込められた秘密 -02
山口の説明に橋本もポツポツと話し出した。
「浩三さんの奥さんがまだご存命だった時、引越しされる直前に家に上がらせてもらったことがあったんです。俺はその日この本を持ち歩いてて。だから浩三さんの書斎に上がらせてもらった時にも持っていたんですけど。」
浮かび上がった文字を震える指先でなぞりながら言う。
「植物のことやってると、俺すっかり頭がそればっかりになっちゃうんです。だから久しぶりに浩三さんの家に行って、珍しい本達を見せてもらっているうちにすっかり忘れてしまって。」
「無くした場所を思い出したのは、それからしばらく経ってからでした。でもその時には奥さんも亡くなってしまって、本はもう図書館にあって、それで、色々掛け合ったんですけど取り合ってもらえなくて。」
涙ぐむ橋本に対し職員が申し訳なさそうに言う。
「利用者の方で時々いらっしゃるんです。貴重な本を自分のものだから返せって言う方…。だから今回も同様の事例だと思ったんだと思います。」
「貸出不可だから、行くたびにずっと書庫から出してもらって借りてたんです。でもこの文字は濡らさないと見えないし…。どうしても見たかったんです。」
彼にとっては心の支えだったのだろう。朔也は彼の指先になぜ''ナギ''が付いていたのかわかった気がした。きっと、何度も指先で浩三が彼のために書いた見えない文字をなぞっていたのだろう。なぞりながら、自らを励まし続ける言葉を念のように込めながら。
「橋本さんごめんなさい!俺のせいですよね。」
神妙な空気を割くように勢いよく頭を下げる。ぱっと顔を上げて大げさに顔をゆがませながら職員に向かって言う。
「見回りの時、橋本さんが持ってたこの本、俺が強く引っ張って敗れそうになっちゃったんです。…今のお話を聞いてそんなに大切なものだったら怒って当然だと思って…。」
内心青ざめる朔也に修一は気がついているようだ。チラリと向けられる視線に気が付かないふりをしていると、そのまま何も言わずに橋本に微笑む。
「調べたところお知り合いだった前の館長さんとご親族の間で口約束的に置かれたものみたいだね。だからこの本の権利は正式に君のものだと私は思うよ。」
ですよね、と同意を求めた先にはじっと動向を伺っていた館長が立っていた。
「あとは館長さんとご遺族に任せよう。どうか今回のことは警察の厄介にならない寛大な処置を頼みます。」
静かに頭を下げる修一に、続いて朔也も誰よりも深く頭を下げる。自分のせいで’’ナギ’’を暴走しかけた男が罪を追うことになるのはあまりにも苦しかった。
頭を下げる姿を見て、館長は同じように深々と頭を下げる。
「今回は理由が理由ですので、ここだけで収めさせてください。 本についても、私が他のご親族を見つけ出して話し合い、必ず君にお返しします。」
そして橋本に向き直り続ける。
「君の思いを無視して申し訳なかった。きっと浩三さんもお怒りだろう。」
そう言ってまた深く頭を下げた。
慌てふためき、涙を流しながらお礼を言い続ける橋本を尻目に、肩を軽く叩いて退出を促す修一に続いて、朔也も室内を後にした。




