落ちこぼれ魔法使いと垂れ耳の師匠
王立アルカナ魔法学院。
十五歳になるミア・フェルナーは、半年前にこの学院に入学した。
実家はぎりぎり貴族の準男爵家。ほぼ平民に近いのんびりした暮らしも性に合い、このまま幸せに人生を歩むと思われていたが、家族の中でミアだけが魔法を使えると判明した。
両親はミアの将来を思い、屋敷を抵当に入れて借金してまでミアを学院に入れてくれた。
しかし、人生はさほど甘くはない。
ミアは入学早々、同級生のレベルの高さと自分の実力を思い知らされた。
「落ちこぼれ」
いつの間にか、ミアは周りからそう呼ばれるようになった。それでも期待してくれた両親を想い、ミアは一生懸命に努力した。
そして今日は、生徒たちが待ちに待った『召喚契約の儀』が行われる日。
本人の魔力・属性・資質に合わせて召喚獣を呼ぶのだ。
儀式が始まると、朝から浮かれていた二十人の生徒たちも静まり返った。
兄弟の中で一番魔力が強いと噂される第二王子が、一番に魔法陣の前に立った。
教師が呪文を唱える中、王子はやや緊張した面持ちで魔法陣に魔力を注ぎ込む。
すると、魔法陣が一瞬赤く輝き、中から王子の身長の倍はある立派な紅い竜が現れた。王家の紋章と同じその竜は、翼を一度だけバサリと広げた。竜は王子を見ると、嬉しそうに金色の瞳を細める。教室中が色めき立った。
「さすが殿下! 最強の召喚獣である竜とはご立派」
「膨大な魔力に炎属性。殿下にピッタリだわ」
王族に対する召喚獣側の忖度もあるのだろうが、誰一人そのことは口には出さない。皆の意識は、次に魔法陣の前に立った公爵令嬢シンシアに移った。
シンシアが白い手を魔法陣にかざすと、魔法陣が青白い光に包まれる。その眩しさにシンシアだけでなく、誰もが思わず目を瞑った。次に目を開けた時、そこには艶やかな白い毛並みが立派なケット・シーがいた。
「なるほど。高い適性と風属性でケット・シーか!」
「シンシア様と同じで、なんと気高いお姿なんでしょう!」
次々と現れる召喚獣たちは皆、一度は教科書で見たことがあるほど立派なもの。立ち会った教師たちも、今年の新入生の出来の良さに満足げな表情を浮かべた。
そして最後。いよいよミアの番だ。同級生たちは自分の召喚獣に夢中で、落ちこぼれのミアになんて興味はない。ミアは震える手を、ゆっくりと魔法陣にかざすと瞳を閉じた。
ブー。
光る代わりに、魔法陣から何かが鼻を鳴らす音が聞こえた。驚いたミアが目を開けると、魔法陣の真ん中にちょこんと、小さなグレーのウサギが座っていた。
ウサギは鼻をヒクヒクさせ、つぶらな黒い瞳でミアをじっと見つめている。その耳はミアの知るウサギとは違って、タラリと垂れていた。
「か……可愛い!」
生徒たちが戸惑いの目でウサギを見る中、ミアは思わずウサギに近づくと、頭を撫でようと手を伸ばした。
「ちっ、ハズレかよ」
ミアの手がぴたりと止まる。吐き捨てられた言葉は、確かに目の前のウサギが発したのだ。
「気安く触ろうとすんな。噛み殺すぞ、このク○○○○が」
ミアが、いや、生徒たちも聞いたことのないような汚い言葉がミアに投げつけられる。ミアの目に涙が浮かんだ。
「君、あまりにも酷いじゃないか」
見るに見かねたのか、王子の竜がウサギに近づき窘めた。
「あ?」
「契約者にはもう少し——」
カプッ。
竜の首筋から真っ赤な血が吹き出した。なんとウサギは、ピョンと竜に飛びつくとその首に歯を立てたのだ。誰かの悲鳴が聞こえる。
「何をする!」
竜は怯んだのか、体の大きさが半分ぐらいに縮まった。教師たちが竜に駆け寄ると、治癒魔法を掛ける。血の気が引いたミアが思わずウサギに叫んだ。
「殿下の召喚獣になんてことを! 相手は竜なのよ!」
「だから何だよ」
ウサギは悪びれる様子なく、小さな手をペロペロと舐め顔の毛繕いをしながら言った。
「人間の身分なんて俺には関係ない。挨拶がわりの甘噛みで情けねぇな」
生徒たちはミアとウサギから距離を取る。
今日からミアは、この可愛らしくも素行の悪い召喚獣と寝起きを共にするのだ。ミアは天を仰いだ。
次の日の朝。
寮のベッドで目覚めたミアは、思わず悲鳴を上げそうになった。昨日のガラの悪いウサギが、至近距離でミアを見下していたのだ。
「ヒッ」
「おい。寝てねぇで、メシ持って来いよ」
ミアは慌ててベッドから飛び降りた。竜の鮮血を思い出したのだ。
あれからミアは王子と竜に謝罪した。「君のせいではないよ」と言ってくれた王子の目は笑ってはおらず、竜は怯えて目を合わせてはくれなかった。
「卒業まであと一年半もあるのに、何てことしてくれたのよ……」
窓辺に置いたプランターのハーブを摘みながら、ミアは独りごちた。ベッドの上ではウサギが、その小さな白い歯をのぞかせながら、のんきにあくびをしていた。
生徒たちが召喚獣との生活に慣れてきた頃。
学院の裏にある森で課外授業が行われることになった。森にはあまり強くない魔獣が、討伐の訓練のために放たれている。普段は立ち入りが固く禁止されているその鬱蒼とした森に、二十人の生徒と二十体の召喚獣が集められた。
「今日は一日かけて、魔獣を討伐しなさい。日頃の訓練の成果を発揮するように」
教師がそう言うと、王子と竜は拳を合わせ、シンシアとケット・シーはおでこを擦り合わせた。他の生徒たちもそれぞれの相方と励まし合い、作戦を練る。
ミアは足元に視線を落とした。ウサギは教師の言葉を聞いていたのかいないのか、さっきから豊富に生えた草を一心に食んでいる。
「師匠。聞きました?」
ミアがウサギに声をかけた。ウサギはミアを無視して草を食み続けている。
「師匠。聞こえないふりしても無駄ですよ。ウサギは耳が良いってことくらい、さすがの私でも——」
「へっ?」
ウサギが驚いたようにミアを見た。ミアは眉間に皺を寄せた。
「師匠。先生の言ったこと、聞こえていたでしょう? 耳が良いんですよね」
ウサギは咥えていた草をペっと吐き捨てた。
「耳が垂れているウサギは、大体耳が悪い」
ミアは驚きのあまり、目を見開いた。ウサギの最大の武器は聴力だと教師に聞いていたからだ。
「役立たず……痛いっ!」
口の中だけで呟いたはずなのに、ウサギは素早くミアの足を大きな後ろ足で踏みつけた。
「聞こえているじゃないですか!」
「悪口は聞こえる」
ミアとウサギがそんなやりとりをしている間に、教師の説明は終わっていたらしい。生徒たちはバラバラに森の奥へと進んでいった。
ミアも慌てて皆とは違う方角へと急いだ。
意外なことに、ウサギもぴょんぴょんとついて来る。召喚獣としての仕事はこなすつもりらしい。
「師匠。他の人たちは、ペアの召喚獣と魔法の練習をしていました。私は、まだ何も教えてもらっていないのですが……」
ミアはウサギに魔法を教えてもらうどころか、毎日新鮮な野菜や果物の収穫を命じられていた。
「そうだっけ? ところでお前、何魔法が使えんの?」
興味なさそうにウサギが聞く。ミアは一瞬、言葉に詰まった。ウサギはチラリとミアを見上げた。
「笑わないでくださいね。一番バカにされている、土魔法です……」
最後は消え入りそうな声のミアだったが、ウサギの目はキラリと輝いた。
「悪くないな」
ウサギはニヤリとすると、それ以降は話さなくなった。
ミアは歩きながらウサギを見る。垂れた耳の間の頭頂部の毛が、柔らかそうに風にそよそよと揺れている。
「師匠」
「何だ? 美味そうな木苺でもあったか」
「頭の毛に触れさせていただいても良いでしょうか」
ウサギが急に立ち止まる。怒らせてしまったかと、ミアも慌てて身構えた。
「……ちょっとだけだぞ」
ウサギはミアの足元にゴロリと寝そべると、戸惑うミアを催促するように見上げた。
「失礼します」
ミアの指にふわふわした毛が触れる。毛の中に少し指を這わせると頭の骨に触れた。温かい、柔らかい毛の触り心地がたまらない。ミアは夢中でウサギの頭を撫でた。
コリコリコリ……
頭の骨から、ウサギの歯軋りが伝わる。痛いのだろうかとミアはウサギの顔を覗き込む。が、ウサギは気持ちよさそうに目を閉じていた。
穏やかな風が吹く。ミアは今が魔獣討伐中ということを忘れてしまっていた。
どのくらい撫でていただろう。
ガサガサ……
突然、近くの木々が揺れた。揺れ方は不自然で、明らかに周囲の気配も変わった。
「し、師匠」
「おう」
ウサギはじっと前を見て動かない。ミアは初めて対面する魔獣の気配に、足が震え出した。その時、目の前の木々がなぎ倒されて、向こうから足の多い赤黒い蜘蛛のような大きな魔獣が現れた。ミアは声にならない悲鳴をあげた。
「今だ、ポンコツ! 土壁を作れっ」
「ポ、ポンコツ?」
「いいから早く!」
はいと返事すると同時に、ミアは目の前に建物の一階ほどの高さの土壁を作った。
出来は良いはず。ミアがウサギを見ると、砂埃の中でウサギの目が爛々と輝いていた。
——師匠に認めてもらえた!
ミアが喜んだのも束の間。
「ブッブッ、ブー!」
ガンギマリの目をしたウサギが嬉しそうに鳴き声を上げ、一心不乱にその壁を掘り穴を開け、そして崩し始めた。
「し、師匠! 何をするんですかっ!」
ミアの悲鳴のような叫び声にウサギが我に返った時には、土壁は無惨にもほとんどが崩れ去ってしまっていた。
「悪い。ウサギの習性だ」
魔獣はゆっくりとこちらに近づいて来る。呆然とするミアにウサギが言った。
「おい、ポンコツ。よく見ておけよ」
ウサギがスッと息を吸う。やっと魔法を見せてもらえる……ミアは期待を込めた目で、ウサギの動きを見逃すまいと凝視した。
次の瞬間、ウサギは脱兎のごとく、全力で逃げ出した。
「逃げろ!」
「えええええ!?」
ミアも慌ててウサギの後を全力で追いかけた。
少し走った先で、ウサギは急に立ち止まる。
「に、逃げるってなんですか」
「勝てねぇ相手に向かってどうするんだ」
はあはあと息を切らすミアに、ウサギが命令した。
「ポンコツ、穴を掘れ」
「穴? 魔法で土を掘ったことなんてないですよ!」
「イメージしろ。巣穴を掘るイメージだよ、バカめ」
「……巣穴」
「いいから早く掘れ! あいつを誘き寄せて落とすぞ」
「火を吹く系の魔獣だったらどうするんですか!?」
「そん時は、また壁作れ」
「どうせまた、穴開けちゃうじゃないですかっ!?」
「……我慢する。なるべく」
目を逸らすウサギを睨みつけると、ミアは覚悟を決めた。屈んだ両手を地面につけ目を閉じる。土壁の反対、土壁の反対……
次の瞬間、ついた手の先に大きな穴が開く。ウサギは慌ててピョンと穴から離れた。
「やるじゃねえか。よし。あいつが火を吹きそうになったら壁を作れ。俺は我慢する」
ウサギが言い終わるのと同時に、土埃の中に魔獣の姿が浮かんだ。怒っているのか、さっきより近づくスピードが上がっている。
ミアの額に汗が流れる。辺りはまだ、土埃で視界が悪い。その視界の悪さが幸いしたのか、それとも魔獣が怒りのあまり冷静ではなかったのか。魔獣のその大きな体は、運よくミアの掘った穴に飲み込まれるように落ちていった。
「よし。いいぞ」
ウサギの声にミアの表情が緩んだ。
しかし、その時。
ガリガリガリ……。
不穏な音に、ミアとウサギは穴を凝視する。落ちたはずの穴から、魔獣の足の先が見えた。魔獣は必死で地面を掻きながら、穴の縁に足を掛けて這い上がろうとしていた。二本目の足が縁に掛かるのを見た瞬間、ミアは恐怖のあまり叫んだ。
「師匠! 次は……次は何をしたら!?」
穴の深さがどれぐらいなのかミアにはわからない。しかし、そうしている間にも、三本目の足が見えている。
師匠、師匠と叫び続けるミアの足を、ウサギはその鼻先でツンとつついた。
「落ち着け、ポンコツ。今度こそ、しっかりと見ておけよ」
また逃げるのかと、ミアもスタートの体勢を取った。しかしウサギは一歩、ピョンと穴に近づいた。
「今度こそ、魔法を見せてもらえるんですね!」
ミアは目を輝かせた。ミアの言葉が聞こえたのか、ウサギはニヤリと笑ってから、その後ろ足を軽く浮かせた。
ダンッ!
後ろ足を、一度だけ勢いよく地面に打ち付ける。それは、天地がひっくり返るほどの大きな音ではなかった。しかし、その振動で、魔獣が足を掛けていた穴の縁がガラガラと崩れ、土埃と共に、魔獣は再び穴の奥へと姿を消した。
「師匠! 今のは、何魔法ですか!」
「ウサギの習性だ。イラっとすると足を鳴らしたくなる」
ウサギはニヤリとして言った。そして、呆然とするミアを見ながら顎をしゃくった。
「仕上げだ。お前、穴に向かって『やーい、落ちこぼれに落とされたバーカ』って煽ってやれ。アイツ、死ぬほど悔しがるぜ」
「……嫌ですよ」
「じゃ、埋めちまえ」
この日、魔獣を討伐したのは、王子とミアの二組だけだった。
「おめでとう」と言ってくれた王子の目は相変わらず笑っていなかったし、竜はウサギにずっと怯えていた。生徒たちからの微妙な視線を感じつつ、ミアとウサギは寮へと戻った。
「で、師匠は何魔法が使えるのですか?」
ミアのベッドのど真ん中でゴロリと横になるウサギを撫でながら、ミアが質問する。ウサギは目を閉じたまま、何の反応もしない。
「一体、いつになったら魔法を教えてくれるのかしら。うちのピョン君は……痛いっ!」
ミアはこっそりと呟いた途端、ウサギが首だけ起こしてミアの手に歯を当てた。
「痛いじゃないですか!」
「変な名前で呼ぶんじゃねぇ」
「あ、歯形がついてる! 酷い」
「そんなもん、ご愛嬌だ。しかし、竜の首の方がよほどスベスベしていたぞ。手入れぐらいしておけよ」
「嘘でしょう!? 私の手よりも竜の方がスベスベ……」
「いいから、早く撫でろ」
そう言うとウサギは、再び目を閉じた。ミアは仕方なく頭を撫でることを再開した。
コリコリコリコリ……
気持ち良さそうな歯軋りの音だけが、ミアの部屋に響き渡った。
お読みいただきありがとうございました。
ウサギの鳴き声が『ブー』と知っていた方も初めて知った方も、★評価を押していただければ幸いです。
私は師匠から毎朝、飛び蹴り&甘噛みされております。




