ。だから判っただけ」


 珍しくナイスな弟にビックリだ。


「って、すげえ高いんだけどっ!どう言う事だよ」


 スマホでググったらしい兄の声に、どれどれと覗き込んでみれば目玉が飛び出す程のその値段に言葉を失った。


「……どう思うよ」

「聞いた限りじゃ破壊された音は聞こえたけど、破壊の痕跡は無くなってたって事だよな?」

「たぶん。壊れてたら大騒ぎでしょ?」

「廊下に穴を開けた雨ってのも、綺麗さっぱりその痕跡が無かったと」

「無かったんだと思う」

「うん、忘れろ」


 弟のその言葉に「無理に決まってんだろ!」と返したけど。

 確かにそれが一番良い解決方法のような気がして来た。


「確かに一理あるな。その二人が魔法を使っていたとする」

「うん」

「けど、魔法を使った痕は無くなってた」

「うん」

「って事は、誰かに話した所で疑われるのはお前の頭だ」

「……うん」

「な?忘れた方が良い。それと、あの男と一度飯でも食いに行け」

「なんでよっ!近寄りたくないんだけどっ!」

「ばぁか。一回付きあっときゃ次の誘いを断りやすいだろうが」

「冗談じゃない、近寄りたくないっつってんのっ!」

「我慢しろって。絶対探り入れたくて近付いて来たんだから、何も知りませんって顔してしれっと飯をご馳走になりゃいい」

「確かに。だが危ない」

「だから、偶然を装って俺が乱入すりゃいいだろ?」


 ふむ。

 確かに弟の言う事には一々納得してしまう。


「しかし、魔法か……」

「そして英語。英語圏で魔法が使えるようになるって言ったらやっぱウグルセか?」

「なんで?」

「ウグルセっつったら魔法って感じがするから?」

「バリル・パットーの影響?」

「何かあの国、暗いイメージあんだよな。いつも何処かを呪ってそうっつうか」

「呪術ならビーディーじゃないの?」

「あれは元々はイヘルキの民間信仰だからなあ」

「……詳しいのね」

「まあな。色んな物読んだからさ」

「ああ、あの変な本?」

「そ。ってかロンギヌスの鎗って凄そうじゃね?」

「だよな?」


 弟の言葉に兄が乗っかり、二人が目を煌めかせながら自分が魔法を使えたらと言う話しに発展してしまい、どうやら私の事は頭からすっ飛んだようだと不貞腐れた。

 ポテチを齧りながら、これからどうしようと悩む。


 確かに弟の言う通り、誰も信じてくれない事は理解出来た。

 ついでに、先輩が謎の金持ちらしいって事も解ったけど、だからどうすればいいのかまでは全く判らない。弟の言う通り、全部忘れて一度誘いに乗ってご飯を奢ってもらってじゃあさよならって事が出来るのかどうか。

 もし演技だってバレたら?

 見たよね?とか、聞いたよね?何て聞かれたら?しれっと『何を?』って聞き返せばいい?それとも『聞いたわよ?』って答えればいい?


 そんな風にグルグルと考え込んでいたら、パシッと頭を叩かれたので、即兄のおでこを叩き返した。


「うおっ」

「いきなり叩くんじゃねえよ」

「おま、お前が話し掛けても無視するからだろうが」

「なら肩を叩くとかあるでしょ」


 今度はバシッと強めに肩を叩かれたので兄の肩をグーで殴り返し。


「で?何の用なの?」

「妹よ、兄に対して酷くはないか?」

「反射神経のテストかと思った」


 しれっと言い返して睨み付ければ、兄は「はあ」とわざとらしい溜息を吐いてから話し始めた。


「何小難しい顔してんのか知らねえけど、相手がいる事、ましてその相手の事をお前は良く知らないんだろう?」

「……まあね」

「なら考えても無駄だ。お前は飯に誘われたら気軽にオッケーして弟に連絡する」

「でも、店の名前とかわかんなかったら?すごく遠かったら?」

「そこはお前が『まだ体調が万全じゃないんで早めに帰りたいですぅ』って言えば良いだろうが」


 兄の裏声に物凄い勢いで全身鳥肌を立ててしまったけど、その答えはとてもナイスだ。


「休み明けは一人にならないように気を付ければいい。必ず誰かと行動しろよ」

「でも女の子は巻き込みたくない」

「…………だな」


 兄の案を即却下すると、兄も同意を示した。

 モテないが優しい兄なのだ。


「三人で行動すれば?女でも残りの二人のうちどちらかは生存確率が高くなる」

「死亡前提で語るの止めて」

「けど確かな事実だ」

「……後は?」

「会社の人にその先輩の事を少し相談する。誘いを断ったら何だかしつこいとか言って」

「あー……、でもあの女の人と恋人同士だったんじゃないの?」

「痴話喧嘩だったのか、それとも仕事上の喧嘩だったのかは判らないだろ」

「でも何か、親密そうじゃない?いつもって言葉が出てたし、それに、何て言うか……」


 男女の言い合いを思い出し、その声を思い出す。

 上手く言えないけど、何かこう、二人には通じている何かがあったと思うのだ。


「魔法で何かやってる最中、誰も来なかったんだろ?」

「……たぶん?」

「って事は、何かこう、遮る事が出来るって事だろ?」

「…………そっか」

「なら三人行動が適切だな。それ以上になると目立つ」


 そして、翌日は念の為にと病院に連れて行かれ、疲れや無理な食事制限からくる一時的なものでしょうと言われ、これまた念の為にと処方箋が出された。

 まあでも、これで病院に行ったと言う証拠にはなる。

 言葉通り付き添ってくれた弟とファミレスで昼食を済ませ、家に帰れば母が不安げな顔で出迎えた。医者に言われた事を伝えると、寝ていろと言われたので大人しく従った。

 良く解らない事が起きて一人でパニックに陥っていたけど、兄と弟のお蔭で何とかなりそうだとほっと溜息を吐き出した。そう言えば、よくすんなり信用したなあ、なんて思いながら瞼を閉じた。




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