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暴走する”ナギ” -01

修一の言葉通り、それからの数日間は直近の出来事が夢であったかのように平穏な日々だった。日常とはこんなにも素晴らしいものだったのかと感動さえ覚えながら、夏休み前の全ての課題を提出し終えた朔也は清々しい気持ちで伸びをする。午前中のうちにレポート提出を終えた真面目な学生達がポツポツと歩くキャンパスを抜けて、アルバイト先である図書館へと向かう。


駅から徒歩3分程にある市民図書館での警備のアルバイトは、防犯目的と言うよりも利用者による違反駐車や館内で騒いでいる学生が居ないかの簡単な見回りのみで、そこまで腕っ節に強くはない朔也でも務まるものだ。ロッカー室で指定の制服に着替え、館内への入口をくぐると、嗅ぎなれた紙の匂いに満たされた静寂が迎え入れられる。


大学1年の頃から続け、2年目となるこのアルバイトを朔也は気に入っていた。お盆の時期は閉鎖してしまうため、賑やかさに慣れないながらも時給のいい居酒屋のアルバイトを増やさなくてはいけないことが惜しい。いつものように検索端末コーナーに寄り、占領している利用者がいないことを確認すると、受付の司書に軽く会釈する。


等間隔で立ち並んだ大型の書架に挟まれながら奥へと歩みを進めると、利用者の数はどんどんとまばらになる。夢の中に落ちそうな数名の利用者の肩を軽く叩いて目を覚まさせながら、最奥の書架へとたどり着く。学術書や専門書の並ぶこの棚は、利用者が少なく人影もまばらだ。通常であれば誰もいないことを目視で確認して立ち去るが、今日は珍しく利用者が1名いるようだった。


30代半ばくらいだろうか、男は一見すると普通の利用者と変わらない雰囲気だ。ただ、手元の書籍を見つめながらブツブツとなにやら呟いている。独り言を言う利用者は珍しくない、特に学生などが自らのレポートと格闘している姿はこの時期お馴染みのものだ。


社会人の学生かな、と朔也は特段気にすることなく視線を逸らして元来た道を戻ろうと踵を返した時、視線の端で男がカバンの中に本をしまい込んだのが目に入った。


そのまま立ち去ろうとする男に慌てて近寄る。貸し出し処理をする前に自らのカバンに入れる利用者も多くいるが、それを止めるのはこのバイトの業務の一環だ。


「すいません、貸出前の本はお手元に入れずにー、」

背を向けていた男に注意を促そうと肩に手をやり、男と目が合ったその時、男の目が大きく見開かれたかと思うと右手を朔也の顔の前へと伸ばすー指先にはここ数週間で見慣れた''ナギ''が蠢いていたー。


「…オレのだ。」

そう呟き、そのまま朔也の頭を鷲掴もうとする手から逃げるためたたらを踏みながら後退する。


「え、なんで…」

覚えのある異変に急いで、ポケットを探って目当てのものを取り出す。先程まで朔也を守るかのように濡れたような輝きを放っていた石は、役目を終えたかのように真っ二つに割れ、鈍い色味をたたえている。


絶句し石と男を交互に見合ううちに更に男が朔也に掴みかかろうと距離を詰める。じりじりと後退するごとに大股で距離を詰める男の姿を見てー朔也の身体は無意識のうちに背を向けて入口の方へと走り出していた。


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