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フリオを捕らえると、レガート様は夜が白ける前にインクルヴァン大聖堂へ戻っていった。
こっそりと抜け出してきた儀式の続きを受けるためである。
今回の儀式は、国王ひとりが大聖堂で一晩を過ごすというもの。見張りがあるわけではなく、外に護衛はいるものの、それもみな王国の兵士だから、教会側に知られずに抜け出して戻るのはそう難しくない。
とはいえ、もしもことが公になれば、神の審判を得られなかったとして国王の資格を失いかねないわけで……。
レガート様には大事な儀式があるのだから、捕り物は騎士たちに任せておけばよいと言ったのだけれど、本人が頑として頷かなかった。
――上手く戻れたかしら……そもそも抜け出したことが知られて、騒ぎになっていないといいけれど。
心配で落ち着かない気持ちのまま、私たちは王宮へと帰ってきた。捕らえた男たちと、フリオも一緒だ。彼らは離れの塔にある地下牢で尋問を受けることとなった。
まず男たちは金で雇われた傭兵で、詳細はなにも知らされていなかった。
すべての白状したのはフリオだ。
彼はほとんど抵抗せず……なんなら王宮へ連れてこられる馬車のなかですでに母のいる町の名前を吐いていたし、朝になって私が牢まで会いにいくと、その場に跪いて命乞いをした。
「どうか、命だけは助けてください! ぼくは公爵閣下から王妃殿下を攫ってこいと命じられただけなんです、もちろん王妃殿下のお命を狙うつもりなどありませんでした!」
さらに言い分を聞いているうちに、フリオは叔父との関係について話し始めた。
フリオの商家が叔父と繋がりを持ったのは、私の父が亡くなってすぐのこと。フリオの両親が公爵家に文を送り、私たち一家の生活の面倒を見てきたことを報告したのが切っ掛けだった。
彼らは商売するにあたり、公爵家の後ろ盾を得たいと思っていた。いずれ父が公爵家に戻ることを期待して厚遇していたが、死んでしまったからには仕方がないと、恩を売る相手を変えたのだ。
商家からの手紙を受け取ったのは、当時、父に代わって公爵家の跡取りとなっていた叔父だった。
叔父はそこで、私という子どもがいることを知ったものの、公爵家に受け入れるつもりはないとはっきり断言したそうだ。
そして、商家に引き続き私たちの面倒を見るように取り引きを持ちかけた。私たちへの厚遇は必要ない。死んだら死んだでよい。ただ居場所と状況だけは把握しておきたい。上手くやれば、公爵家としてあらゆる優遇を約束すると。
――なるほど、それをきっかけに商家の人たちは、私たちへの扱いを変えることを決めたのね。
はじめて会ったときに、叔父が私たちの居場所や母の病について知っていたことにも合点がいった。
「ぼくたちは、リタ様が王妃になられたことも本当に知らなかったんです。ただ、リタ様がいなくなったあと、遠くの町で母親の面倒をみるように命じられました。ぼくも商家を仕事があったので、日常のことは現地の使用人に任せ、月に二度ほど様子を伺いに行っていました」
母の住んでいた町は空気の綺麗なところで、病の治療には数年かかったものの、いまではすっかり良くなったという。
この点については叔父からも説明を受けていたし、母からの手紙にもあったので疑っていなかったけれど、あらためて聞くとやはりほっとする。
そして、母の病を治してくれたという一点については、やはり叔父に感謝をしているのだ。それが私に、お飾り王太子妃を勤めさせるためだったとしても。
「……あなたが届けた手紙のなかには、母のハンカチも入っていたわ。どうして、あれがあなたの手元にあったの?」
フリオの話が本当なら、叔父から命を受けたときに彼は王都にいて、馬車で半日かかる母のもとにハンカチを取りに行く時間はなかったはず。
「それは……以前、君のお母さんに会いに行ったときに、あのハンカチの刺繍がリタ様のものだと聞いて……つい持って帰ってきてしまったんです。ぼくは、子どもの頃からリタが好きだったから」
「フリオ……」
私は、なんと返事をしていいか分からずに瞳を揺らした。
当然、想いに答えることはできない。
ただ、彼のことは本当に兄のように思っていた。父が亡くなったあとも、変わらずに優しくしてくれた思い出もある。だから……あの手紙を受け取った時はまさかと思ったし、別の用事あればよいと願ったのだ。
「だから、本当に、リタ様を害するつもりなどなかったんです! 攫ったあとは、どこかでお母さんと一緒に暮らすものだと……」
キンッと、地下牢に金属音が響いたのはその時だった。
振り返ってみるとレガート様がそこにいて、抜き身の剣を片手に持っている。
あ、レガート様、王宮に帰ってこられたのね! 儀式は大丈夫だったのかしら……って、レガート様の瞳孔が開ききっているんですけど?
「よし、殺そう」
地を這うような声を響かせ、フリオに歩みよるレガート様。
うん、全てが物騒だわ!
私は慌ててその腕にしがみついた。
「ダメです! なにを仰っているんですか!」
「だけど、あれは泥棒だ……殺そう」
「なりませんったら!」
それは、フリオの罪は重い。王妃を誘拐しようとしたのだから、ただではすまないだろう。だけど、どうなるにしても全ては裁判を終えてから! というか、国王自ら切って捨てるなどありえないから!
「まだ証言してもらわないこともあるんですから、ちょっと落ち着いて……ああ、ほら、フリオも驚いて腰を抜かしているではありませんか!」
泡を吹きかけているフリオを指さし、私はどうどうとレガート様を諫めた。
「それより、儀式は問題なかったのですか?」
「もちろん、滞りなくすませたよ」
訊ねると、彼はまだ不満そうな表情で頷いた。
「これで、三ヶ月にわたる全ての儀式は終わった」
それを聞いて、胸にじんわりと安堵が広がった。
良かったわ……本当に。
今日に至るまでの彼の苦難を思い出し、目に涙がにじんだ。
「レガート様……あらためて、おめでとうございます」
指先で目元をぬぐいながらそう言うと、レガート様がようやく剣をしまい、私に向き直る。
そして目の下を赤く染めると、それは嬉しそうに微笑んだのだった。
母のことは、フリオから情報を得てすぐに王国の騎士たちが迎えに行ってくれた。
叔父に気付かれて妨害されないか、そもそもフリオの話は真実なのか。
不安はあったけれど、昼過ぎにいちど早馬が来て、母を無事に保護したとの報せが届いた。
それからさらに待つこと半日あまり――
王宮にやってきた母を、私たちは奥の庭園で出迎えた。
母ははじめ、美しい花園なかに立つ私とレガート様を見て驚いた顔をした。装いや状況から、こちらの立場を察したに違いない。
けれどすぐに驚きが喜びを上回ったようで、次の瞬間には目に涙を浮かべた。
「ああ……リタ、リタなのね?」
「お母さま……!」
私は弾かれたように駆け出し、母の胸に飛び込んだ。
ああ、懐かしい母の匂い。顔を上げると、頬に母の涙が滴り落ちた。
「お母さま、お会いしたかった!」
「私も、私もよ……ああ、可愛いリタ……良かった、元気そうで」
再会を喜びあいながら、私はぺたぺたと母の顔を触った。
――良かった、お母さま、お元気そうだわ!
顔色もいいし、痩せてもいない。
嬉しさと安堵で、私の目からもぽろぽろと涙がこぼれた。
「良かったね」
私たちの側に来て、レガート様がにこっと微笑む。
「ええ! ありがとうございます!」
私は、胸いっぱいの感謝を言葉に乗せた。
――レガート様のおかげで、もう、お母さまのことは心配ないわ。
ならば、この後は戦うだけだ。
自分たちの望む未来のために。
私は手の甲で頬をぬぐうと、まっすぐに前を見つめた。




