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込められた秘密 -01


「浩三さん!初版ようやく出来ましたね!」


山口の嬉しそうな声とともに、編集部内には喜びと達成感が満ち足りた空気で溢れていた。


「これも皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。」


浩三と呼ばれた男が目尻のシワを深めながら深々と頭をさげる。長い歳月を掛けて作られた植物図鑑の初版が漸く刷り上がった所だった。山口にとっても数年かけて並走してきた、初めての編集を担当した書籍ということもあり、喜びはひとしおだ。


この地域に根付く草花を季節ごとにまとめた図鑑は、浩三が描く繊細なタッチの線画と淡く柔らかな色味を塗り重ねた、目にも美しい1冊だった。


「そういえば、浩三さんが可愛がられている少年がいらっしゃいましたよね。いつも庭で一緒に本の制作を横で見ていた。彼も喜ぶんじゃないですか?」


ふと、少年のことを思い出した山口が問う。浩三は装丁を撫でながら口元に愛おしげな表情を浮かべて頷く。


「きっと私より喜んでくれるんじゃないだろうか。あいつは誰よりも優しいやつなんです。それに植物を育てることにおいては私よりも詳しいかもしれない。」


幼いながらに豊富な知識を持つその少年は、浩三の家の近所に住んでいるようで、山口が浩三の家を訪れる時にも顔を出し、共に製作を横で見ていた。


実際、図鑑には彼がアドバイスしたことにより植物の詳細な内容が追加された部分も多々あった。


「彼に…なにかしてあげられませんかね。協力者なのに、子供だからって理由で何も無いのは可哀想だ。」


金銭を渡す訳にはいかないし、と頭を悩ませる山口に、おずおずと浩三が声をかける。


「できるなら…あいつだけの図鑑を作ってやりたいんです。」


「彼だけの?」


「ええ、ここに描かれている植物たちの全てに彼との思い出があります。…いつか何かあった時の彼の支えとなれるような、そんな図鑑にしてやりたいんです。」


山口は浩三の言葉にはっとした。彼が学校に馴染めていないことも、家にいることが彼にとっての安らぎの場でないことも、言葉を交わす中で漠然と理解していた。


───浩三にとってこの図鑑は、世の中に向けたものではなく、本当は浩三と少年との思い出の記録だった。植物を通してふたりで過ごした日々を綴った一つ一つのページに言葉を贈ってやりたかった。


学校でいじめられていると吐露してくれた日に2人で植えた球根。


読書感想文が銀賞に選ばれたと、賞状に付いていたリボンを木の幹に巻いてくれた鮮やかな緑とピンクのコントラストの美しさ。


そして両親が離婚し引越しが決まった日、励ますように花開いた小さな花。


共に見た時間を浩三は忘れて欲しくなかった。彼の味方がいつでもここにいると知って欲しかった。


「なら、せっかくなら特別な仕掛けにしましょうよ。」


そう言ったのは、若さ残る山口の編集補佐である峰岡だった。


「先日、アクアフィック印刷って言うものを取引先で開始したみたいで。水に濡れると文字が見えるって言う面白い印刷方法なんです」


そう言って見せられたサンプルカードに、カップの中の水を垂らすと、半透明の文字がぼんやりと浮かび上がる。


「ほう、これは。」


浩三は少年の行動を思い返していた。雨だろうが晴れだろうが、構わず植物を愛でる彼は、よく本やノートを濡らしては両親に怒られていたと言っていた。彼にぴったりのプレゼントになるだろう。


「世界に一つだけの特別なプレゼントになりますね。」


その出来上がりを彼に渡した時のはにかむ少年の笑顔を思い描いて、浩三は笑顔を浮かべた。


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