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暴走する”ナギ” -02

本来であれば周囲に警戒を呼びかけなければいけない。しかし、男は朔也以外は眼中にないようだ。執拗に追ってくる男の手に武器は見えない。だからといって凄まじい表情と共に追われた警備員もどきの一般人がとる行動はひとつだけだ。


「聞いてない聞いてない。警備のバイトでこんな事起きるとか…!」

バイトがすべき事はせいぜい不審者がいたら本部の人に知らせるくらいで、いくら授業で実践をしているとは言っても現実世界での対処法など心得ているわけがない。異変に気がついた周囲が小さく悲鳴を上げながら朔也と男から逃げるように散る。館内は静寂を破り、子供の泣く声や利用者の慌てたような足音で溢れかえっていく。


出来るだけ利用者のいない方へと走りながらも、男から隠れるように図書館から飛び出す。ホールからは既に利用者は逃げ出しているようで人の姿は無い。


「どっか…隠れるとこ…!」


既に人がいないならば、子供の読書ルームか2階かと自動販売機の影に隠れて悩みながら図書館の入口に顔をのぞかせると、最悪のタイミングで出てきた男とばっちりと目が合う。


「ぅあ…」


小さな呻き声が漏れた。目線を外すのさえ恐ろしく、ジリジリと後退しながら距離を取る。


右手にトイレマークが見えた瞬間、脇目も振らず駆け込む。男子トイレ内の個室に入り直ぐに鍵を降ろす。息を詰めドアに張り付いて耳をそばだてふと気づく。──これ鍵開けられたらどうすんだ?


窮地に陥った時、人間は自ら墓穴を掘りがちというのは本当らしい。外に聞こえているのではないかというくらい心臓がドクリと音を立てる。続いてワックスの効いた地面をキュッと踏みしめる足音が響いた。


身体から一気に体温が失われていく。呼吸さえも最小限にとどめ、ドアノブを掴み内側に引っ張りながら小さな抵抗を続ける。


足音は徐々に近づいているようだ。入り口に近いトイレのドアが開かれた音がしたかと思うと、次の瞬間、自らの籠るドアの扉をドンドンと激しく叩く音に加え、ガチャガチャと鍵を動かす行動に、必死にドアを抑える。


しかし老朽化の進んでいる公共施設のトイレのドアは激しい扱いに耐えることはできない。破壊音と共に無情にも自らの手には扉から分離されたドアノブだけが取り残されていた。


「ムリ!!!」


恐怖をさらに煽るかのように、ゆっくりとドアが開くと再び男と目が合う。


男の腕が伸ばされる。しゃがみこみ顔を覆い、次に起こる悲劇が何かを予想もできないままに死を覚悟をした時ー男の気配が急に遠のいたのを感じた。


覆った腕の中で瞳だけをぐるぐると動かし、現状を把握しようとする。背後で男の呻く声が聞こえ、ゆっくりと顔をあげると、やけに顔立ちの整った長身の男がいた。


「シュウさんだから言っただろう。さっさと本庁に連れてくべきだって。」


暴れる男の背に乗り押さえながら面倒くさそうに言う。


「っ離せ!離せよぉ!!!」


なおも抵抗を続ける男と長身の男の後ろから修一が姿を現した。朔也には目を向けることなく、一直線に押さえつけられた男の傍にしゃがみこみ、手にしていた本を見せる。


「これは君のものでしょう。」


図鑑だろうか、先程男が自らのカバンの中にしまい込んだものだった。繊細なタッチで描かれた植物は線画の魅力を引き出した細かな装飾で覆われた表紙が目に入る。


「あっ…。」


途端に男の抵抗が弱まる。顔を必死に本に向ける。


「事情は後ほどゆっくり話しましょう。その前に…」


そう言って男の指先を手に取り診察をするかのように眺める。つられて目を向けると、やはり先程見たものと同じく男の指先には先日女の顔に書かれていたものよりも小さな黒い''ナギ''の塊がこびり付いていた。


確認が終わったのか、シュウさんが何やら作業を始めた。覗き込もうとすると、遮るように長身の男が立ち上がりこちらに顔を向ける。


「怪我は?」


「へ…?」


「怪我してないよな。」


面倒なものを見るように尋ねる言葉にこくこくと頷く。なおもじろじろと見つめてくる男は、目視で問題ないと判断したのか、朔也の腕を取り立ち上がらせる。


「あ、ありがとうございま―」


「にしても、学生とはいえバイトは身の丈に合ったものを選んだ方がいいぞ。お前が警備ってのは雇う側も心もとないだろ。」


感謝の言葉を遮るように男が呟く。


「時給がいいんですよ。それに体力には自信がありますし。」


「体力だけでどうにかなるもんじゃねえだろ。対処できなかったら元も子もねえ。」


「…んだよ、優しい人かと思ったのに。」


「やられる前に助けただけお優しいだろ。」

思わず呟いた言葉はしっかりと聞かれていたようだ。とっとと、出るぞと出口に向かう男にじとりとした目を向けながらしぶしぶ後を追った。


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