為すべきこと -03
那月堂はいつもの静かな雰囲気ながらも、どこか寂しげな雰囲気に包まれていた。ミドリが2階のベッドを手早く整え来訪者を迎え入れる準備していると、入口の呼び鈴がカランと音を立て、誰かが扉をくぐったことを知らせる。
吹き抜けの柵から下を見下ろし、来訪者を確認する。予想した通り、修一と壱加、そしてグレーのタオルに包まれたものが壱加の肩に担がれているのが見える。
「おかえりなさい。」
2階から声をかけたミドリの声に修一が頷く。なにやら声をかけられた壱加も頷き、右手にある階段からゆっくりと上がってきた。
「こいつびしょ濡れだけどこのままでいいか。」
「ええ気にしない。風邪を引かないように、服は変えたいところだけど。」
「無理だろうな。全然反応しない。」
ぼそぼそと交わされる会話に中の人物は一切の反応を見せない。男は存外優しい手つきでベッドへ抱えていたものを降ろすと、拍子でめくれたタオルの端からは俯いた青年の後頭部だけが見えた。
「朔也くん、ひとまず温まろう。ミドリちゃんが服を用意してくれているから着替えられるかい。」
修一が優しく声をかける。反応のない青年を理解するかのように背を擦りながら覆っていたタオルを剥がすと、その体が大きく震えているのがわかる。
「オレよりも祐介を助けてやってください。」
ようやく発した言葉は、友人を気遣うものだった。しかし、その人物の行方を知っている3人は静かに息を飲む。少しの間を置いて、修一は落ち着かせるように続ける。
「そうだね。彼は病院に向かったよ。だから朔也くんも。」
「あいつ、妹と弟がいるんです。いつもひとりで頑張ってるから。2人も心配してるから。大丈夫って伝えてあげなきゃいけないんです。」
親友だから、と続ける声は涙に濡れていた。震える身体を落ち着かせるように太ももを叩く朔也の手を修一の手が何も言わずに包む。
「わかってます。しっかりしなきゃって、言われたんです、裕介に。オレしか守ってやれないから。2人ともまだ小さいから。」
息を吐く合間に言葉を紡ぐ朔也は、既に大切な友人の行方を理解しているようだった。ただ認めたくない現実と最期に託された想いの狭間で格闘していた。
「ならお前がしなきゃ行けないことはここで泣いてる事じゃないだろう。」
「ちょっと壱加くん!」
「お前の混乱も理解出来る。ただ少なくとも今回のことに''ナギ''が関係してるのはわかってる。だったら逃げずに今お前ができることをやれ。」
男の厳しい口調をミドリが遮るように止める。少し離れた場所でタバコを吸っていた男は朔也の元へと近づき、雨を含んだTシャツの胸元を掴む。
「お前がやらなきゃいけないことはなんだ。その力をコントロールすることと、あいつの妹弟を見守ることだろう。どっちも今のお前は出来ていない、制御出来なきゃ安全に会うこともできない。だったらやんなきゃ行けないことは分かるだろう!」
一息に言い切りTシャツから手を離した壱加は、そのまま階段を降り出口へと向かう。大きく音を鳴らして扉が閉まると、再び部屋は静寂に包まれる。
「壱加くんが言った通りだ。君の思いも分かる、ただ今の君が裕介くんの妹弟に会うのは少し危険だ。まずはその力をコントロールしよう。」
励ますように言う修一の言葉に、朔也は大きく息を吐き頷く。未だ震える体を叱咤し修一へと視線を向ける。
「最期に、裕介に会えますか。」
「頼んでみよう。ただ今の君を''ナギ''が視えない人達に接触させることは控えたい。妹弟のこともこちらでサポートするよ。」
安心させるように言う修一の言葉に頷いた瞳は、揺れながらもどこか覚悟を決めた光を携えていた。着替えを渡し、2階から立ち去りかけた修一とミドリの背に嗚咽の混じった泣き声が重なるのを2人は悲痛な表情で見つめその場を後にする。
降り続く雨と薄暗がりの部屋の中、静かな青年の悲しげな泣き声は夜が更けるまで続いていた。




