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 レガート様からブローチをプレゼントされたのは、結婚して二年が過ぎた頃だった。

 繊細な金の細工には金剛石が散りばめられ、黄金色の宝石がはめ込まれてた、見るからに貴重で高価なものだった。


『これは母上の形見なんだ。王妃に取り上げられないよう隠していたんだけど、近頃は物を取り上げられることはなくなったから持ち出してきた』

『……そんな、受け取れません!』

『リタに受け取って欲しいんだ……母上は、私の妻になるひとに渡して欲しいと言っていたから』


 レガート様の気持ちは嬉しい。

 けれど、そんな大切なものを、『仮初めの妻』である私が受け取っていいはずがない。

 けれど断るとなると、私の事情を話す必要があるし……。

 悩んだ末に、結局私はそのブローチを受け取った。離縁するときには、ちゃんとお返ししようと心に決めて。

 ブローチのお礼を言うと、レガートさまは天使さながらの笑顔を浮かべた。


『よかった、リタが受け取ってくれて……リタは私の愛する奥さんだから……』


 屈託のない愛らしい笑顔で言われ、私の胸はちくりと罪悪感で痛んだのだった。



 そう、この頃、私たちはとても仲が良かった。

 お互いに子どもだったから、夫婦のなんたるかは分からなかったけれど、私はレガート様が可愛くて、大切で……それこそ目のなかに入れても痛くないと思っていた。 

 転機が訪れたのは結婚してから四年後。彼が十四歳の時のことだ。


 その年、王妃様がレガート様を暗殺しようとする事件があった。

 幸い事が起こる前に企みが明るみとなったのでレガート様は無事――王妃様は処刑された。

 さらに寵妃の死にショックを受けた国王陛下は床に伏し、部屋から姿を見せなくなったのである。

 王妃様による宮廷の支配は唐突に終わりを告げ、私たちを取り巻く環境は一変した。

 私たちを虐げていた者はみな宮中を追放され、代わりに公爵家と縁のあるものたちが配属されたのだ。


 オスティナが頻繁に王宮を訪れるようになったのも、この頃からだ。

 レガート様は当初、オスティナの距離の近さに困っている様子だった。


『リタ、ごめんね。私にはまだ力無いから、ロバートの手前、あまりオスティナを無碍にできない。だけど、私が愛しているのはリタだけだから』


 幼さの残る顔で真摯にそう訴えるレガート様は、とても可愛らしかったのだけれど……。

 私は、素直にその言葉を受け取るわけにはいかなかった。

 レガート様は、まだ私が『仮初めの妻』であると知らなかったからだ。


 王妃様の支配下では本当のことを言い出せなかったけれど、すでに状況は変わっている。

 私がいなくなっても、レガート様ひとりぼっちにはならない。

 それを伝えると、叔父は渋い顔になった。


『王妃が処刑されたとはいえ、政情はいまだ不安定だ。お前たちの離縁は、レガート殿下の学園卒業を待ってからとする。レガート殿下にお伝えするのも、そのときでよいだろう』


 王族は基本、十三歳から学園に通う。しかし、それによってレガート様が力をつけることを危ぶんだ王妃様が、あれこれと妨害して延期になっていたのだ。その王妃様がいなくなり、ようやくレガート様の入学が決まったところだった。やはり入学延期となっていた私も一緒に。


『なぜです? 離縁は卒業後でも、先に殿下に真実をお伝えするべきではありませんか?』

『……私の判断だ』


 叔父はとりつくしまもない。

 私は、それでもレガート様に話をするべきだと思ったけれど、叔父に逆らうのは勇気のいることだった。

 自分のことだけならともかく、叔父には母を預けてあるのだ。怒らせたらどうなるか。

 あと、もっと単純な、レガート様に真実を告げる気まずさもあって、ようやく決意が固まったのはレガート様が入学されてからのことだ。


 ところが入学を境に、レガート様はなぜか私を避けるようになった。


 ――なぜ? 知らないうちに怒らせてしまったのかしら。


 謝ろうにも、話をしてもらえないから理由がわからない。

 思い当たる節といえば。


 ――公爵閣下から、私が仮初めの妻だと聞いたとか?


 だが、叔父は卒業するまで秘密だと言っていた。

 そうこう悩んでいる間に、レガート様はオスティナを側に置くようになった。

 人目も憚らず寄り添う二人は、まさに恋仲そのもの。

 さらにパートナーと参加することが恒例のダンスパーティーにも、レガート様はオスティナを選んだ。

 広いホールの、輝くシャンデリアのしたで、まるで二人だけの世界とばかりに見つめ合う様子を見て、私は思ったのだ。


 ――そう、レガート様の心はいま、オスティナにあるのね。


 だから私が疎ましくなって避けるようになったのだと、すとんと胸に落ちた。

 将来を思えば、間違いなく歓迎すべきことだった。


 ――こうなったなら、あえて私から自分が仮初めの妻だという必要もないわよね?


 レガート様に真実を話すべきだと考えたのは、僭越ながら、彼が私を大切に思ってくれていると感じていたから。

 知るのが後になればなるほど、彼を傷つけると思ったからだ。

 けれど、レガート様がオスティナを愛しているのなら、後から本当のことを知っても喜ばしいだけ。

 叔父を裏切り、母の立場を悪くしてまで伝える必要はない……ように思える。

 その前に、そもそもレガート様に話をしてもらえないのだけれど。


 そういうわけで、私はレガート様に真実を打ち明けるのを諦めた。

 周囲の反応も、レガート様とオスティナに好意的だった。

 王妃様のレガートの様への仕打ちと、それにまつわる私たちの結婚の経緯は、多くの貴族が知るところだ。

 レガート様に対する同情の声は多く、なにより叔父の権力はすでに盤石となっていて、彼の娘であるオスティナを悪く言う者もいない。


 これで全てが丸くおさまる。


 そう考えたとき、自分でも驚くほど強く胸の奥が痛んだけれど……寂しいだけだと自分に言い聞かせた。

 私にとって、レガートさまが大切な家族であることに変わりはない。

 実際に離縁するのは彼が学園を卒業してからになるけれど、それまではかつて誓った通り、全力でレガート様をお支えしよう。

 私はそう、心に決めたのだった。

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