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「私はなにも知りません」


 翌日。

 謁見の間に呼び出された叔父は、重臣が居並ぶなか、玉座に座るレガート様に向かってそう言い放った。


「どこぞの商人が私の名をかたって王妃殿下を呼び出し、誘拐しようとしたとのこと。まったく、とんでもない不届き者がいたものですな」


 しれっと言い放つその表情には余裕がある。

 私はレガート様の隣に座り、じっと叔父を睨みつけた。

 私を誘いだすためにフリオが送ってきた手紙には、確かに叔父の名前が書かれていた。

 それをもとに叔父を謁見に応じさせたのだけど……どうやらしらを切り通すつもりらしい。

 さらに追及しようにも、叔父はフリオに自分へ繋がる証拠になるようなものを一切渡していなかった。

 過去に彼らが直接やり取りをしたのは、私の父が死んだときの一度だけ。以降のやり取りは別の人間を仲介させていて、その人物ですら公爵家とは直接の繋がりを持っていない。

 例の手紙も、フリオは公爵家が回収してくれると信じてたみたいだけれど、叔父は最初から彼を切り捨てるつもりだったはず。


 ――やっぱり、あの手紙だけで叔父を追い詰めるのは難しいわね。


 とはいえ、叔父が私の暗殺を企んだのは間違いないのだ。

 レガート様が、叔父の子飼いの貴族に吐かせた、都合の悪い金の流れの件もある。

 公爵邸を調べることさえできれば、なんらかの証拠を掴んで、叔父を失脚させられる可能性は十分にあった。

 けれど力ずくで踏み込むとなると、公爵家との完全な決裂を避けられない。

 証拠が見つからなければ、今度はこちらの立場が悪くなって、公爵家に”王家へ上納金を納めない大義名分”を与えることになってしまう。

 レガート様は続いて公爵家の資金の流れについて厳しく問い詰めたけれど、叔父はすべて「知らぬ、存ぜぬ」で押し通した。

 まるで、公爵邸に踏み込めるものならやってみろと言わんばかりに。


「陛下、身に覚えのないことを詮索されるのは、公爵家にとって甚だ不本意なこと。無用な騒ぎは、双方にとって望ましくないのではありませんか?」

「そうだろうか? こちらとしては、特に困ることはないが」


 あまりにあっさり告げられたせいだろう。

 叔父は一瞬、なにを言われたのか分からないという顔をし、次いで目を丸くした。


「なにを……公爵家が治める上納金がなければ、王家の財政は立ちゆかぬでしょう!」

「それなら、公爵に心配してもらわなくても大丈夫だ」


 レガート様は、にこりと笑ってそう言った。


「実は、ロスイング侯爵家が管理する旧子爵領から、ゴールドサファイアの鉱床が見つかったんだ」

「は!?」


 叔父の声がひっくり返った。声だけでなく、体までひっくり返りそうなぐらい仰け反っている。

 同じように、レガート様の言葉を聞いた重臣たちの間にもざわめきが広がった。


 ――そうよね、びっくりするわよね。


 わかるわ、と私はひとり頷いた。

 私も、レガート様からはじめて話を聞いた時は驚いたものだ。



 まさか、ゴールドサファイアの鉱床がすでに見つかっていただなんて。



「王家が至らぬばかりに、公爵には長年心配をかけた……だが、これでもう大丈夫だ」


 キラキラと輝くような笑みを向けられて、叔父が凍りつく。


「馬鹿な……」


 狼狽した様子でそう呟き、後ずさる。

 しかしすぐに背後の兵士にぶつかると、叔父は居直って眉をつり上げた。


「いい加減にされよ! そもそも、王妃は私の姪でもあるのです! 誘拐など企むはずがない!」


 怒気を隠さず、叔父がそう声を荒らげる。

 私はその、青ざめた顔をまっすぐに見据えて口を開いた。


「陛下、私からもひとつよろしいでしょうか?」

「もちろんだ、王妃」

「実は、私はこれまで、公爵から陛下と離縁するように迫られておりました」


 そう言うと、私は用意していた一枚の書類を取り出した。

 これはいまからちょうど三ヶ月前に、叔父に書かせた『離縁をすれば金銭を支払う』という契約書。

 少し前なら、こんなものを公にしたところで叔父の痛手にはならなかっただろう。

 私がお飾りの王妃であることは周知のことだったし、離縁を勧めること自体は罪でもない。多少の醜聞にはなるだろうが、もみ消すことなどいくらでもできた。だから叔父は直筆でサインをした。

 そしていま、これは叔父の動機を証明するものとなる。


「なんということだ、まさか公爵が、私と王妃を離縁させたがっていたとは!」


 レガート様は、芝居がかった大げさな口調でそう言うと、玉座から立ちあがった。

 周囲を見渡し、威厳に満ちた声で命じる。


「公爵の名誉を守るためにも、事実を確かめる必要がある……すぐに公爵邸をあらためよ!





「公爵邸から、リタの誘拐を指示したという証拠はなにも出なかった。資金の流れについても同じだ。いつ踏み込まれてもいいように、ロバートは事前に全て処分をしていたようだ」


 夕暮れ時、庭園の見えるサロンにて。

 母とお茶を飲んでいると、公爵邸の調査を終えたレガート様がやってきてそう言った。

 よほど大変だったのだろう、その顔はげっそりとやつれてしまっている。


 ――そう、誘拐の証拠は出なかったのね……。


 私はレガート様の体調を心配しつつ、そう顔を曇らせた。

 私の誘拐が失敗してから調査に入るまで、さほど時間はなかったはず。

 だというのに証拠を完璧に消し去った叔父の周到さは、素直にすごいと感じる。

 でも、それでは叔父を完全に失脚させるにはいたらない。叔父は必ず反撃してくるだろう。

 先のことを考えて憂鬱になる私に、レガート様は「ただ」と続けた。


「代わりに、君のお父さまの手帳が見つかった」

「父の……ですか?」


 私は母と顔を見合わせた。

 それは、父が亡くなったときに紛失していたものの一つだ。

 レガート様が侍従に呼びかけ、小さな木箱を持ってこさせる。

 そして侍従が下がって三人になると、私の隣に腰掛け、テーブルの上で箱を開いた。

 なかには、古い血痕が染みついた一冊の手帳。


「血の跡がついた、君の父上の手帳……それを手に入れられるのは、現場にいた者だけだろう」

「……つまり」

「君の父君を殺めた嫌疑で、ロバートを拘束した」


 息をのむ私の隣で、母が手帳を手に取る。


「確かに、これは間違いなく夫のものです」


 母はそう声を震わせると、慎重な手つきで手帳をめくった。

 手帳は日記を兼ねていたようで、予定の他、その日の出来事が簡潔に書き留められている。

 ある頁には、ゴールドサファイアを見つけたことが記されていた。

 私たちに最後に送った手紙にあったのと同じ、『マリーが導いてくれた』という一文とともに。


「やっぱり、父もゴールドサファイアを見つけていたんですよね」

「それは間違いないと思うよ……私も、父君の手がかりを元に、ゴールドサファイアに辿りついたんだから」


 レガート様が静かに頷く。

 私は、彼からその話を聞いたときのことを思い返した。




 それは、私が離宮で『ゴールドサファイアを見つけましょう』と言った直後。

 レガート様は私の言葉を耳にすると、わずかに目を瞠ってから、にこっと笑みを浮かべ、こう言い放ったのだ。

『ゴールドサファイアならもう見つかっているよ』


 と。

 驚く私に、彼はさらに言葉を続けた。


『リタが教えてくれたんだ……ゴールドサファイアの見つけ方』


 確かに――

 思い返してみれば、子どもの頃はよく、レガート様に宝石の話をしたものだった。

 石の鑑定方法や流通の仕組み、鉱床の話まで。ほとんどが父の受け売りだったけれど、レガート様がいつも真剣に話を聞いてくださるのが嬉しかったのだ。

 だから、彼のお母さまの形見のブローチを贈られたときも、私は得意げに説明をした。


『これはゴールドサファイアといって、とっても珍しくて貴重な宝石なのですよ』


 この石がどこで採れ、どれほどの価値があるのか。

 一通り語った後に、父の話になった。


『私の父も、このゴールドサファイアを探しに行って……その帰り道に事故にあってなくなったんです』

『……そうだったのか』

『父は、最後の手紙にこう書いていました……マリーが導いてくれた、と』


 そう、私はこの時、父の最後の手紙の話をレガート様にしていたのだ……自分では、すっかり話したことを忘れていたけれど。

 そして、その後に、彼とともに父が死んだ年の調査記録を調べることになった。

 夜空の話をしたのは、そのまた後のこと。

 それから、さらに時は流れ――

 先代王妃様が処刑された後、遺品を整理していたレガート様は、そこでゴールドサファイアの原石を見つけた。

 宝石は普通、加工をしてから輸入をされるため、原石のままというのは逆に珍しい。だから先代王妃殿下もあえて加工をせず、そのまま保管していたのだろう。

 そしてレガート様は、その原石の表面に、小さな石がひとつ固く張り付いているのを見つけた。

 気になって調べて見ると、特に名前もない石である。資源にもならない、加工にも向かない。庭の敷石や農作業で使うのがせいぜいの、一山いくらの屑石。ただ、フォルツァンドでは特定の地域でしか産出されていないようだ。

 レガート様はそこで、ふと私の話を思い出したのだという。


『一番星の回りで輝く、名前のない星……マリーが導いてくれた……』


 宝石には、いわば目印となる石がある。

 石自体に価値はなくとも、その石が採れる場所の近くに宝石が眠っていることがあるのだ。

 その話も、私はレガート様にしたことがあった。

 さらに調べてみると、その石の産地は、元々ジルたちの一家が住んでいた旧子爵領だった。

 旧子爵領は北の鉱山地帯に近く、その地層が一部、領内にまで延びている。

 しかし鉱脈は足場の悪い場所に埋まっており、さらに採れるのも屑石ばかりということで、ほとんど開発されないままでいたのだ。

 レガート様がジルたちを味方として取り込んだのは、彼らが優秀であるのはもちろん、その地に眠っているかもしれないゴールドサファイアの探索を行うためだった。

 もともと、ジルたち一家は鉱山について豊富な知識を持っていた。彼らの協力を得ながら、調査を行うこと数年――

 領地の奥深く、崩れた洞窟のさらにその先で、ついにゴールドサファイアの鉱床を見つけ出したのだった。

 ちなみに、レガート様がそれを秘密にしていたのは、私の身の安全を考えてとのこと。


『正式な公表をする前に、君が鉱床の場所を知っていると公爵に知られたら、君の身が危うくなる』


 だから、時期がくるまでは黙っていたのだという。


『リタと、あのブローチが私を導いてくれたんだと思う』


 ブローチを見つめ、感慨深そうに言うレガート様に、私はなんとも言えない気持ちになった。


 ――でも、踏み潰したわよね? それも思いっきり。


 レガート様の感情の回路ってどうなってるのかしら……。

 うーんと唸る私をよそに、レガート様は首を傾げた。


『君の父君が、どうやってゴールドサファイアの鉱床に辿りついたのかまでは……よくわからないけど』


 ただ、おそらく父も、なにかのきっかけで目印となる石の存在に気付いたのだ。

 ゴールドサファイアの原石を見る機会なんて限られているから、もしかすると、レガート様と同じ、先代王妃様が持っていたものを見たのかもしれない。父は公爵家の嫡男だったし、当時からゴールドサファイアを探していた。そういったものがあると聞いたら、是非見たいと懇願したことだろう。

 そして母と駆け落ちをしたあとも、きっとずっと、その手がかりをもとにゴールドサファイアを探し続けていたのだ。

 そう、亡くなったあの時も、父は北の鉱山の調査隊に参加していたのではない。

 旧子爵領で、ゴールドサファイアの調査を行っていたのだ。おそらくは、現地で案内人を雇い、わずかな人数で。

 手がかりのことは、誰にも話せなかっただろう。

 ゴールドサファイアの手がかりが見つかったとひとに知られたら、あとは早い者勝ちになってしまう。

 そうなると、公爵家を出た父には勝ち目がない。

 だから家族にも秘密だった。特に幼い私は、いつ口を滑らせてしまうかわからないから――




「夫は、公爵家に戻りたいと考えていたんです」


 レガート様との会話を振り返っていた私は、その母の言葉で意識をいまに戻した。


「当然ながら、夫も最初は二度と戻らないつもりでした。でも、リタが生まれると考えをあらためたのです。『この子は紛れもなく、公爵家の血を引いている。自分のせいで、その権利を失わせるわけにはいかない』と』


 はじめて語られる父の想いを、私はじっと聞き入った。


「ですが、駆け落ちをした私達に対する、当時のご当主……お義父さまのお怒りは相当なものでした。それでも、ゴールドサファイアさえ見つければ、私と娘を公爵家に受け入れさせることができると、夫はそう信じていたのです」


 だから、父はずっとゴールドサファイアを探しつづけていたのだ。


 ――自分の夢のためだけではなかったのね。


 それは私と母を連れて公爵家に戻るための、父にとって唯一の手段だったのだ。


「だから、きっとゴールドサファイアの鉱床を見つけたあとは、お義父様との間を取り持ってもらうつもりでロバート様に会いに行ったんだと思います」


 公爵家は毎年、北の鉱山地帯に調査隊を派遣しており、立ち会い役は原則その家の男子が努める。

 その時期、麓の町に叔父がいる可能性が高いことを、父はもちろん分かっていた。

 黙って話を聞いていたレガート様が、そこで口を開いた。


「なるほど。そこでロバートは、君の父君からゴールドサファイアを見つけたという話を聞いた。それを手土産に公爵家に戻るつもりだと。そして公爵家の跡取りの座を取り返されると考えたロバートは、物取りに見せかけて……という所かな」


 彼の推測に頷きつつも、私はひとつ腑に落ちずにいた。

 だって、それならどうして、叔父はこの手帳を処分せず手元に残しておいたの?

 他の証拠になりそうなものは、全て消し去ったというのに……。


「あの、本当にロバート様が夫を殺したのでしょうか?」


 母が、おそるおそるといった様子でレガート様に訊ねる。


「はい。まだ自白はとれておりませんが、状況からして間違いないかと……」

「ですが陛下……ロバート様は、夫のことをとても慕っていたのです。その、駆け落ちをするときにも、最後まで涙を流して引き留めておられました」


 それを聞いて、私はレガート様と目を見合わせた。

 あの冷酷な叔父が? 涙を流して父を……?

 駄目、想像するのも難しいわ。

 混乱する私の隣で、レガート様が頬杖をついた。


「……この手帳は、暖炉の横のテーブルに置かれていたそうだよ。一度は燃やそうとしたんだろうね」


 そう言って、ひとり頷く。


「そうか……公爵家も王家の傍流だよね」

「ええ、一応」


 かなり昔の話になるけれど、六代前のご当主が国王のご兄弟だったと聞いている。


「それがなにか?」


 訊ねると、レガート様は低く唸るようにして頷いた。


「誰よりも慕っていた兄が、泣いて引き留める自分を捨てて、使用人の女性と家を出てしまった。それだけでも許せないし、憎いのに、ゴールドサファイアを見つけて家に帰ってくるのだという。それも自分から兄を奪った女性と一緒に、娘まで連れて……あー、確かに。私でも、ちょっと無理かもしれないな」


 ぶつぶつとレガート様が呟く。


「大好きだから、自分のものにならないならいっそってやつか。そっちの病み方をしてしまったわけだ。オスティナを王妃にすることにこだわったのも、リタを利用しつつ、その存在が許せなかったからか?」

「あの、全然わからないのですが……どういうことですか?」

「……つまり、ロバートはこの手帳をどうしても燃やすことができなかったという言うことだよ」


 自分だけがよくわかったようにそう言って、レガート様は母から手帳を受け取った。

 長い指でぱらぱらと頁をめくり、最後の書き込みで止める。

 覗き込むと、そこには父の筆致でこう記されていた。


『私の可愛いロバートに会いにいく。いつか娘にも会わせたい。きっと喜んでくれることだろう』


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