込められた秘密 -04
橋本の元へと戻った修一と別れ、美琴に一報を入れたあと、ホールにある休憩用の椅子に座ってガラス張りの窓を眺める。壁一面の景色が見えるように設計されたガラスでおおわれたエントランスは、晴れた日には日光が降り注ぎ暖かなオレンジ色の光を運んでくる。だが今日は、晴れていた朝方とは打って代わり、分厚い雲が今にも雨をこぼしそうにどんよりと空を覆っている姿を映し出していた。
室内にいるにも関わらず蒸し暑いホールに、身体から汗がにじみ出る。薄暗くなりつつある外ではアブラゼミがわしゃわしゃと騒がしく鳴き続けている。こめかみを伝った汗を拭って、手の中にある石をくるりと転がす。先程の会話からポケットの中にしまうのではなく、出来るだけ素肌に触れていたかった。ガラス窓を挟んで賑やかな蝉の鳴き声とは正反対のエントランスホールの静寂を破ったのは、朔也のポケットに入った携帯電話だった。
バイブレーションが明らかな主張をもってポケットのなかで鳴り続ける。取り出して差出人を確認すると、見慣れた、それでいて大学でも1番と言える友人からの電話だった。受信ボタンをスライドさせ携帯を耳に当てる。今は誰でもいいから今の自分の状況を知らない誰かと取り留めのない話をしたかった。
「もしもし裕介?お前課題もう出した?」
勤めて明るく問いかけた朔也の声に対し、相手からの返答はすぐにはなかった。
「おーい、もしもし?」
画面を見ても繋がっている秒数が1秒1秒とカウントされているだけだ。もう一度耳に当てて声をかける。いつもであれば明るい声色で連絡をしてくる様子との違いに戸惑う。
「よう、朔也?聞こえる?」
ようやく答えた相手の声はいつもと変わらないもののようだった。だが、どこか違和感を感じるその雰囲気に朔也は思わず問いかける。
「裕介?何かあった?」
朔也の問いかけに、裕介は再び口を閉ざした。しかし今度は10秒ほどのあいだを開けて聞こえてきた声は苦笑したような、はにかんだようなものだった。
「別に。ただちょっと急ぎの相談事があってさ。今から都築公園に来てくれないか。」
「今からって…雨降りそうだぞ。あの場所は濡れるだろ。」
「どうしてもここがいいんだ。悪い。」
僅かに震えている声から、緊急のことであることには間違いはなかった。しかし後に続いた言葉は朔也をその場から立ち去らせるには十分なものだった。
「一生に一度だ。朔也。」
笑いながらもどこか真剣味をまとったその言葉は、祐介と朔也の合言葉のようなものだった。妹と弟の世話をひとりでこなす祐介の少しでも支えになればと、高校時代に冗談半分、本心半分で交わした約束だった。
「すぐ行く、待ってろ。」
落ち着かせるように言い電話を切ると、握っていた石をポケットに入れてエントランスを飛び出す。乗ってきた自転車を駐輪場から出すと、既に空からはぽつぽつと雨粒が落ち始めていた。早る気持ちを落ち着かせながらペダルを思い切り踏み込んで、朔也は祐介の待つ公園へと向かった。




