祝福を持った少女は堕ちる
「この目が二つだけだったらよかった……」
少女は震える手でナイフを掲げ、迷いなく第三の目に突き立てた。
赤い雫が一つ、床に落ちる。
続いて、また一つ。
顔を上げた。
「あははは!!」
笑いが止まらなかった。
第三の目があったころ、世界はうるさすぎた。
人の嘘、恐怖、欲望。言葉になる前の感情が、濁った色となって流れ込んでくる。
――見たくないものまで、全部。
母が彼女を見るたびに浮かべる後悔の色。
村人が祈りの裏で抱く嫌悪。
「気味が悪い」
「役に立つならいい」
「化け物」
それでも彼らは、その目を祝福と呼んだ。
未来を見通す聖女の証。
村を導く光。
だから潰した。
見えなくなれば、普通になれると思った。
血に濡れた床に座り込み、少女は深く息を吸う。
……静かだった。
初めて、頭の中が静かだった。
だが、その静寂は長く続かなかった。
――見える。
第三の目は閉じたはずなのに、
今度は二つの目で、はっきりと見えてしまった。
村の外。
森の奥。
赤黒い塊が、ゆっくりとこちらを向く。
それは感情ではなかった。
意思でもなかった。
この世界に最初から歪みとして存在する、「祈り」と「救い」が積み重なって腐ったもの。
「……ああ」
少女は立ち上がる。
第三の目が見ていたのは、人の心だった。
二つの目が見ているのは――世界そのものの歪み。
「やっと、分かった」
化け物だったのは自分じゃない。
この世界の方だ。
少女はナイフを床に落とし、笑みを消した。
教会の鐘が、遠くで鳴っている。
――呼ばれている。
聖女として。
「これからは、見える」
祝福も、祈りも、救いも。
壊すべきものだけが、見える。
少女は静かに扉へ向かった。
聖女として、この世界を壊すために。




