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『リタが私と離縁しないと言えば、ロバートは君を脅そうとしてくるだろう』


 それは、離宮から王宮へと戻る馬車でのこと。

 離縁をしないと宣言した私に、レガート様は真剣な表情でそう言った。


『……どういうことでしょうか?』

『つまりロバートは、とても焦っているんだよ』


 レガート様はそう言うと、口元に薄い笑みを浮かべた。


『従順だと信じていた私がリタを愛していると宣言し、ロスイング侯爵家と手を組んだ。それだけでも一大事だというのに、加えて次々と味方の貴族が裏切っていく……なかには公爵家の金の流れなど、手痛い情報を持っている者もいるわけだ』


 そうだ、レガート様はオルディ公爵派の貴族を取り込む工作をされていたのよね。


『この三ヶ月間、奴はその対応に追われっぱなしだったはずだよ』


 先日、公爵邸に赴いたときのことを思い返してみる。なるほど叔父はとても忙しそうだった。

 あの時も、味方の裏切りにあっていたのかもしれない。

 通りで戴冠記念の舞踏会以来、ずっと叔父からの干渉が少なかったはずである。


『ロバートは……そう、私を恐れ始めている。私をなんとかしないと、自身の権力が危ういと考えている。先代王妃の時ことも思い出しているだろうね』

『先代王妃様のとき、ですか?』


 なぜここでその名前がでてくるのかしら。

 疑問に思って訊ねると、レガート様はぱちっと瞬きしてから『その話は、またいずれ』と静かに微笑んだ。


『私が王太子の時分なら、その首をすげ替えることを考えたかもしれないが、即位をしたからそれも簡単にはいかない。私に手綱を握るためにも、まずはオスティナを王妃にしておきたい。言うことをきかない姪ではなくね』


 私は頷いた。

 叔父がすでに、私を邪魔と感じているのは間違いない。


『オスティナを王妃にし、後継ぎを生ませれば公爵家は当面安泰だ。元々、ロバートは国王の実祖父となって王政を牛耳るつもりだった。だから姪のリタが王妃ではカードとして弱かったんだろう……あれは野心の強い男だからね』


 青い目を細め、続ける。


『ロバートは、いまならまだ私に圧力をかけられると思っている。なにしろ公爵家の財力がなければ、王政は立ちゆかないんだから。下手に他国から姫をもらわれてはたまらない。そうなれば自分の身が危うい』


 一刻も早くオスティナを王妃にしたいのに、姪はいうことを聞かず、離縁をしないという。


『ならば、どうするか? ……ああもう面倒だ、殺してしまえ』


 低い声で告げられた言葉に、私は青ざめた。


『いくら叔父でも、そんな恐ろしいことを考えるでしょうか。だいたい王室の人間を暗殺など、容易なことではありません』


 いくらお飾りだったとはいえ、私には護衛がついているし、食事だって毒味がされている。

 それこそ、先代王妃様でさえレガート様の暗殺を成し遂げることはできなかったのだ。


『ロバートはやるよ。それだけ追い詰められているのもあるし、君を暗殺する方法があるからだ』


 けれどレガート様はそう言い切った。


『確かに王宮内での暗殺は難しい。君の侍女もすでに入れ替えられているしね。だけど、それなら外に誘いだしてしまえばいい。君は、お母君のことを持ち出されたら言うことを聞くしかないのだから』


 母の名前が出て、私は体をこわばらせた。

 確かに、母の身柄は叔父のもとにあり、人質にされたら私は従うしかない。


『もちろん、ロバートも自分で動くようなヘマはしない。誰かひとを使うだろう。都合が良いのは、君とお母君の事情をはじめから知っている人間だ。説明の手間も省けるし、事情を知る人間は少ないほどよい』

『つまり……』

『そう、その人物は公爵に雇われて、君の母君の世話をしている人間……もちろん居場所も知っているというわけだ』


 私は思わず息を呑んだ。

 母の居場所を知っている人間が、私に接触をしてくる。

 それは、母を取り戻す最大の好機となるだろう。


『ロバートがその作戦を決行するなら、私が即位の儀式でインクルヴァン大聖堂に入る今夜が良いと考える。君が王宮で頼れる相手はまだ多くないし、儀式の夜はそちらに人手を割かれて、王宮の警備は手薄になる……君も王宮を抜け出しやすいだろう。私は、君を呼び出だされた場所に行って相手を捕え、母君の居場所を吐かせるつもりだ』


 そこまで話を聞いたところで、私は長い息を吐いた。

 レガート様と離縁をしないと決めるにあたり、やはり母のことが気がかりだった。

 まずはレガート様に相談しなくてはならないと思っていたけれど……まさか、すでに手を打っておられただなんて。


『でも、私は母のことを、ほとんどレガート様に話したことがなかったのに……どうしてそこまで』

『リタが王宮に来たのには理由があるんだろうと思って、随分前に調べたんだ。リタに聞いても、遠慮をしているのかはぐらかされるだけだしね。ただロバートも君の情報はとても慎重に扱っていたから、当時は病気の母がいるらしいという情報を手に入れるのがやっとだった』


 出奔した公爵家の元嫡男と、同家の使用人との間に生まれた娘。

 それがどのようにして王太子妃になったかの詳細を知っているのは、叔父と私だけだ。

 いかにレガート様が調べようとしても、限界があっただろう。


『ただ、君のお母君が公爵家の管理下あることは予想がついた。母君の安全確保。私にとって、これがリタを手に入れるために必要な最後にして最大のピースだったというわけだ』


 その為に、レガート様は叔父へ揺さぶりをかけ続けていた。

 舞踏会で私を愛していると宣言したことから、全てが布石だったということ……。

 ありがたく感じると同時、その周到さをちょっとばかり怖く感じてしまうのは許してほしいところ。

 私でもそうなんだから、叔父の恐怖はきっと相当よね。


『……わかりました、私も一緒に叔父と戦います。まずは叔父のところに行って、離縁をしないと宣言すれば良いのですね』

『いまの話を聞いていた? 君の暗殺を企むような手の場所に行かせるわけないだろう! 手紙でいいよ、手紙で』

『ですが、本当に手紙だけで叔父が私の暗殺を決意してくれるでしょうか? 叔父だって、王妃の暗殺なんて危険なこと、最後の手段にしたいはずでしょう? もっとこう、カッとなってもらったほうが良いのでは?』


 ことを確実にするためには、叔父の頭に血を上らせて早まってもらったほうがいい。


『叔父とて、公爵邸のなかで私をどうこうするはずもありません……私が直接会って伝えます』


 言い切ると、レガート様はとても渋い顔をした。

 そして私と『いや』『でも』『だから』としばらく言い合ってから、『公爵に会って伝えるだけなら』と歯を食いしばった。


『それから、私の母の居場所を知っているという人間。その者を確保するときには、私が囮になります』

『は?』

『相手だって、こちらの出方を警戒しています。待ち合わせ場所に私がいないと気付いたり、不審な点があったりすれば逃げられるかもしれないわ……ギリギリまで引きつけておきますから、レガート様は確実に相手を捕らえてください』

『いや、ダメだ。危険すぎる』

『……お願いよ、お母さまが心配なの。もしも失敗したらどうなるか』

『そんなことにはならない。私が確実に捕らえるから』

『一緒に戦うと言ったじゃない、それってこういうことではないのかしら!』

『無理です、無理無理無理……!』


 突然敬語になり、カタカタと小刻みに震え続けるレガート様を、帰路の間、説得し続けること数時間。

 途中レガート様による激しい泣き落としがあったものの、とりあえず一歩も引かずにいると、最後には『アンネを連れて行くなら』と頷いてくれた。


『リタが死んだら、私も死ぬから』


 そして、まるで死人のような表情でそう告げたのだった。


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