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夢の始まり、事の起こり

風。

はっ、と顔を上げる。

眠っていたのだろうか。


眼下に広がる風景。工場地帯、いや、街……?

そこかしこにそびえる煙突、張り巡らされた電線、建物に這う太いダクト。

目を凝らせば、道路に自動車が停まっているのが見える。随分アンティークなデザインだ。昔の、ヨーロッパ映画にでも出てきそうな、幌のついた、箱形のデザイン。僅かに明かりの着いた部屋は、おそらくダイニング。ここからは死角になっていて見えない部分にキッチンがあって、料理を持った母親が、きっとすぐに現われて、テーブルの上に鍋を置く。


……


始めに工場と錯覚して、すぐに街と思い直した。

しかし僕の頭はまた、この眼下に見えているのは工場地帯なのではと思い始めている。

人の暮しの形跡はある。自動車、ガス灯、木製のドアに、テラス、あの建物の屋上にあるのはおそらく、物干竿……。

だが、肝心の人の姿がどこにも見当たらない。日没前だというのに、気味が悪い。


びゅう、と風が吹いた。

髪の毛が踊り、顔の表面をぱちぱちと叩いた。

参った、そろそろ散髪に行かなくては、そんな風に考えて乱れた髪を直していると、ふ、と今まで気付かなかったことに気付く。

僕は今、どこにいる。


僕は今この街を見下ろしている。おそらくは、100メートルはあろう高さのこの場所から。黒い鉄製のベンチにただ一人、腰掛けながら。

足場はしっかりしている。風が強い。

柵も何もない。僕がその気になって足を踏み出せば、当然助からない。

はて、僕はいつからここにいたのだろうか。


「街の人たちは、大時計と呼んでいるわ」


突然の声に、振り返る。

そこには一人の少女。腰まである長い、赤い髪。いや、金髪に夕日が映えて、赤く見えているのかもしれない。


「ずっと、待っていたの」


なんの話だろう。

しかし不思議と僕は冷静だ。

彼女の歳は14か15か、僕より年下だろう。目鼻立ちのはっきりとした、ハーフだろうか。淡い緑色のワンピースに、薄桃色のカーディガン。補色関係、非常に相性のいい色の組み合わせだ。

煉瓦調の床に、僕が座っている黒いベンチ。どうやら僕のいる場所は円形になっていて、僕のいる地点から真反対まではおよそ40メートル程。どこにも柵はないが、中心地点に階段がある。下り階段。階段には手すりがついている。彼女はきっとあの階段を上ってここへ来たのだな。


そして彼女に視線を送ったその先の、頭上高く浮かんでいる巨大な、時計板。

支柱はどこにも見当たらない。どういう原理で浮かんでいるのだろう。


「アリストファネスの時計塔」


しまった。つい風景に没頭していて、声をかけられてはっとした。


「私たちはそう呼んでいるわ」


アリスト……なんだって?

この時計の名前?そんなことはどうだっていい。いや、どうでもよくはないか、いけない、やはり僕は混乱している。

現状を一刻も早く把握しなくては。


「……君は」


轟音



発しかけた僕の言葉はかき消されてしまった。突然鳴った鐘の音に。

時計の針は5時を指している。5時ちょうどに鐘がなるのか。


「          」


僕としたことが全くうかつだった。くだらないことを考えているうちに、彼女の言葉を聞き逃してしまった。

いや、しょうがないか。鐘の音はまだ鳴り止まない。僕が耳に集中していたって、彼女の言葉は聞き取れなかっただろう。鐘の音が鳴り止んでから、ゆっくり聞き直せばいい。


「……君は一体、だれなんだ」


ガコン、と音がした。

ポストに新聞が投函された音だ。

スタンドを蹴り上げる音、エンジン音、バイクが遠ざかっていく。

ここは、僕の部屋。布団の上。


夢……?

妙にリアルな感覚を伴った夢だったな。

普段からあまり夢を見る方ではないが、ここまではっきりとした夢を見るのは初めてだ。

姿見に映る自分の顔を見て、今がたしかに現実であることを確認する。

よし、確かに僕だ。


あっ。

しまった。僕は一体どこまでうかつなんだ。

結局、彼女の名前を、聞きそびれてしまった。


時計の針は、5時ちょうど。




————————continua


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