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1話を軽く修正しています。
「いったいどうなっている!」
夜露に濡れた王宮の庭園、その奥に広がる木立の裏にて。
舞踏会が終わるや否や私を連れ出した叔父が、そう声を荒らげた。
「……どうといわれましても」
叔父が怒っているのは、もちろんレガート様のこと。
だけど私に聞かれも困る。
「お前が陛下に余計なことを吹き込んだのではないのか!」
「私はなにもしておりません」
「ならば、なぜ陛下が突然あんなことを言いだすのだ! 陛下はオスティナを愛しているのではなかったのか!」
「わかりません」
激高する叔父にそう返事をしてから、きっと眦をつり上げる。
「それより、叔父様。私に不貞の罪を被せようとされましたね?」
さすがに、これを棚にあげさせるわけにはいかないわ。
いったいどういうことなのか問い詰めると、叔父は渋々という顔で口を開いた。
「お前が陛下と離縁をするのにも、理由がいるだろう。すべてはこの国のため、円滑に王妃を交代するためだ」
「ですが、王妃の不貞は犯罪です。国外追放になっても文句はいえません!」
「そんなもの、私の力を使って上手くしてやるつもりだった」
本当かしら。
それは、いまの叔父の権勢をもってすれば、それも可能かもしれないけれど……。
私は不信感をたっぷりこめて叔父を睨んだ。
「元々は、陛下がお前と離縁をしたあとに話を広めるつもりだったのだ。ダントンは女にうつつを抜かし、私の金を横領しようとしたから、その役にあてがったまで」
つまり、先ほどの舞踏会での一件は、すべてオスティナの暴走だったというわけね。
そして叔父は、こうなった以上あえて否定することもないと判断したのだろう。
『離縁は三ヶ月後』と私に命じたのは叔父だから、そこを疑うつもりはない。
オスティナは、レガート様の豹変がよほどショックだったに違いない。
「だいたい、陛下と離縁をすれば、お前は王都を出て平民に戻って暮らすのだ。どのような醜聞が残ろうと構うまい」
冷ややかに言われ、唇を横に引き結ぶ。
納得はいかないけれど、これ以上糾弾したところでなにも得られるものはない。
「それでも犯罪者になるのはいやです。元の身分を隠して暮らすにしても、どこから元王妃だと知られるかわかりませんので。離縁の理由は、他のものにしてください」
「わかった、わかった」
私のせめてもの抵抗に、叔父が面倒そうに答える。
「そんなことより、いまの問題は陛下だ。まさか本当に私を裏切り、ロスイング侯爵家と組むつもりなのか?」
叔父は頭を抱え、わからないとため息をついた。
――そう。
戴冠を祝う宮廷舞踏会で、レガート様は私こそが王妃と宣言された。
それはオルディ公爵家への宣戦布告に他ならない。
叔父はレガート様が従順で、オスティナを愛していると思い込んでいたから、まさに青天の霹靂だっただろう。
「馬鹿な、いまさらロスイング侯爵家がなんだというのだ……!」
確かに、いまのロスイング侯爵家に、先代王妃殿下の時代にあったような力はない。
いまの宮廷はオルディ公爵家が完全に掌握している……はずなのだけど。
さっきの舞踏会では、多くの貴族達が私たちに拍手を送ってくれた。
いったい、なにがどうなっているのか……。
「とにかく、お前たちが離縁しないことにはオスティナが王妃になれん! なんとしても陛下を説得するのだ!」
叔父は強い言葉でそう命じてから、ひとつ咳払いをした。
「良いか、これは陛下のためでもある。平民の母を持つお前が王妃では、必ず不満を訴える者が現れる。オスティナが王妃になれば、貴族たちは迷うことなく陛下をお支えするはずだ……陛下の治世のためにも、離縁するのだ」
「しかし……陛下が私の言葉を聞いてくださるか……」
「上手くやれば、お前にも相応の褒美をやる」
「……褒美?」
その金額を聞いて私は目を丸くした。
庶民なら一生遊んで暮らしてもおつりがくる。
これから私がしたい仕事にも元手が必要だったから、正直、とても魅力的だわ。
「当初の予定通り三ヶ月後……いや、こうなったからには早まるのはよい! 三ヶ月以内に陛下と離縁せよ! それが褒美をやる条件だ」
「その約束……ちゃんと書面にしていただけますか?」
叔父が灰色がかった緑の瞳でこちらを睨むのを、私はまっすぐに見つめ返した。
さっきのいまで、さすがに叔父の話をすんなりと信じられない。それに。
「私に、したたかになれとおっしゃったのは閣下です」
あれは、かつて叔父がレガート様との結婚の話を持ちかけてきたときのこと。
母の治療のため、私に迷う余地はなかったとはいえ……王太子妃になるということの重大さに、私も最初は戸惑ったのだ。
そこに、叔父はこう声をかけた。
『お前の父の二の舞になりたくなければ、したたかに、賢く生きることだ』
あえて『父の二の舞』という言葉を使ったのは、叔父なりに、公爵家を捨てた私の父に思うところがあったのかもしれない。
その頃の私と母は、なかなか大変な暮らしをしていたので、叔父の言葉は胸に刺さった。
まあ、ちゃっかりしているのは元々の性格もあるのだけど。
ここは抜け目なくいきたい。
ついでに、離縁の理由を不貞にしないことも書面にしてもらおう。
「……分かった、用意しよう」
叔父は嘆息するように頷いた。
「よいか、お前の母を助けてやったのが誰かということを忘れるな」
それから、釘をさすように叔父が言い放つ。
確かに、叔父には母の治療をしてもらった恩がある。
その代償は私自身の人生で支払っているわけだけれど……。
叔父が、今日まで約束を守り続けてくれたのも事実だった。
「……わかりました」
目を閉じて、数秒。
しっかり考えてから、私は決意を込めて頷いた。
レガート様の『愛している』という言葉が偽りではないということは、良く分かった。
今日までオスティナを愛しているように見せていたのは、公爵様を欺くためだった。
その間にレガート様は侯爵家や他の貴族を味方につけ、王位を継ぎ、力を付けようとしていたのだ。
全ては、私との婚姻を続けるために……。
けれど、私は彼の想いを受け入れるわけにはいかない。
それはそのまま、レガート様が公爵家と対立することを意味するのだから。
先代王妃殿下の冷遇に耐え抜き、ようやくレガート様の時代が始まろうとしているいま、私のせいでその治世を乱してほしくはない。
ロスイング侯爵家のことも気になるけれど……公爵様とも、どちらとも手を取り合う方法はあるはず。
私はレガート様の幸せを願うと共に、良き王になって頂きたいのだ。
――だいたい、私では、レガート様の妻は務まらない。
公爵様の言ったように、母は平民で、私も市井の育ちだ。
いまは公爵家の後ろ盾があるけれど、それを失えば、王妃としてはただのお荷物になってしまう。
――それは、レガート様のお気持ちが嬉しくないと言えば嘘になるけれど……。
私は……レガート様を男性として愛しているわけではない。
私のレガート様への愛は家族に向けるもの。
それを、私は彼と離れていた三年間で確信したのだ。
だから、私はそもそも、彼の愛には応えられないのである。
あと、もう一つだけ理由を挙げるとすれば。
――ちょっと怖いのよ、いまのレガート様が……!
だって、さっきのなに!?
ダントン伯爵、めちゃくちゃ怯えていたわよ!?
それこそ宮廷を掌握する公爵より、レガート様のほうを恐れている様子だった。
レガート様、いったいなにをしたの!
それに、私の記憶のなかでは、レガート様はにこにこと天使のような笑みを浮かべ、私の後ろをついて歩くお姿で止まっている。
そのレガート様が、昨夜はお母上の形見を踏み潰し、私の心はいらないと、私に嫌われても私を手に入れると言い放ったのだ。
あれが現実であったとはいまも信じがたいし、思ってもみなかったレガート様の成長っぷりを、私は受け入れられずにいた。
――閣下が褒美もくださると、気前の良いことをいっておられるし。
ちゃっかりいただいて、レガート様とは離縁しよう。
それが良い……レガート様のためにも、私のためにもだ。
そして私は平民に戻って、幸せに暮らすのである。
私はぎゅっと目を閉じ、胸の前で手を握り合わせると、強くそう決意をしたのだった。




