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エピローグ




 結局、叔父はそれからほどなく観念し、私の父を手にかけたことを認めた。

 兄弟殺しは、親殺しに次ぐ重罪。叔父の罪が明らかになると、宮廷の内外で叔父の処刑を望む声が上がった。

 私は母と相談した上で、叔父の助命を嘆願した。きっと父は、叔父の処刑を望んでいないと感じたからだ。

 結果、処刑こそ回避されたものの、叔父は爵位を剥奪の上で北方の監獄で終身刑となった。鉱山地帯での強制労働を伴う、苛酷な場所である。

 また娘であるオスティナも身分を失い、修道院へ送られることとなった。かつて私に手をあげたことも公となり、戒律の厳しい修道院が選ばれたようだ。

 フリオについては、叔父に利用されていたこと、また私に危害を加える意図はなかったことなどが情状酌量となって、なんとか処刑は免れた。とはいえ罪は重く、やはり鉱山で十年以上の強制労働が科されたと聞く。

 そして私は公爵家嫡流の娘として、その所領と財産を受け継ぐこととなった。

 もちろん、公爵家が所有していた鉱山利権もそのままに。

 ゴールドサファイアも見つかったことだし、これで王家の財政も安泰だ。

 まさに一件落着。

 こうして、一連の騒動は無事に幕を下ろした――と、思ったのだけど。




 ぴぴぴぴ……。

 その朝、いつものように小鳥の囀りで目を覚ました私は、壁時計をみて首を傾げた。

 めずらしく寝過ごしてしまったようで、普段の起床時間を少し過ぎてしまっている。

 最近は叔父の一件で立て込んでいたから、疲れが溜まっていたのかもしれない。

 だけど、それならそれでアンネが起こしにきてくれるはずなのに……今日はどうしたのかしら?

 とりあえずベルを鳴らしてみるけれど、なにも返事がない。

 いよいよおかしいと思い、廊下に出ようとして気付いた。


 ――扉に……ドアノブが……ない?


 本来なら、真鍮の取っ手がキリッと輝いているはずの場所が、やけにすっきりとしてしまっている。

 私は腰をかがめると、その部分でシュッシュと手を振ってみた。


「???」


 駄目、状況がさっぱりわからないわ。


「アンネ! アンネ! ……誰かいないかしら!」


 廊下に向けて呼びかけてみるけれど、やはり反応はない。

 困っていると、ややして廊下から足音が近付いてきた。


「やあ、おはようリタ」


 扉の向こうから聞こえたのは、レガート様の声だ。


「レガート様! あの、私の部屋のドアノブがなくなっているのですが……」


 私はすぐにそう訴えた。

 というか、王妃である私の部屋からドアノブを盗めるのはこの人しかいないのよね……。

 犯人はまず間違いなくレガート様だ。


「うん、リタの部屋のドアノブは、私が預かった」


 本人もあっさりと犯行を自供した。


「なぜそんなことを……」

「やっぱり、リタのことは閉じこめておいたほうがいいと思って」

「は?」


 彼の言葉に、私は上ずった声をもらした。


「どうしてですか! 私はレガート様と離縁をしないと、そう申し上げましたよね?」

「そうだね、確かに聞いた」

「もう、レガートから逃げ出したりいたしません! こんな風に閉じこめたりしなくたって……」


 戸惑う私に、レガート様は力のない声で続けた。


「だけど、リタはすぐに無茶をするじゃないか。私が止めてもロバートに会いに行くし、囮になるし。あれ以来、毎晩夢を見るんだ……リタが、私の知らないところで死んでしまう夢を」


 確かに最近、ずっとレガート様の顔色が悪くて心配していたのだ。

 事件の後処理でずっと忙しそうだったから、疲れているのだと思っていたけれど。


「いや、だからって閉じこめなくても……」

「少なくとも、閉じこめておいたらリタは死なないから」


 それを聞いて、私は青ざめて後ずさった。

 過去、レガート様が私を監禁しようとすること二回。

 あれから色々あったし、すっかり心を入れ替えてくれたものと信じていたのに!


 ――レガート様ったら、まったく成長していないじゃないの!


 あの離宮でのやり取りはなんだったの!?

 愕然とする私に、レガート様はしょんぼりとした声で「また、夜に会いに来るよ」と言い残して去って行ってしまう。

 当然ながら、ドアノブは返してもらえないままだ。


 ――嘘でしょう?


 ドンドンと扉を叩いて助けをもとめるも、レガート様によって人払いがされているようで誰もこない。

 部屋は二階だから、窓から飛び下りるというわけにもいかないし……。

 でも、カーテンをロープのように結んで降りるという手もあるかと、試しに窓から下を覗き込んでみると、そこにはしっかりと見張りの兵士が配備されていた。


 ――全くもう!


 私は肩をいからせた。


 ――だいたい、閉じこめておくっていつまでなの……まさかずっとというわけではないわよね?


 レガート様の顔は見えなかったけれど、声の様子からしてかなり落ち込んでいるようだった。

 さっきはついつい『成長していない』なんて突っ込みをいれてしまったけれど、たぶん本当に、私が死ぬ夢を繰り返し見て参ってしまったのね。

 だからって人を閉じこめていいわけはないし、ここはしっかり反省してもらいたいところだけど……。


 ――夜にまた来ると言っていたから、それまでに正気に戻っていることを期待するしかないわ。


 ちなみに鍵さえあれば外からは扉が開くようで、食事はきっちり時間通りに運ばれてきた。しかし給仕は衛兵によって行われており、私が助けを求めても無駄だろうということは察しがつく。

 もう仕方がないと私も諦め、その日はゆっくりと過ごすことにした。

 本を読んだり、窓から庭を眺めたり……。

 やがて日が暮れた頃、外からガチャガチャと鍵穴を弄る音がした。

 レガート様かと思ったけれど、開いた扉から顔を見せたのはアンネだった。


「アンネ!」

「王妃殿下、お助けにあがりました」


 そういうアンネの手には、細い針金が握られている。


「もしかして、それで鍵を?」

「はい! 陛下は私を警戒して、鍵を隠されておられますので……」

「そうだったの……でも、すごいわね、針金で鍵を開けられるなんて!」

「それは、元鉱山警備隊ですので!」


 だから、鉱山警備隊ってなんなのかしら……。

 首を捻ったけれど、まあ、いまはそれどころではないわね。


「陛下は視察で外へ出られており、夜までお戻りになりません。逃げ出すならいまのうちかと……!」

「ありがとう……そうね。レガート様が落ち着くまで、しばらく隠れてしようかしら」


 助けが来たなら、大人しく監禁されている理由はない。

 レガート様に反省してもらう意味も兼ねて、ここは逃げるに限る。

 アンネ曰く、レガート様は『王妃は病で休んでいるから、誰も近付かないように』と布令を出しているらしい。

 つまり王妃が監禁されているとは誰も想像すらしていないわけで、私は『病はすっかり良くなりました』という顔をして堂々と廊下に出た。

 外に出る理由はアンネがそれらしく用意してくれていて、馬車の手配まで完了しているとのこと。

 さすがはアンネね! と感心しながら、足早に外へと向かい――

 その直前で、レガート様付きの侍従と鉢合わせた。

 彼はレガート様よりさらに年下の貴族令息で、まだここにきたばかりの新入りである。


「あっ、王妃殿下! もうお体はよろしいのですか!?」

「ええ、休んだおかげでもうすっかり良くなったわ」


 私はにっこりと笑顔を浮かべてそう答えた。


「……それより、なにを運びだしているの?」


 彼は両手に乗る大きさの木箱を抱えていて、それがなにか気になった。


「あ、こちらは陛下から燃やすように命じられたもので、中身については知らされておりません! ただ、もう必要のないものだとだけ……」

「燃やすように?」


 私は首を傾げた。

 侍従は、レガート様のお部屋のほうから歩いてきた。

 仕事の書類なら執務室で済ませるだろうし、なんにしても、箱ごと燃やしてしまうというのは穏当ではない。


 ――中身はなにかしら……。


 レガート様が、私を閉じこめてしまうぐらい思い詰めているというタイミングでもある。

 私は、それが自分に関係あるもので、いまここで見過ごしてはならないものだという気がしてならなかった。


「あら、ちょうど良かったわ! そのサイズの木箱が欲しいと思っていたの」

「え?」

「中身はこちらで処分をしておくから、箱をいただいてもよろしいかしら?」

「し、しかし……」


 侍従が、私と木箱を見比べる。

 私は出来るかぎり王妃らしく、威厳をこめて微笑んだ。


「陛下のお叱りはすべて私が受けますから、安心なさい」


 そこで、私の意図を察したアンネが前に出て、戸惑う侍従からさっと木箱を受け取った。


「アンネ、せっかく逃走の準備をしてくれたのにごめんなさい……一旦部屋に戻るわ」


 私はアンネにそう声をかけると、いま来た廊下を歩いて戻った。

 部屋に戻るなり箱を確認するも、鍵がかかっている。


「私が鍵をお開けしましょうか?」

「……ええ、お願いできるかしら」


 無理に鍵を開けてまで見てよいものか、迷ってから頷く。

 私にとって、いまは夫から監禁されるという異常事態。

 この状況を打開するきっかけが隠されているかもしれないという予感が、私の背中を押していた。

 アンネが針金を使い、素早く鍵を開ける。

 その後はアンネに部屋を下がってもらって、ひとりになったところで私は蓋を開いた。


「これは……」


 なかに入っていたのは、木箱をぎっしりと埋め尽くすほどの手紙――

 私はそのうちの一通を手に取ると、まず宛名を確認した。


『リタへ』


 私宛だ。

 ――レガート様は、離縁を賭けた三ヶ月の勝負の間、ずっと毎日手紙を書いてくださっていたわね。


 どんな時も、その手紙だけは毎日欠かすことなく届けられていた。

 まっすぐに綴られた愛の言葉は時に切なく、時に照れくさく……どんな時も嬉しくてたまらなかった。

 これは、その時の書き損じかしら?

 特に封蝋もされていないし……と。

 他の封筒の宛名を確かめていたとき、指先から一通が滑り落ちて便箋が床に舞った。

 そっと拾いあげ、少し躊躇い、なかを開いて見る。


『リタへ。今日も君を遠くから見ていた。リタがジルを話している姿を見て、とても悲しくなった。冷たくしてごめん。リタ、君をとても愛している』


 それは、離れていた三年の間に綴ったのだろう、私への想いだった。

 私は息をのみ、次の封筒を開いた。さらに一つ。もう一つ。

 内容はどれも、私を想う気持ちでいっぱいに埋めつくされている。


 ――これは、つまり。


 レガート様は『勝負』を始める前からずっと、私へ向けて手紙を書き続けていたのだ。

 毎日毎日、届けることのできない手紙を、まるで祈るように。


 ――本当に……仕方のない人ね。


 私は、長いため息を吐いた。

 自分から私を遠ざけておいて、嫌われてもいい、心はいらないなんて強がっておいて。

 それでもやっぱり私に愛されたいと、縋る思いで願い続けていたのだろう。

 愚かな人だと思う。

 そして、そんなレガート様を愛おしいと感じてしまう私もまた、たいがいどうしようもないのだ。




「どうしてここにいるの? リタ」


 その日の夜。

 部屋にやってきたレガート様は、ちょこんとベッドに座る私を見て目を丸くした。


「どうしてとは? 私を部屋に閉じこめたのはレガート様ではありませんか」

「それは、そうだけど……」


 レガート様は、朝に聞いた声よりさらにしょんぼりとした様子で項垂れた。


「てっきり、アンネが逃がしてしまったかと」


 なるほど。

 アンネが私を逃がすだろうことは、予想の範疇だったわけね。

 つまり、最初から二度と出さないつもりではなかったということ。

 まだまだ理性が働いていたというか、本人なりの葛藤があったのでしょう……たぶん。


「よろしいですか、レガート様……どんなに私が大切でも、閉じこめてはいけません。次にやったら本当に離縁しますからね」

「うん……ごめん」

「あと、この手紙ですけど」


 私は隣に置いていた木箱を手に取り、膝に置いた。


「あ……」

「最初に謝っておきます。勝手になかを見ました、ごめんなさい」

「いや、それは別に構わないけど……なぜその箱がリタの所に?」

「侍従が燃やそうとしているのを、偶然見かけたのです」


 私はそう言ってから、眉を下げた。


「私が彼に無理を言ったの、侍従を叱らないでくださいね」


 レガート様が頷いたのを確認してから、私は言葉を続けた。 


「なかの手紙は、すべて私に書いてくださっていたものでしょう? どうして燃やしてしまおうと?」


 訊ねると、レガート様はまるで叱られた子どものように肩を落とした。


「その手紙は、いつか、もしも……リタから愛してもらうことができたら、渡すつもりだったんだ。だけど私が自分の不安に負けて、君を閉じこめるような真似をしたから……」


 今度こそもう駄目だと、そう思ってしまったわけだ。

 なんだってそう悲観的になってしまうかしら、と呆れる一方で、私も悪いのだと思った。

 だって、私はまだ、レガート様に一番大切な言葉を伝えていなかったのだから。


「……なら、この手紙は私がいただいて構いませんね?」

「え?」

「だって、私はレガート様を愛しているんだもの」


 戸惑う夏色の瞳をしっかりと見つめ、私は微笑んだ。


「レガート様、私はあなたを愛しています。もちろん男性として、夫して。もう、あなたが心配するような危険なこともしないと約束するわ。私は逃げださないし、私はずっと、レガート様の隣にいます……絶対に、ずっと、死ぬまで」


 ひと息にそう言ってから、私はすっと視線をそらした。


「えっと、もう閉じこめたりしないって約束してくれるならですけど」

「する! 絶対に二度と、リタを閉じこめたりしない……本当に、本当にごめん!」


 レガート様は震える声でそう言い切ると、駆け寄ってきて私を抱きしめた。

 その勢いで、二人の体がベッドに沈む。

 私は……あらためて笑みをこぼし、彼の背中に腕を回した。


「愛しているわ、レガート様」

「私もだ、私も……リタを愛している。誰よりも、何よりも……君だけを、君しかいらないんだ」


 知っているわ、と私は頷いた。

 そして目を合わせ、どちらからともなくキスをした。

 それは、いままで一番甘く、幸せな口づけ――




 そうね、と私は心のなかで頷いた。

 叔父からの褒美はもらえなかったけれど、それよりずっと大切なものが手に入ったみたい。


「あなたとの未来が、私にとって一番のご褒美よ」




おわり

最後までお読みいただきありがとうございました。

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