波乱の気配 -04
新緑に囲まれた中に佇む1軒の温かみを感じさせる外観をたたえた那月堂の扉を開くと、店内は助けられた時と変わらず心地よい空気を称えていた。ゼンマイ式の緑色のカメレオンのおもちゃがカチカチと音を鳴らしながら舌を出す姿を横目に、入口の受付机から体を乗り出して、薄暗い壁抜きの通路の先へ声をかける。
「すいません!修一さんいらっしゃいますか。」
通路の奥には先日修一とともに朝食を食べた部屋が見えるが返事はなかった。
出直すべきか、ただ祐介との会話の気づきは放置すべきではないだろう、と思案していると頭上から時刻を知らせる鳩時計の声が聞こえた。思わず音のなった吹き抜けの2階部分を見上げると、そこには目当ての人物の姿が見えた。
先日寝かされていたベッドの向かいに置かれた書斎机に向かって、何やらヘッドフォンのようなものをつけて作業をしているようだ。
「あの、修一さん。」
右手に続く、蹴込みのない階段をのぼりながら声をかけるとようやく視線がぶつかり、修一は人好きのする柔和な笑みを浮かべた。
「やあ、朔也くん。あれから怪我の調子はどうかな。」
「おかげさまで。…急に飛び出してお礼もせずすみませんでした。」
助けてもらった礼も伝えないまま飛び出したままだった事に気がつき朔也は羞恥する。
「用事は無事に済んだかな? 」
開いていた本のようなものを閉じて暗幕のような黒い布をかけながら微笑む修一はまったく気に止めていないようだ。
「そんなことよりも、何か聞きたいことがあるんだろう。」
再び交差した眼鏡越しの瞳は、朔也の来訪の意図を知っているようだった。真剣な瞳に、喉元を滑り落ちた唾液にごくりと音が鳴る。静かに朔也の返答を待つ空間を、開かれた窓から入り込んだ強風がばたばたとカーテンを揺らすのが妙に気になった。
なぜだか、修一の言葉を聞いたらこれまでの日常には戻れないような気がした。ただ、今もなお違和感の残る傷跡がじくりと痛みを訴え、もう既に後戻りできない所まできていることを知らせていた。
無意識に縫われた太ももの傷跡を撫でながら、こくりと小さく首を縦に振った朔也に、さらに安心させるように修一は微笑んだ。




