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 二階には国王と王妃それぞれの私室があり、そのどちらからでも行き来ができる主寝室が用意されている。

 私たちはまず、共に過ごす主寝室に入った。

 室内は王宮と変わらない豪華な造りで、家具や調度品もどれも素晴らしい品だった。


 ――今日は、ここで一緒に寝るのね。


 最近は添い寝をしていなかったから、久しぶりだ。

 考えているうちに顔が熱くなってきて、それを誤魔化すように私は部屋の奥にある大きな窓へ近寄った。

 向こうには湖が見える。


「……綺麗ですね」


 さすがに見事な景観だわ。

 感動していると、ふっとあることに気付いた。


 ――あら? この窓、開かないのね。


 窓には開閉するための取っ手がなく、もちろん鍵もない。

 嵌め窓のようだけれど……どうして?

 不思議に思って下を覗き込んでみると、そこは人ひとりギリギリ立てるだけの崖になっていた。近くには木などもなく、落ちても死にはしないだろうけど、それなりに怪我はしそうだ。


 ――なんというのかしら……まるで、ひとを軟禁するために誂えたような立地だわ。


 またも不穏なことを考えてしまい、私は慌てて頭を振った。

 初代の国王様が建てた離宮に、なんて失礼なことを……。


「リタ」


 混乱していると、レガート様の呼ぶ声が聞こえた。

 間を置かず背後から抱きしめられ、ふわりと彼の良い匂いがした。首筋に息がかかってくすぐったい。

 振り向くと、すぐそこに端麗な美貌があって、私はキスをされるのだと思って目をとじた。

 そのまま待つこと一秒……二秒……。


「……ピクニックにいかないか?」


 彼の言葉に、ぱちっと目を開いた。

 レガート様は悪戯好きそうな笑顔を浮かべている……からかわれたんだわ!

 もうと唇を尖らせてから、ピクニックかーと思った。

 うん、とっても素敵なお誘いだわ。


「では、私がサンドイッチを作りましょうか」

「リタが?」


 目を丸くするレガート様に、私は頷いた。

 王宮では体面もあるし、料理人たちの都合もあってあまり勝手なことはできないけれど、ここでなら多少自由に振る舞っても誰も困らないはず。


「こう見えても、料理は得意なんですよ」


 なんといっても元使用人なので、料理は仕事のうち。


「嬉しいな」


 レガート様が破顔する。


「リタの手料理か……夢みたいだ」


 そう呟く彼の表情が本当に、心から嬉しそうに見えて、私の胸はきゅんと高鳴ったのだった。




「早くバスケットを開けよう」


 湖畔に広げた敷物に座るなり、レガート様が待ちきれない様子でそう言った。


「そんなに急がなくたって……中身は分かっているんですから」


 私が厨房でサンドイッチを作っている間、レガート様はずっと真横に立って眺めていたのだ。

 あまりにまじまじ見られるものだから、緊張して味付けを間違える所だった。


「いいや、待ちきれない」


 レガート様は真顔である。


「君も知っているだろうが、人生というものは残酷だ。一秒先になにが起こるかわからないし、楽しみを控えているときにこそ悲劇は起きる。このすぐ後に私の寿命がきて、リタのサンドイッチを食べずに心臓が止まってしまったら、私は死んでも死にきれない」


 サンドイッチを食べるのに、これでまでの人生の悲哀を滲ませないでほしいのだけど……。


「そんな、縁起でもない」


 呆れて返事をしてから、バスケットを見下ろす。


「でも、確かにお腹が空きましたね」


 離宮についたのが昼前。それからサンドイッチを作り始めたので、遅めの昼食になってしまった。

 私がバスケットの蓋を開くと、レガート様はずいと前のめりになってなかを覗き込んだ。


「美味しそうだ」

「普通のサンドイッチですよ」


 つい謙遜してしまったけれど、我ながらおいしそうに出来たと思う。

 メインは鶏肉を蜂蜜とビネガーで甘辛く味付けしたものと、新鮮な葉野菜を一緒に挟んだもの。

 他にも人参マリネのサンドイッチと、果物のサンドイッチも用意してある。

 彩りも断面も綺麗だし、久しぶりに作ったにしては上出来だろう。

 でも、レガート様には素朴すぎるかしら。


「いかがですか?」


 鶏肉のサンドイッチ手に取って食べるレガート様に、おそるおそる訊ねる。

 けれどレガート様からの返事はない。

 私は少し不安になって彼の顔を覗き込み……ぎょっとしった。

 彼の夏色の瞳に、うっすらと涙がにじんでいるように見えたからだ。

 そんなに不味かったかしら? やっぱりお砂糖と塩を間違っていれてしまったのかもしれない!


「あの……レガート様、お口に合わないなら無理をして食べられなくとも……!」

「美味しいよ、すごく美味しい」


 うろたえる私に、レガート様は噛みしめるように呟き、笑みを浮かべた。


「ごめん、ちょっと目に砂が入って。サンドイッチはすごく美味しい。本当だよ……作ってくれてありがとう、リタ」

「そうでしたか……」


 レガート様が長い指で目を擦る。

 そして「美味しい」「世界一美味しい」「こんなに美味しいものは食べたことがない」「ものを腐らせない魔法があるなら、このサンドイッチを国宝にして飾るのに」と言いながら、どんどんサンドイッチを食べていく。


 ――良かったわ、本当に美味しいみたい。


 ほっと胸をなで下ろしてから、自分もまたサンドイッチを手に取った。うん。鶏肉が甘辛くって良い感じだわ! 味付けに卵とビネガー、それからオリーブオイルを混ぜ合わせた調味料を使ってみたんだけど、これもまた美味しい。野菜もシャキシャキしているし!


 ――これぐらい……本当なら、いつでも作って差し上げたいけれど。


 離縁をしてしまったら、それすら出来なくなるのだ。

 そんな当たり前のことに、あらためて現実を感じてしまって胸がずんと重たくなる。


「……それにしても、晴れて良かったですね」


 満足のいくまでサンドイッチを食べたところで、私はそう言った。

 陽光に煌めく湖の、なんと美しいこと。

 風も心地良いし、旅にはぴったりの日になった。


「そうだね」


 レガート様がにこりと頷く。

 私は、彼の目の下に浮かぶくまが気になった。

 お日様の下でピクニックという健康的な場面だからこそ、その不健康さがやけに目につく。

 本当に……今日の休暇を取るために、たくさん頑張ってくれたのよね。


「レガート様、少しお昼寝でもされてはいかがです?」

「平気だよ」

「でも……」

「そうだな。リタが膝枕をしてくれるっていうなら、休んでもいいけど……」

「良いですよ」


 私の唇からは、つるっとそんな返事が滑り落ちた。


 ――いいわよね、それぐらい。


 だって、私たちが夫婦でいられるのはあとちょっとなんだもの。


「勝負なら、私は断れません」


 言い訳を付け加えると、レガート様は僅かに目を瞠ってから、したり顔で頷いた。


「そうだ。勝負なら、リタは断れない」


 レガート様が、私の太ももに頭を乗せて横になる。緊張しておられるのか、首にずいぶん力が入っているようで、私もつられて体を固くした。


 ――膝枕って、思ったよりもくすぐったいのね。


 私はもぞりと膝をすりあわせた。脚を枕として提供しているだけなのに、体がそわそわして、顔が熱くなってくる。


「とても心地良い。多分、ここが天国だと思う」


 大げさな物言いに、私は思わずくすっと笑った。


「レガート様は普段、国王として重責を負いながら公務を頑張っておられるのです。どうか体を休めてください」

「……うん」


 頷いて、レガート様が目を閉じる。

 私はそっと、風にそよぐ彼の髪を撫でた。


 ――幸せだわ。


 自然と、そんな言葉が胸に湧き上がった。


 ――ずっと、こうしていられたらいいのに。


 けれどそこで、私は自分の考えに違和感を覚えた。

 目を空に向け、口を横に引き結ぶ。

 なにかしら、胸がもぞっとするわ。苦しいとか、痛いとか……切ないとかとも違う。

 そう、これは、もやっとするというやつだ。

 私は自分に対して、いま、もやっとしている。

 でも、どうして?

 彼のためにも、私のためにも、離縁をするのは正しい決断のはずなのに。

 ただ、理由はわからないけれど、自分が大きな間違いを犯そうとしているような、そんな気がしたのだ。


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