妹みたいな姉がいた
ノンフィクションです
──俺には、妹のような姉がいる。
生物学上の序列で言えば、確かに俺の姉だ。だが、その背中には姉としての威厳など欠片も見当たらない。
リビングのソファに陣取り、愛猫にキスする姿などその最たるものだ。
「ねこたぁ~ん、んー!今日もきゃわいいねえ!ねこたん!」
などと奇声を上げながら、愛猫の腹に顔を埋め、キスの雨を降らせていた。猫の方はと言えば、酷く迷惑そうに目を細め、バタンバタンと不機嫌に尻尾を打ち付けている。だが、姉はそんな拒絶のサインなど意に介さない。
──できればそろそろ年齢というものを考えてほしい。
単に子供っぽいと言いたいわけではない。それより問題はもっと根深いところにある。
まず姉は、言い間違いが酷い。酷いというか、もはや破壊的ですらある。
我が家で伝説として語り継がれる事件がある。姉がまだ小学一年生だった頃、家族でデパートへ出かけた時のことだ。食品売り場で彼女は、母親に向かって高らかにこう宣言した。
「あ!これ買っていこうよ!弟、巨乳が好きだよね!!巨乳ゼリー!」
静まり返った売り場に響く無邪気な声──断言しておくが、俺が好きなのは「巨峰」ゼリーだ。断じて「巨乳」ではない。そんなマニアックな性癖を幼稚園児が持ってたまるか。
母から聞いた話では、近くにいた店員が死ぬほど笑いを堪えていたらしい。幼い日の俺の尊厳は、姉の言葉一つで粉砕されたのである。
そんな破壊的な言語感覚を持つ姉だが、コミュニケーション能力に関しては、高いのか低いのか、未だに判別がつかない。
飲食店に入れば、店員と話すのすら億劫がる。「あと頼んだ」と俺の背中に隠れ、注文の一切を丸投げしてくるのだ。メニュー表で顔を隠し、知らない人とは極力関わりたくないという負のオーラを全身から立ち昇らせる。
そのくせ、言葉の通じない海外旅行先では、現地の子供たちといつの間にか打ち解けているのだ。「ありがとう」と「センキュー」、あとは「せーの」という掛け声だけで、走り回っていた。しかも現地のコミュニティでハブられていた子供すら巻き込んでいる。
言語の壁を超越するその謎の求心力は、一体どこから湧いてくるのか…本当に理解不能な人である。
ついでに付け加えると姉は影響されやすいし、つられやすい。
そのうえ強く出られると萎縮してしまう質で、よほどの不利益を被らない限りは「まあ、いいか」と苦笑いで受け入れてしまう。その悪癖は、時に滑稽な悲劇を生む。
一番酷かったのは、「冷麺に酢を入れれば入れるほど健康に良く、かつ美味になる」という友人の冗談を真に受けた時だろう。咽せ返るほどの酢を投入し、涙目で麺を啜っていた姿は、未だに実家の食卓で語り継がれる鉄板ネタとなっている。
とはいえ優しいところもある。俺がまだ小さく、近所の悪ガキに虐められて泣いていた時、震える足で飛んできてくれたのは、他ならぬ姉だったのだった。
……と、ここで感動的な話として幕を引ければどれほど美しいか。だが、そうは問屋が卸さないのが、この人の業である。
──姉は非常にドジだ。かつて家族でシンガポールへ旅行した際、あのスコールの湿気とともに記憶に刻まれた絶望を、俺は一生忘れないだろう。
店に並び、蒸し暑さと雨の中で一時間かけてようやく手に入れた焼きたてのホットドッグ。パリッと焼かれたソーセージの香ばしい匂いが、極限状態の空腹を容赦なく刺激する
姉はそれを満面の笑みで受け取り、踵を返した──その瞬間だった。
水たまりに足を取られた姉は、スローモーションのように宙を舞い、派手にすっ転んだ。
ベチャッ、という鈍い音と共にアスファルトに無惨に散らばるソーセージと、泥水を吸っていくパン。湯気を立てていたご馳走は、一瞬にして生ゴミへと姿を変えた。
あの時の両親と俺の言葉を失った顔。普段は姉に激甘な父ですら、天を仰いで頭を抱え、深い溜息をついていた。
とはいえ、そんなポンコツな姿を含めて、我が家にとっては愛すべき姉なのである。精神年齢で言えば、どう考えても俺の方が年上な気がしてならないが。
──同時に、姉には突出した才能というものがない。
これは決して肉親ゆえの謙遜や、あるいは侮蔑を含んだ言葉ではなく、極めて客観的な事実だ。知能はそれなりに優秀かもしれないが、一番星になれるほどの鋭い切れ味はない。
何より残念なのが、身体能力というハードウェアのスペック自体は高いのに、それを制御する運動神経があまり性能が良くない点だろう。
水泳や乗馬といった、対人ではない個人競技はそこそここなす。だが、球技となると悲劇が起きる。
ソフトボールでは自分の足でもつれて捻挫し、テニスを習わせればコートの枠などお構いなしにホームランを連発し、父に「才能がない」と諦められた。
だから中学から剣道を始めたのは意外だった。「なんか楽しそうだから」という、いかにも姉らしい理由で竹刀を握ったわけだが。
結局、何が言いたいかといえば──俺にとって姉という存在は、敬うべき年長者などではないということであった。
目を離せばどこかで躓き、騙され、笑われているかもしれない。
誰かが守ってやらなければならない、どこまでも「弱い人」──それが、俺の認識だった。
だが、そんな威厳のない姉が唯一、他人に絶対に負けないものがある。
──努力だ
それも、「頑張り屋さん」などという可愛らしい言葉で形容できるものではない。側から見れば正気を疑うレベルの、狂気じみた執念である。
姉は一度やると決めたら、最後の最後までやり通す。その過程で自分自身がどれほど磨り減ろうとも、決して止まらない。
その片鱗を初めて見たのは、高校受験の時だった。
当時の姉の偏差値では、志望校の判定はEどころか圏外。誰もが無理だろうと思っていた──しかし、姉は諦めなかった。
姉は文字通り寝食を惜しんだ。傍目には正気の沙汰とは思えない睡眠時間と、命を削るような勉強量。目の下に濃い隈を作りながら、それでもペンを走らせ続け、本当に合格をもぎ取ってみせた。
その性質は剣道において最も顕著に、そして異様に発現した──弟の俺から見ても、あれはおかしい。理解の範疇を超えた努力だった。
──剣道を始めた日、父は姉に一本の木刀を渡した。「十分な筋力をつければ強くなれる」という、いささか脳筋すぎるアドバイスと共に渡されたそれは、かつて父も高校時代に振っていたという重量8kgの木刀であった。
8kgである。どこの戦闘民族の修行道具だ。なぜあんなにも頭の良い父が、あんな脳筋のような木刀を渡したのか未だに俺は理解ができていない。
普通の人間なら一笑に付すか、三日で投げ出すだろう。だが、姉は父の言葉を信じた。信じて、来る日も来る日も、その鉄塊のような木材を振り続けた──そう、姉は一日たりとも木刀を振ることをやめなかった。
最初は両手で持ち上げるのがやっとだった。
それが一年経ち、二年経ち……六年が過ぎる頃には、姉はそれを片手で軽々と振り回せるようになっていた。
──気づけば、姉の背中はアメリカ海兵隊員のように逞しく、機能的な筋肉の鎧を纏っていた。制服の上からでは分からないが、その肉体はすでにアスリートのそれへ変貌していたのだ。
そうして忘れもしない、あの東日本大震災の夜のことだ。
停電で街が闇に沈み、余震の恐怖に誰もが身を縮こまらせていた時でさえ、重たい風切り音と共に、ただひたすらに木刀を振っていた。
エネルギーの無駄遣いだからやらない方がいいなんて考えずともわかるのに、暗闇の中で、たった一人、黙々と木刀を振っていた。
それだけではない。インフルエンザで三九度の高熱を出し、意識も朦朧としている時でさえ素振りしていた。
真っ赤な顔でフラフラと千鳥足になりながら、それでも木刀を握ろうとする姿は、もはや執念というより「呪い」に近いのではないかと戦慄したほどだ。
そうやって積み上げたものは、確かに力となった。
中学の部活では、鬼顧問の怒号を浴びながら、「なにくそ」と歯を食いしばって稽古に食らいついた。
家では自分の負け試合の動画を何度も見返し、父と共に頭を悩ませていた。相手がどう飛んでくるか、どんな技を使ってくるか、その時自分はどう動くべきか。何度も何度もシミュレーションを重ねていた。
その甲斐あってか、真正面からの打ち合いだけなら、姉は男にも負けなかったらしい。
単純な竹刀を振り下ろす速度、力で押し込む圧力。それらは練習量に裏打ちされた暴力的なまでの強さを誇っていた。練習試合なら、何度も勝ってきたという。
だが──勝てない。
公式戦の大事な試合になると、姉は勝てなかった。
前に前に飛び出し、真正面からぶつかる。そこまではいい。けれど、一定以上のレベルになると通用しなくなる。
──姉は勝負事における「駆け引き」が致命的に苦手だった。相手の裏をかいたり、数手先を読んだりすることができない。愚直すぎるのだ。性格がそのまま剣に出ていると言ってもいい。
技が豊富な相手や、老獪な相手には、その剛腕も空を切るばかりだった。身体能力と努力で無理やりねじ伏せようとしても、最後には絡め取られて負けてしまう。
とはいえ、俺がこの時期の姉の内面について深く語れることは少ない。
何しろ、当時の俺たちは仲が悪かった。いや、最悪だったと言ってもいいだろう。
思春期特有の冷戦状態だ。姉も俺に対して冷淡だったし、俺も筋肉ダルマになりつつある姉と何を話せばいいのか分からず、距離を置いていた。
会話の代わりにあったのは、Wiiのリモコンを取り合っての本気の殴り合いや、実家の車の後部座席という狭い空間で繰り広げられた、互いの骨がきしむほどの蹴り合いだった。
そのせいか姉が大学に入るまで、俺たちはまともに口さえ利かなかった。互いに互いを「理解不能な同居人」として扱っていた。
だからこそ、俺が本当の意味で姉の「強さ」に触れたのは、姉が剣道を引退した後のことだ──それを教えてくれたのが、ある一本の動画だった。
──本当に、たまたまだった。
リビングで父が、姉の高校最後の試合の映像を何度も見返している場面に出くわしたのは。
俺は気まぐれでテレビに映された映像を見ていた。
動画に映し出されていたのは、絶望的な敗戦処理の光景だった。
団体戦の大将戦。だが、結果は無慈悲な現実だ。前の四人は全員、二本負けのストレート負け。チームとしての敗北はとうに確定し、消化試合ですらない、ただの公開処刑のような時間。
しかも姉の相手は、中学時代にたった三人でチームを組み、全国大会に出場したという剣道界の有名人だ。
画面越しでも伝わってくる王者の風格。対する姉は、すでに一本を先取されている。
確かに姉の構えに乱れはない。いつも通り、背筋を伸ばし、正眼に構えている。
だが映像内の空間に漂う周囲の空気は、敗者は姉であることが疑われていないようなものだった。
ああ、終わりだ。俺は冷めた目でそう思った。
どうせ勝てない。相手が悪すぎるし、状況も悪すぎる。そもそも当時の俺は姉と仲が悪かったから、心のどこかで「やっぱりな」と嘲笑う気持ちすらあったかもしれない。
──残り三十秒。姉が、あの一本を取るまでは。
相手が動いた。鋭く間合いを詰め、飛び込んだ。視認すら難しい速度で竹刀が走る。
決まった、と誰もが思った瞬間だった。
──パァァァンッ!!
乾いた、けれど重たい破裂音がスピーカーから弾けた──姉の竹刀は相手の竹刀を相手の面を正確に、重さを持って捉えていた。
相手の渾身の一撃を、姉は避けるのでも、巧みに受け流したわけでもなかった。
正面から自らの竹刀をぶつけ、その理不尽なまでの剛腕で、無理やり相手の軌道をねじ曲げたのだ。
相手の竹刀を空中で叩き落とすように制圧し、そのままの勢いで、がら空きになった脳天へ己の竹刀を叩き込んだのである。
──それは、六年間の狂気が生んだ一撃だった。
来る日も来る日も、常人なら手首を壊すような重量を、何万回、何十万回と振り回したからこそ身についた、女子剣道の枠を逸脱した膂力。
思考を介さず、反射神経と筋肉だけで放たれた無意識の迎撃。
8kgの鉄塊めいた木刀を片手で扱えるほどの桁外れの腕力があったからこそ、相手の竹刀に触れたほんの一瞬、力負けすることなくその支配権を奪い取れたのだ。
それは技術というより、暴力的なまでの「質量」を持った一撃だった──それは、全国レベルの選手の頭を、物理的に叩き割らんばかりの勢いで振り下ろされていた。
刹那──画面の中の三人の審判が、まるで示し合わせたかのように一斉に旗を上げていた。
動画の中で、どよめきが起きるのが分かった──だが、異論を挟む者は誰もいない。
誰がどう見ても、文句のつけようがない、完璧な一本だった。面を食らった相手が、呆然とマスク越しに姉を見つめているのが分かった。
──このあと、姉がさらにもう一本を取って逆転勝利したなら、それは映画のような美しい物語になっただろう。
だが、現実は無常だ。タイムアップで姉個人の試合は引き分けに終わったし、チームは惨敗した。
姉の6年間の集大成は、記録の上では「引き分け」という、なんの変哲もない結果として残った。
当たり前だがチームの勝敗は覆らなかった。
言い方は悪いが6年間の努力に意味はなかった──だが、無価値ではなかった。
あの最後の最後、敗北濃厚の空気の中で、全国トップクラスの選手から捥ぎ取った一本。
それは確かに、姉がそこにいたという証明だった。
同時に、あの一本を見て、俺の中で何かが音を立てて崩れ落ち、再構築された。
俺は初めて、姉という人間を正しく認識し直したのだ。
──考えてみれば、姉はずっとそうだった。
姉は優しい人なのだ。
気が弱いくせに、俺が小さい頃いじめられていた時、泣きそうな顔で飛んできて「弟をいじめるな!」と相手に突っ込んでいった。
「巨乳ゼリー」事件だってそうだ。単なる言い間違いだと笑っていたが、あれは俺が巨峰を好きだから、俺に喜んでほしくて必死に提案した結果だった。
海外で言葉が通じなくても、ハブられている子供を放っておけずに、無理やり輪に入れて遊んだのも。
姉には、勝負事に勝つための狡猾さや、相手を出し抜く器用さはない。
強きを挫くような、物語の英雄のような強さはないかもしれない。
けれど、誰かが困っている時に手を差し伸べられる優しさがある。
そして、どれだけ無様でも、どれだけ意味がないと言われても、自分がやると決めた努力を絶対にやめない強さがある。
不器用で、ドジで、威厳なんて欠片もない。
けれど、その根底にあるのは、他者を思いやる単純で真っ直ぐな心と、鋼のような継続心だ。
画面の中で、面を外した姉が汗だくの顔で、少し悔しそうに、でもどこか晴れやかに礼をしている。
その顔を見て、俺は認めるしかなかった。
──姉は、最初から「姉」だったのだ。
──さて、あの熱い試合を経た姉のその後について語ろう。
姉は県外の薬学部に進学したのだが、あれほど打ち込んだ剣道を、驚くほどあっさりと辞めた。
理由は「部室がタバコ臭かったから」
六年間の血と汗と涙の結晶は、紫煙の匂いと共に一瞬で過去の遺物となったらしい。その執着のなさと潔癖さは、ある意味で清々しいほどだった。
だが、努力の怪物はジャンルを変えても怪物だった。ふらりとアーチェリー部に入部したかと思えば、またしても狂気的な集中力を発揮し、気づけば全国大会で二位という成績を叩き出していた。
剣道で培った体幹と精神力、そして的を狙い続ける執念。嘘も何もつかない動かない的を射抜く競技は、姉の性に合っていたのかもしれない。
その後、姉は猛勉強の末に薬剤師の国家資格を取得した。今は白衣に身を包み、毎日楽しそうに生きている。
同時に、かつての冷戦状態が嘘のように、俺と姉の仲も改善した。たまに集合する実家のリビングで、過去の傷跡──それこそ「巨乳ゼリー事件」やら「シンガポール・ホットドッグ悲劇」やら、あの「酢入り冷麺」のことを肴にして笑い合う。
そこにはもう、ピリついた空気も、過度な遠慮もない。ただの仲の良い、成人した姉弟の姿があるだけだ。
──そして現在。
海を渡り、留学先にいる俺は、異国の地でできた友人と酒を飲んでいた。
酔いが回った友人に「お前の家族について教えてくれ」と聞かれた時、俺はふと姉のことを思い出し、ありのままを説明した。
薬剤師であり、剣道の有段者で、アーチェリーは全国二位。水泳も得意で、乗馬もこなす。一度やると決めたら死ぬ気でやり遂げる、化け物みたいなスタミナと精神力の持ち主だと。
口に出して羅列してみて、俺は初めて気づいた。
そのスペックは、普通の女性のそれではなかった。
剣術、弓術、水練、馬術。そして強靭な肉体と精神力。
友人が目を丸くして、「お前の姉さんは何者なんだ? 特殊部隊か?」と聞いてくる。
俺は苦笑して、もっとも相応しい言葉を選んで答えたのだ。
──忍者みたいな姉がいる。なんて
9割ノンフィクションです




