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 ぴぴぴぴ……。


 翌朝、小鳥の囀りで目を覚ました私は、すぐに起きる気になれず寝返りを打った。

 昨夜に色々とあったせいで、あまり眠れなかったのだ。

 布団を被り直し、う~んと唸りをあげる。


 ――レガート様の『愛から逃げる』って、つまりどういうことなのかしら。


 私としたことが、ちゃんと確認しないままに話を受けてしまうなんて。

 まあ、確認できる空気でもなかったのだけれど。

 なんというか、対応をあやまると大変なことになりそうな緊張感があったのよね……。

 いや、あまり考えたって仕方がない。なるようにしかならないし、三ヶ月、私がしっかりしていればいいだけの話だ。

 私はひとつため息をついて体を起こした。

 とりあえず朝の支度でもしようと、ベルを鳴らして侍女を呼ぶ。


「失礼いたします!」


 すると、いつもと違う明るい声が響いた。

 続いて部屋に入ってきたのは、数名の侍女。どういうわけか見知らぬ顔ばかりである。分かるのは先頭にいるアンネぐらいだ。

 侍女たちが私の前で整列し、ぴんと背筋を伸ばす。


「これは、どういうこと?」


 目を丸くして問いかけると、アンネが一歩前に出て、いつもかけている分厚い丸眼鏡を外した。見えたのは意志の強そうな青い眼差し。その面影には、見覚えがある。


「アンネ・ロスイングでございます。陛下より、これまで影から王妃殿下をお助けするようにと命を受けておりました」

「ロスイング……というと、ジルの?」

「はい、ジルは私の弟でございます」


 やはり、アンネはジルに似ているのだ。


「……陛下の命というのは?」

「陛下は、ご自身が王妃殿下の側におられぬ間のことを、とても心配しておられました。そこで、ジルを通して私に護衛を頼まれたのです。私は女の身でありますが、それなりに腕が立ちますので」

「そうだったの……」

「ですが、王妃殿下の侍女は公爵家ゆかりのもので固められていたため、陛下が即位されるまでは目立たぬようにと指示を受けておりました」


 確かに、アンネが表だって私を助けていたら、叔父はとっくに彼女を解雇していただろう。

 叔父は、私が宮廷で味方をつくることを極端に嫌がっていた。オスティナとの王妃交代を円滑に進めるには、私が孤立しているほうが都合がよいからだ。


 ――事情はわかったわ。


 離れている間も、レガート様は私を気にかけてくれていたし、アンネを使って守ってくださっていたということだ。


「これまでありがとう、アンネ」


 アンネ以外の侍女からはかなり雑に扱われていたので、なにかと不便が多かったのである。

 陰ながら助けてくれるアンネには、いつも感謝していた。

 するとアンネは微笑みを浮かべ、深く頭をさげた。


「王妃殿下が真摯にご公務に臨まれるお姿、いつも敬意をもって拝見しておりました。また王妃殿下は末端の侍女にすぎぬ私の名を呼び、感謝の言葉をかけてくださいました……今後は私の意志で、王妃殿下にお仕え申しあげたく存じます」

「……でも」


 アンネの気持ちはとても嬉しいけれど、私はもうすぐ王妃を辞める予定なのである。


「王妃殿下のご事情は存じあげておりますので、どうかご安心を。いついかなるときも、私は王妃殿下のお味方でございます……こちらの侍女達も、私の部下で、信頼のおけるものたちです」


 アンネの言葉に、他の侍女たちが力強く頷く。


 ――つまり、侍女を総入れ替えするということね。


 昨日の一件で、叔父もレガート様の動向を追うのに躍起になっているはず。

 私の侍女の人事まで気にしている余裕はないでしょうね。

 私は……迷ったものの、素直に彼女たちの気持ちを受け取ることにした。

 少しの間とはいえ、信頼できる侍女が側にいてくれるのはありがたいことだった。


「ありがとう、よろしくね」


 私の言葉に、彼女たちが深々と頭を下げる。

 それから、アンネがパンパンと手を叩いた。


「それではまず、朝のお支度をさせていただきます!」


 侍女達が朝の支度に動き出す。

 アンネは着替えを用意しようとワードローブを開き、不服そうにため息を漏らした。


「それにしても、やはりドレスが少のうございますね」

「まあ……王妃のわりにはそうかもしれないわね」


 ドレスは、品位を保つための必要最低限しか揃えていない。


「陛下にお願いして、色々贈っていただきましょう」

「必要ないわ、私は十分満足しているし……あとちょっとのことだもの」


 そんなやりとりをしていると、廊下から侍女の声が聞こえた。


「王妃殿下、陛下の使者が参りました! 贈り物をお届けに上がったようです」


 私は思わずアンネと顔を見合わせた。

 返事をすると、使者からドレスを受け取った侍女が部屋へ入ってくる。

 それだけでも驚いていたのに、さらには宝石や装飾品まで――。

 あっという間に部屋はレガート様からの贈り物で埋め尽くされ、足の踏み場もない状態となってしまった。


「これは、ワードローブの新調が必要ですね!」


 溢れたドレスをみて、アンネが満足げに言う。


「装飾品もどれも素晴らしい細工のものばかり!」

「宝石もこんなに……!」


 侍女たちの言葉を聞きながら、部屋を見渡し、私は頬を引きつらせた。

 いやいや……。

 嬉しいより驚くより、まず圧倒されて他に言葉がでてこない。

 私は並べられた宝石に目をやった。これでも、ちょっとばかり石には詳しい……どれもかなり高価な品だ。

 思わず、目の前がくらりとした。


『ひとつ勝負をしないか? リタ』


 思い出すのは、レガート様のあの言葉。


『君の望むものを手に入れるため、せいぜい私の愛から逃げてみてよ、リタ』


 つまり、これも勝負のうちということ?

 もう勝負は始まっているの!?

 いやでも、これだけのプレゼントをいつから用意して……。

 考えると頭が痛くなってくる。


 ――三ヶ月、ね……。


 片手で額をおさえ、項垂れる。

 彼の愛から逃げ切るのは――思っていたよりも、ずっと難しいのかもしれない。


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