那月堂を営む男 -01
目を覚ますと柔らかなソファーで寝かされていた。夢の世界に旅立った時の記憶が思い出せず辺りを見渡す。アンティーク調の窓枠に覆われた外開き窓からは朝の早い時間を思わせる心地良い風がそよそよと流れ込み、深い緑色のカーテンを揺らしている。
ゼンマイ式置時計がチンと小さく鳴る音に目を向けると、吹き抜けの1階で机に向かって作業をしている男と目が合った。男はずり下げた丸メガネの外側から覗き込むように視線を再度合わせると、人好きのする柔和な顔で微笑む。
「目が覚めたかい。」
「えぇっと、なんだかお世話になったみたいで…」
記憶が曖昧な事が唐突に恥ずかしさを感じながらも笑みを浮かべる。しかし男は心得ていたように、付けていた濃緑のエプロンを首から外しながら、トントンと小気味よい音を響かせながら2階へ上がってくる。
「覚えていないかい?かなりの出血量だったから病院に連れていくべきだったんだが、色々と聞きたい話もあってね」
出血、の言葉に身体に視線を向ける。鍛えてもなかなか分厚くならないひょろりと伸びた太ももに丁寧に巻かれた包帯を目にした途端、昨日の出来事が頭の中で勢いよく再生される。
「あ…」
そうだ、バイトが終わって、体調悪そうな女の人を助けようとして。そして、───見えたのはなんだ。思い出すのは、ただひたすらにおぞましげな女の顔だ。黒々とした文字のようなもので覆われたその顔は、まるで何かに呪われているかのようだった。目の前まで来た男にどう説明すれば良いか分からず、ただ乾いた唇を噛む。
「―どうやら思い出したようだね。順を追って話そうか。」
朝食でも食べながら、と男はまた安心させるように微笑んだ。
男の名は修一と言うらしい。招かれるままに1階に降りると、シュウさんと呼んでくれと朗らかに言いながら、手際の良い手つきで卵を溶きながら備え付けのキッチンで朝食を作り始める。じゅわりと音を立ててフライパンの中に溶き入れられた卵とバターの焼ける匂いに空腹だったことに気がつく。
「あの、なにか手伝います」
袖を捲りながら隣に立つと、修一は嬉しそうな顔で食パンを焼くように言う。
15分と掛からず出来上がった朝食をキッチン横にあるデスクに運びカウンターチェアに腰掛ける。いただきますと小さく零しサクサクに焼きあがったトーストを齧る。空きっ腹に染みる。空腹に身を委ね黙々と食べ進めていると、コーヒーカップを手で包みながらシュウさんが言った。




