表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/32

1話を軽く修正しています。


「いったいどうなっている!」


 夜露に濡れた王宮の庭園、その奥に広がる木立の裏にて。

 舞踏会が終わるや否や私を連れ出した叔父が、そう声を荒らげた。


「……どうといわれましても」


 叔父が怒っているのは、もちろんレガート様のこと。

 だけど私に聞かれも困る。


「お前が陛下に余計なことを吹き込んだのではないのか!」

「私はなにもしておりません」

「ならば、なぜ陛下が突然あんなことを言いだすのだ! 陛下はオスティナを愛しているのではなかったのか!」

「わかりません」


 激高する叔父にそう返事をしてから、きっと眦をつり上げる。


「それより、叔父様。私に不貞の罪を被せようとされましたね?」


 さすがに、これを棚にあげさせるわけにはいかないわ。

 いったいどういうことなのか問い詰めると、叔父は渋々という顔で口を開いた。


「お前が陛下と離縁をするのにも、理由がいるだろう。すべてはこの国のため、円滑に王妃を交代するためだ」

「ですが、王妃の不貞は犯罪です。国外追放になっても文句はいえません!」

「そんなもの、私の力を使って上手くしてやるつもりだった」


 本当かしら。

 それは、いまの叔父の権勢をもってすれば、それも可能かもしれないけれど……。

 私は不信感をたっぷりこめて叔父を睨んだ。


「元々は、陛下がお前と離縁をしたあとに話を広めるつもりだったのだ。ダントンは女にうつつを抜かし、私の金を横領しようとしたから、その役にあてがったまで」


 つまり、先ほどの舞踏会での一件は、すべてオスティナの暴走だったというわけね。

 そして叔父は、こうなった以上あえて否定することもないと判断したのだろう。

『離縁は三ヶ月後』と私に命じたのは叔父だから、そこを疑うつもりはない。

 オスティナは、レガート様の豹変がよほどショックだったに違いない。


「だいたい、陛下と離縁をすれば、お前は王都を出て平民に戻って暮らすのだ。どのような醜聞が残ろうと構うまい」


 冷ややかに言われ、唇を横に引き結ぶ。

 納得はいかないけれど、これ以上糾弾したところでなにも得られるものはない。


「それでも犯罪者になるのはいやです。元の身分を隠して暮らすにしても、どこから元王妃だと知られるかわかりませんので。離縁の理由は、他のものにしてください」

「わかった、わかった」


 私のせめてもの抵抗に、叔父が面倒そうに答える。


「そんなことより、いまの問題は陛下だ。まさか本当に私を裏切り、ロスイング侯爵家と組むつもりなのか?」


 叔父は頭を抱え、わからないとため息をついた。


 ――そう。


 戴冠を祝う宮廷舞踏会で、レガート様は私こそが王妃と宣言された。

 それはオルディ公爵家への宣戦布告に他ならない。

 叔父はレガート様が従順で、オスティナを愛していると思い込んでいたから、まさに青天の霹靂だっただろう。


「馬鹿な、いまさらロスイング侯爵家がなんだというのだ……!」


 確かに、いまのロスイング侯爵家に、先代王妃殿下の時代にあったような力はない。

 いまの宮廷はオルディ公爵家が完全に掌握している……はずなのだけど。

 さっきの舞踏会では、多くの貴族達が私たちに拍手を送ってくれた。

 いったい、なにがどうなっているのか……。


「とにかく、お前たちが離縁しないことにはオスティナが王妃になれん! なんとしても陛下を説得するのだ!」


 叔父は強い言葉でそう命じてから、ひとつ咳払いをした。


「良いか、これは陛下のためでもある。平民の母を持つお前が王妃では、必ず不満を訴える者が現れる。オスティナが王妃になれば、貴族たちは迷うことなく陛下をお支えするはずだ……陛下の治世のためにも、離縁するのだ」

「しかし……陛下が私の言葉を聞いてくださるか……」

「上手くやれば、お前にも相応の褒美をやる」

「……褒美?」


 その金額を聞いて私は目を丸くした。

 庶民なら一生遊んで暮らしてもおつりがくる。

 これから私がしたい仕事にも元手が必要だったから、正直、とても魅力的だわ。


「当初の予定通り三ヶ月後……いや、こうなったからには早まるのはよい! 三ヶ月以内に陛下と離縁せよ! それが褒美をやる条件だ」

「その約束……ちゃんと書面にしていただけますか?」


 叔父が灰色がかった緑の瞳でこちらを睨むのを、私はまっすぐに見つめ返した。

 さっきのいまで、さすがに叔父の話をすんなりと信じられない。それに。


「私に、したたかになれとおっしゃったのは閣下です」


 あれは、かつて叔父がレガート様との結婚の話を持ちかけてきたときのこと。

 母の治療のため、私に迷う余地はなかったとはいえ……王太子妃になるということの重大さに、私も最初は戸惑ったのだ。

 そこに、叔父はこう声をかけた。


『お前の父の二の舞になりたくなければ、したたかに、賢く生きることだ』


 あえて『父の二の舞』という言葉を使ったのは、叔父なりに、公爵家を捨てた私の父に思うところがあったのかもしれない。

 その頃の私と母は、なかなか大変な暮らしをしていたので、叔父の言葉は胸に刺さった。

 まあ、ちゃっかりしているのは元々の性格もあるのだけど。

 ここは抜け目なくいきたい。

 ついでに、離縁の理由を不貞にしないことも書面にしてもらおう。


「……分かった、用意しよう」


 叔父は嘆息するように頷いた。


「よいか、お前の母を助けてやったのが誰かということを忘れるな」


 それから、釘をさすように叔父が言い放つ。

 確かに、叔父には母の治療をしてもらった恩がある。

 その代償は私自身の人生で支払っているわけだけれど……。

 叔父が、今日まで約束を守り続けてくれたのも事実だった。


「……わかりました」


 目を閉じて、数秒。

 しっかり考えてから、私は決意を込めて頷いた。

 レガート様の『愛している』という言葉が偽りではないということは、良く分かった。

 今日までオスティナを愛しているように見せていたのは、公爵様を欺くためだった。

 その間にレガート様は侯爵家や他の貴族を味方につけ、王位を継ぎ、力を付けようとしていたのだ。

 全ては、私との婚姻を続けるために……。

 けれど、私は彼の想いを受け入れるわけにはいかない。

 それはそのまま、レガート様が公爵家と対立することを意味するのだから。

 先代王妃殿下の冷遇に耐え抜き、ようやくレガート様の時代が始まろうとしているいま、私のせいでその治世を乱してほしくはない。

 ロスイング侯爵家のことも気になるけれど……公爵様とも、どちらとも手を取り合う方法はあるはず。

 私はレガート様の幸せを願うと共に、良き王になって頂きたいのだ。


 ――だいたい、私では、レガート様の妻は務まらない。


 公爵様の言ったように、母は平民で、私も市井の育ちだ。

 いまは公爵家の後ろ盾があるけれど、それを失えば、王妃としてはただのお荷物になってしまう。


 ――それは、レガート様のお気持ちが嬉しくないと言えば嘘になるけれど……。


 私は……レガート様を男性として愛しているわけではない。

 私のレガート様への愛は家族に向けるもの。

 それを、私は彼と離れていた三年間で確信したのだ。

 だから、私はそもそも、彼の愛には応えられないのである。

 あと、もう一つだけ理由を挙げるとすれば。


 ――ちょっと怖いのよ、いまのレガート様が……!


 だって、さっきのなに!?

 ダントン伯爵、めちゃくちゃ怯えていたわよ!?

 それこそ宮廷を掌握する公爵より、レガート様のほうを恐れている様子だった。

 レガート様、いったいなにをしたの!

 それに、私の記憶のなかでは、レガート様はにこにこと天使のような笑みを浮かべ、私の後ろをついて歩くお姿で止まっている。

 そのレガート様が、昨夜はお母上の形見を踏み潰し、私の心はいらないと、私に嫌われても私を手に入れると言い放ったのだ。

 あれが現実であったとはいまも信じがたいし、思ってもみなかったレガート様の成長っぷりを、私は受け入れられずにいた。


 ――閣下が褒美もくださると、気前の良いことをいっておられるし。


 ちゃっかりいただいて、レガート様とは離縁しよう。

 それが良い……レガート様のためにも、私のためにもだ。

 そして私は平民に戻って、幸せに暮らすのである。

 私はぎゅっと目を閉じ、胸の前で手を握り合わせると、強くそう決意をしたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ