暴走する”ナギ” -03
「それで、何が理由だったんでしょうか。」
職員は、席に腰掛ける男をちらちらと気にしながら問う。事務室に収められた男は、先程までの暴れようから打って変わりぼぅっと中を見つめていた。
「まず、この本は彼、橋本さんのものです。」
「え?!…でもうちに寄贈されたもののはずです。」
「ええ、寄贈されたと言うのも本当です。この本の作者の奥様が亡くなられた時にご親族が家にあるよりはと、前任の館長にお渡しされたようだ。」
驚く職員に頷きながらも修一は続ける。
「そのご親族も数年前に他界されたそうで、代わりにこの本のことをよく知っている方に連絡が取れまして。」
そう告げた修一は、後ろに静かに控えていた男に視線を向ける。
くたびれたスーツと大きなビジネスバッグを手にした男は、人見知りそうな表情を浮かべながら所在なさげにお辞儀をする。しかし、橋本をじっと見つめたかとおもうと、抱えていたバッグを抱えなおしてゆっくりと近づき、真剣な眼差しを橋本に向けた。
「橋本さん。この本は間違いなくあなたのものです。」
山口と名乗った男は橋本に頭を下げて続ける。目線を彷徨わせた男は橋本と僅かに視線を合わせるが、またぼうっと中を見つめてしまう。
「…少しだけ、この本をお借りして良いですか。」
山口は職員に尋ね、戸惑いながらも手渡す職員から本を受け取ると、バッグの中から取り出したペットボトルに入った水を、本の1部に振りかけた。
「ちょっと!!何してるんですか!?」
ぎょっとした顔で職員の女が本に手を伸ばす。しかし山口はその動きを遮ると、濡らした1部を指さした。
「ここ、見てください」
「これは…」
示された箇所には、日付と文字が浮かび上がっていた。先程まで止めようとしていた職員が浮かび上がった文字を見つめる。
「アクアフィック印刷です。水に濡らすと文字が浮かびあがる。子供のお風呂グッズなんかに使われていたり、少し前にはトイレの洗面台なんかにも注意を向けるための一環として使われていたりしますね。浩三さんは、これを使ってこの1冊だけに特別なメッセージを書いたんです。そうですよね橋本さん。」
山口が橋本に声をかけると、浮かび上がった文字を見つめていた橋本は、呆けた顔を崩しこくりと頷くき、子供のような表情で涙を流し始めた。




