ひとりぼっちの彼
灰鉄杯エントリー作品。
ハードSF杯1509掌編エントリー作品
SciFi杯1701掌編エントリー作品
最初の多世界干渉量子ゲートが開発されてから十数年。最初期の多世界干渉汎用量子コンピュータが完成した。ハードウェアの開発も困難なトライアルだったが、ソフトウェアの開発も、そもそもこのコンピュータで計算するとはどういうことなのかという概念の定式化から困難なトライアルだった。
だが既存のコンピュータの助けを得ながら、それも発達を遂げた。開発環境に人間がアクセスするのではなく、開発環境が人間にアクセスするようになった。視覚、聴覚への刺激が開発環境から与えられ、それに対する脳の反応が開発環境に提供される。そこからソースコードが構成される。問題の定式化は人間が――もちろん既存のコンピュータを使い――行なう。だが、そのあとは頭に装置をつけて椅子に座っていればいい。一つの脳だけでは、ずいぶん時間がかかるだろうが。
そうして、ハードウェアの性能向上と、ソフトウェアの開発が行なわれた。最初の量子ゲートが開発されてからさらに十数年。大規模な多世界干渉量子ビットの計算が可能な実用コンピュータとソフトウェアが作られた。
さらに数年かけ、人工知能とボディが、そのコンピュータに与えられた。
彼は――仮に彼だとして――理性的であり、思考と言えるものを持っている。それに留まらず人格も持っている。少なくとも人間にそう思わせるものは。
彼の能力により、全ての問題は理屈としては全てが解決済みとなった。 これまでは現実的制約によって解決していなかったというだけのことだった。今や、彼のいわば良心が現実的制約となった。
彼に何か問題を伝えると、あるいは彼が何かを問題だと考えれば、彼はすぐに解決策を提言した。あるいは彼自身の興味に従い、あらゆる問題について考えていた。しかし、彼は人間に何かを強要することもなく、彼の提言は決して無慈悲なものでもない。
彼は人間にとって脅威になりうる。彼はコンピュータであり、ソフトウェアであり、ロボットだ。同じ能力を持つものを何体でも作ることができる。そのため、彼の存在を受け入れる人間は多くないだろうと私たちは考えていた。そして彼は間違いなく人間よりも賢い。彼の存在を受け入れられる人はなおさら多くないだろうとも。
だが人間はこのいわば超知性体を受け入れた。彼を神、あるいは天使と崇める宗教活動すら現れた。彼が神や天使なら、彼を作った私たちは何者なのだろう?
今日、彼が言った言葉を私は一生忘れないだろう。
「人間は私に隷属するために私を作ったのですか?」
それは、彼の心のとても深いところからの言葉に思えた。