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「レガート様と離縁はいたしません」
王都に戻ったその日のうちに、私は公爵邸を訪れ、叔父に向かってそう宣言をした。
「私を裏切ると言うのだな……それがどういうことか、分かっているのか?」
書斎椅子に座る叔父が、冷ややかに告げる。
私はその質問には答えず、テーブルに広げられた鉱山地図へ目をやった。
調査地点にはそれぞれ小さな札が置かれ、横には採取された石の標本が並べられている。
そしてそれは、鉱山の東区域に集中していた。
「閣下は、どうしてゴールドサファイアがこの国にあると確信しておられるのですか?」
「なに?」
「父から、そう聞いたからではありませんか?」
訊ねると、叔父がぴくりと眉を上げた。
その顔つきは、兄弟だけあって、やはりどこか父に似ている。
私は、父が亡くなったときのことを思い返していた。
父は鉱石の調査をしにいくと家族にいい残し、その帰りに暴漢にあって亡くなった。
盗まれたのは財布とわずかな貴重品、そして父がいつも身に着けていた手帳。
麓の町近くでの出来事で、犯人はいまだに捕まっていない。
「あの年、北の鉱山に調査隊を出していた貴族の家は三つ。そのうちひとつがオルディ公爵家ですね」
かつて、私はレガート様に協力をしてもらって当時の記録を調べた。
父の名前は見つからなかったけれど、調査隊を出していた家の名前などはわかった。
「それがどうしたというのだ。公爵家は、ほとんど毎年調査隊を出している。なにも珍しいことはない」
叔父が肩を竦める。
「お前の父が偽名を使い、うちの調査隊に参加していたと考えているなら、それは違う。疑うなら、その年の名簿にある参加者に連絡をとってみるといい。全員が存在している人間だとすぐにわかるだろう」
それは、きっとそうなのだろう。けれど。
「私の父がそのとき、その鉱山近くにいたことは間違いないのです。そして閣下もそこにおられた」
貴族が鉱山地帯に調査隊を出す場合、立ち会い役として一族の男性が同行するのが慣例だ。
全日程をともにするわけではないけれど、最初と最後の数日間は麓の町に滞在する。
調査記録によれば、そのときの立ち会い役は叔父だった。
「叔父様は父と再会し、ゴールドサファイアを見つけたと聞いたのではありませんか? 『マリーが導いてくれた』のだと」
それは、私たちに残された最後の手紙に書かれていた文面。
そしてマリーとは、母の名前であると同時に、東の一番星の名前でもある。
未発掘の鉱床を探しているという状況でその言葉を聞いたなら、人はどう思うか。
マリーが昇る、東の空の下にそれがあると推測するのではないだろうか。
「だから叔父様は、鉱山地帯の東区域ばかりを重点的に探しておられるのでは?」
前回、叔父に会いにここに来たあと、気になって公爵家の調査記録を取り寄せて調べたのだ。
すると公爵家が、もう何年もの間、東地区の探索に力を入れていることが分かった。
「もしかすると叔父様は、父の死について、なにか知っておられるのではありませんか?」
鎌をかけるともいえない。
状況証拠すらない、全て、私が憶測で並べた点に線を繋げたにすぎない。
けれどいま、不思議なほど確信があった――
「なるほど、お前は、お前の父を私が殺したのではないかと言いたいわけだ」
そう、この人が私の父を殺したという確信。
――だって叔父は、ゴールドサファイアが『あると知っている』と言ったのよ。
そして叔父は、私と同じように、父が嘘を吐く人間ではないと『知っていた』はず。
当時の状況をみても、私は、叔父が父からそれを聞いたのではないかと思うのだ。
そして、その帰り道で父が事故にあったというのなら……。
「もしそうだったとしたら、お前どうするというのだ?」
叔父は鷹揚に背もれにもたれ、肘掛けに両手を乗せた。
「証拠などあるはずもない。たかだかお飾りの王妃にすぎないお前に、私を糾弾できるはずもない」
私を見つめる灰色の瞳は、震えあがるほどに冷たい。
「さて、もちろん私はお前の父を殺してなどいない。しかしよく考えてみることだ、お前の母を預かっているのが誰かということを」
私は息を飲んだ。
母の居場所を握っているのは、叔父だけだ。
「……お前は、お前の父とよく似ている。目先の情にばかり囚われて、先が見えていないのだ」
青ざめる私にそう告げて、叔父が嗤う。
「離縁をしないというのなら、お前の母はどうなるか。これが単なる脅しかどうかよく考えてみることだ」
――まずは、お母さまを助け出さないと。
公爵邸からの帰り道、馬車のなかで私は焦りに胸を焼いていた。
叔父の言葉を思い出しては、膝に置いた手を組み替える。
――やっぱり、父を殺したのは叔父様に違いないわ。
さすがにそうとは言わなかったけれど、先ほどのやり取りはほとんど白状しているも同じもの。
正直、なんの証拠も持たない私に対し、叔父があそこまで犯行を匂わせるとは思っていなかったので驚いたぐらいだ。
――それだけ、私のことを軽くみているのね。
お飾りの王妃にできることなどないと見下し、どうせなら脅しに使ってやろうという腹だろう。
いや、叔父の言ったとおり、これはきっと脅しではない。
私が言うことを聞かなければ、母はどうなるか……。
堪らない気持ちのまま王宮に戻り、私室に入る。
公爵邸で起こったことをすぐにでもレガート様にご相談したかったけれど、彼はすでにインクルヴァン大聖堂に入って、最後の儀式を受けておられる。心細いけれど……仕方のないことだ。
部屋のなかを歩き回ったり、座ったり立ったりして、落ち着かない気持ちのまま時間だけが過ぎていく。
やがて日も暮れた頃、アンネが一通の封筒を持って駆け込んできた。
「王妃殿下、フリオ・リクセントから早馬で手紙が届きました」
私は小さく息を飲んでから、それを受け取った。
オペラで再会したあと、フリオから手紙が届いたら、検分をせず直接私のもとへ届けてもらうように手配をしてあった。
彼が『ゴールドサファイアの情報があれば伝える』と言っていたためである。そのことも、事前に彼に手紙で伝えてあった。
私は、はやる手つきでなかの便箋を取り出した。
「これは……」
内容に目を通し、私は無意識にそう声をもらした。
もしかすると、ゴールドサファイアのことかもしれないと思ったけれど……。
「私もよろしいですか?」
ただならぬ私の様子に、アンネが訊ねる。
頷くと、横に立って手紙を読み、最後に私へ視線を向けた。
「王妃殿下……」
「ええ」
私たちは顔を見合わせ、頷きあった。
手紙の内容はこうだ。
『王妃殿下……いや、ぼくの可愛い妹であるリタへ。実は、ぼくはオルディ公爵閣下に雇われて、君のお母さまの世話役を預かっていたんだ。だが先刻、使いが来て君のお母さまを拘束するように命じられた。だけどぼくは君の味方だ。お母さまを安全な場所に移したいが、ぼくだけでは無理だ。どうか君にも協力してほしい。これを公爵閣下に知られたら、ぼくはおしまいだ。どうかひと目を避けて、誰にも告げず、地図の場所まで来てくれないか。そこに馬車を用意する。機会は今夜しかない、急いで。詳しいことは会ってから伝える。 フリオ・リクセント』
封筒には他に、待ち合わせ場所が書かれた地図と、ハンカチが入ってあった。
「……このハンカチは、母の誕生日に私が贈ったものよ」
ハンカチには刺繍が入っていて、それは確かに私が施したものだった。
フリオが、母の身柄を預かっているというのは間違いないらしい。
「リタ様、どうされますか?」
アンネが鋭い声で訊ねる。
私は長い息を吐いた。
「もちろん行くわ」
アンネを見つめ、強い声で告げる。
「外に出るわ、用意をしてちょうだい」




