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18


「陛下……どうしてここに?」


 訊ねるオスティナの声は震えている。

 レガート様がここに来るとは夢にも思っていなかったのだろう。それもそのはず。だって、本来なら彼は朝議のため王宮を出ている時間だ。


 ――だけどレガート様は、隙間時間ができるたびに私に会いにくるのよ……!


 おそらくいまは、朝議が早めに終わったので私の顔を見に戻ってきたというところ。

 大事になりそうな気配に、私は頭を抱えた。


「リタに手をあげたんだね? オスティナ」


 私の顔を見て、レガート様が静かに呟く。

 どうやらひと目でわかるぐらい、叩かれた頬が赤くなっているらしい。


「愚かだな……王室の人間に手をあげるなんて」


 夏色の双眸がきっとつり上がる。

 レガート様が、こんなにはっきりと怒りを顔に出すのは珍しい。というか……はじめて見たかもしれない。

 私に迫ってくるときも……瞳孔はばっちり開いていたけれど、顔は笑顔だったり真顔だったりしたもの。

 先代王妃に虐げられていたときだって、レガート様は静かに耐えておられた。

 そして、とても不謹慎なことだけれど。怒っているレガート様の、足下で静かに炎が揺らいでいるようなその姿に、私はうっかり見蕩れてしまっていた。


 ――美しいひとって、怒っている姿も神々しいのね。


 自分でも呑気だなと思うけれど、これはもう条件反射のようなものだ。レガート様が美しいのが悪い!

 と、心のなかがそういう状況だったので、次にレガート様が発した言葉に私は思いきり出遅れてしまった。


「彼女を捕らえろ」

「ひっ」


 レガート様が手を上げて背後に控える兵士に命じ、オスティナが短い悲鳴をあげる。


「待って、待ってください!」


 私は、慌てて二人の間に割って入った。


「オスティナを捕らえるなど、ダメです! いけません! そんなことをしたら公爵閣下が……!」

「公爵がなんだというんだ」


 私の言葉に、レガート様がそう吐き捨てる。


「私にはもう、ロバートの後ろ盾は必要ない」


 そう告げる顔には、はっきりと苛立ちが浮かんでいる。


「陛下は、私を愛しておられたのではないのですか!」


 オスティナが叫んだ。


「私が、一度でも君に愛しているといっただろうか」


 醒めた目を向けられて、オスティナが絶句したのが分かった。


「で、ですが! 陛下はそのような態度をとっておられたではありませんか! 私を騙しておられたのですか!」

「うん、そうだね」


 レガート様は短く頷いた。


「私は確かに君を騙した……ロバートを欺くために、君に愛していると勘違いさせる態度をとった。認めるよ。だけど、私に妻がいることは君も知っていたんだ。そして妻であるリタの前で、私にベタベタとまとわりついていた。私がなんど注意してもだ。君がそういう恥知らずな人間のおかげで、嘘をついても、私の心はまったく痛まなかったよ」


 まるで天使のような柔らかな笑みを浮かべ、続ける。


「君が最低な人間で本当によかった。ありがとう、オスティナ」


 瞬間、オスティナの顔が怒りで真っ赤に染まった。


「お父さまに言いつけてやるわ! どうなっても知りませんわよ!」

「その台詞、そのまま君に返そう。次にリタに手を出したら、どうなっても知らないよ」


 レガート様がゆっくりとこちらに歩み寄る。そして私の肩に腕を置くと、その向こうにいるオスティナを睨みつけた。


「今日のところは見逃そう。二度とその顔を私たちの前に見せるな」


 悔しそうに顔を歪め、オスティナが部屋を飛びだしていく。その後ろを、彼女の侍女達もまた狼狽えた様子で追いかけていった。


「……リタ、申しわけないけど、もう少し我慢してほしい。いますぐオスティナを牢に放り込んでやってもいいのだけど、ロバートと戦うのにまだ最後のピースが足りていない。いまはまだ、簡単に外に出されてしまう」


 オスティナに叩かれた私の頬を撫で、レガート様がちっと舌打ちをする。

 ちなみに、レガート様の舌打ちを聞くのもはじめてである。あの可愛らしく、天使そのものだったレガート様が不良になってしまわれたようで、少しばかりショックだった。


「オスティナを捕らえるなど……そんなの、ダメに決まっているではありませんか!」


 私はあくまで、叔父とレガート様に平和的な関係でいて欲しいのだ。

 いまのことだって、叔父に伝わったらいったいどうなることか……考えるほど不安で胸が重たくなる。

 しかし、レガート様はそれには答えず、ちらりと私の首筋に目をやった。


「これをオスティナに見られたかな。私のせいでリタに痛い思いをさせてしまった……ごめん」


 眉をさげ、肩を落とすレガート様は、心から落ち込んでいるように見える。


「これぐらい平気です」


 私の方も、自然とレガート様を励ましてさしあげたい気持ちになって、つい昔のように彼の頭を撫でてしまった


「良くないな……本当に反省しているのに、リタにこうして甘やかされると、嬉しくてキスをしたくなる」

「いけません! アンネだっているのに……!」


 私の肩にこてんと顔を乗せていうレガート様に、私は顔を赤くして部屋を見渡した。

 けれど……あら、アンネがいない。レガート様が連れてきた兵士たちもだ。

 気付けば部屋はふたりきりで、扉もぴたりと閉まっているではないか。


「アンネなら、兵士達を連れてオスティナに奪われたものを取り返しにいったよ」


 いつの間に!


「二人きりならいいってこと……だよね?」


 レガート様がそう言って、美しい顔を寄せる。私は反射的に目を閉じて……唇が重なった。

 三度目のキスは、前の二度より長く。さらに角度を替えて、四度、五度と、繰り返す度に深くなっていく。


「……んっ」


 頭が痺れる。足に力が入らなくなり、その場にくずおれそうになる私の腰を、レガート様が片手で支えた。

 そして反対の手の、長い指で私の唇をぬぐった。


「……母の形見、ゴールドサファイアのブローチか」


 ふいにレガート様の口から発せられた単語に、私はぼんやりと目を開いた。

 彼の目は、私が両手に抱えたままの宝石箱に向けられている。


「その鉱床を王家が見つけて所有できれば、公爵の力がなくとも王家の財政は揺るがないな」

「まさか……見つかったのですか?」

「いや、まさか」


 レガート様は小さく首を横に振った。


「そんなものがなくても、公爵のことはなんとかするよ」

「……どうやって?」


 訊ねると、レガート様は秘密を覆うように笑った。


「それは、リタにはまだ言えない」


 小さくため息をつく私に、レガート様は「だが」と続けた。


「私は必ず公爵家を退け、王家の力を強く、揺るがないものにしていくつもりだ……私が望むもののために」


 そう告げる青い眼差しは、まっすぐ私に向けられている。

 ……私はずっと、彼にご自身の望む治世を行って欲しいと考えていた。

 だけど、実際にその在り方については語ってもらったことがない。

 私から聞いても、「私の望む国? リタとずっと一緒にいられる国かな」とはぐらかされるばかりだったからだ。


 ――レガート様は王家を強くしたいと思われているのね。


 確かに、叔父の庇護下にいては、政治においても過大な忖度を強いられることは容易に想像がつく。

 そしてオスティナとこうなった以上、私と離縁しても、叔父はレガート様をお飾りの王にしようとするかもしれない。

 ならば……レガート様が叔父と縁を切ることを望んでおられるのなら、それはそれでよいことなのかもしれなかった。



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