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 その頃、新たな厄介ごとが持ち上がった。

 王妃がいなくなったことで、オスティナが王宮を自由に出入りできるようになったのだ。


『うざすぎる』


 なにかとまとわりついてくるオスティナに、私はうんざりしていた。

 さらに納得がいかないのはリタの態度だった。

 自分の夫がべたべたと触られているというのに、文句をいわないどころか、仕方ないという顔で……。


 ――いや、鬱陶しいのはオスティナだ。


 不敬を理由に牢に入れてやりたいぐらいだったが、仮にもリタの血縁であるし、私たちの平和な暮らしのためにも、公爵と敵対するのは避けたかった。

 仕方なくオスティナには遠回しな注意を続けていたが、そのうちに限界がきた。


『オスティナ……分かっていると思うけれど、私の妻はリタだ。そうベタベタされると、リタだって不快な思いをする。もう私には近寄らないでくれ』


 オスティナは怒るかと思ったが、意外にも勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


『殿下、お従姉さまは、私があなたと結婚するまでの仮初め妻なのですよ』


 まさか。

 笑い飛ばそうとして、それが出来ない自分がいることに気付いた。

 私はロバートを王宮の私室に呼び出した。

 そしてオスティナが言ったことの説明を求めると、彼は仕方なさそうに事実を認めたのだった。


『オスティナの言う通りです。できるなら、最初からオスティナを王太子妃にしたかった。しかし当時の状況では、幼いオスティナに役目を果たすのは難しいと判断したのです。そこでまずはリタを王太子妃とし、いずれ情勢が落ち着いたあとに離縁させようと計画をいたしました』


 もちろん、私とて公爵のいうことを考えなかったわけではない。

 けれど、リタとて公爵の姪である。

 公爵家の体面を考えれば、離縁まではさせないと判断したのだ。


 ――ロバートは、国王の祖父になりたいのか?


 オルディの家名に傷を付けてでも欲しいものといえば、それぐらいしかない。


『陛下も、卑しい身分の母を持つ娘よりオスティナのほうが良いでしょう』

『私は、リタと離縁するつもりはない』

『困りましたな。オスティナが王妃にならないのであれば 私が殿下を支援する理由はないのですが……』


 ロバートはさして困っていない表情で、平然と続けた。


『これはリタも納得していることです』


 それを聞いた瞬間、頭を殴られたような衝撃を受けて視界がぐらついた。


 ――リタも納得している?


 嘘に決まっている。

 だって、リタは約束をしたのだ。

 ずっと、ずっとずっと私と一緒にいると……。

 もし、リタがすべてを分かったうえでその約束したのだとしたら、それは……。


 ――嘘つき。


 ああ、そうか。

 血が凍りつくような感覚のあと、全てが腑に落ちた。

 ずっと心に刺さっていた棘の正体がようやく分かって、私は口元に笑みを浮かべた。


 ――リタが嘘つきだったからだ。


 通りで、なにをしても『リタを失う』不安から逃れないはずだ。


『殿下?』


 急に黙り込んだ私を、ロバートが不思議そうに呼んだ。


『いや、なんでもない』


 私はぱっと笑みを浮かべた。


『うん、確かにロバートの言う通り、リタよりオスティナの方が王家に相応しい。なによりロバート、お前の信頼を失うのは困る』


 現実問題、王家の体制はほぼ崩壊していていた。

 国王は部屋に引きこもり、王太子には力がない。

 さらに一連の政争を勝ち抜いた公爵家の力は肥大化していた。

 私自身に兄弟はいないが、父には弟が一人いる。

 いまの公爵の力をもってすれば、王太子をすげ替えることも可能だろう。

 それでリタと一緒にいられるならよいが……おそらくそうはならないし、下手すればリタの身に危険が及びかねない。


 ――力がいる。


 この先もリタと夫婦でいるためにはロバートが邪魔だ。

 なんとしてもこの男を排除しなければならない。

 そのための力を手に入れるまでは、ロバートに真意を悟られるべきではない。


『そういえば、殿下もそろそろ学園へご入学ですね』


 私の返事に気を良くしたらしいロバートがそう言った。

『いまはまだ政情も不安定ですし、オスティナとの婚姻は卒業後がよろしいかと』

 その提案に、私は笑顔のままで頷いた。


 ――学園で味方を作ろう。


 学園には貴族の子息令嬢が集まるから、まずはそこで人脈を作る。

 それまでは『オスティナを愛している』フリをして、ロバートを欺く必要がある。

 となると、問題になるのは――。

 ロバートが帰ると、私はバルコニーに出て庭を見下ろした。

 そこには、のんびりと散歩をするリタの姿があった。


 ――リタには、すべて話しておかないと。


 リタが私に嘘をついていた事情は、だいたい察しがつく。

 ロバートの命令を断れなかったのもあるだろうし、『可哀想な王太子』には本当のことを言えなかったのだ。

 彼女が私を大切に思ってくれる気持ちは間違いなく本物だった。

 だからこそ、理由も告げずにリタを突き放したら、きっと傷つく。

 彼女に嫌われても文句はいえない。

 だが、いまリタに全て話したとして、彼女がロバートに密告しないと断言できるだろうか?

 リタは優しい。

 優しいからこそ、身を引く可能性がある。

 それを、いまの私では止められない。


 ――もしかすると、離縁をしたほうがリタは幸せになれるかもしれないな。


 王宮に来る前、リタは市井で暮らしていたと聞いている。

 彼女にはきっと、宮廷の暮らしは窮屈に感じられたことだろう。

 リタは宝石が好き……正確には、石の善し悪しや種類を学ぶのが楽しいようで、私にもよく講義をしてくれていた。

 いまでもとても熱心に勉強をしているから、離縁したらその知識を活かした道に進むということも……。


 ――ああ、違うな。


 きっと、順番が逆だ。

 リタは離縁した後のことを考えてそれらの勉強をしているのだ。


 ――そうだ、リタはずっと、私と別れた後の未来を考えていた。


 義母を処刑に導き、『これでリタと一緒にいられる』と無邪気に喜んでいた、その間も、ずっと。


 ――吐き気がする。


 離縁をすれば、リタは自由に生きられるだろう。

 好きな場所で、好きなことをして、好きな誰かと暮らしていく。


 ――私以外の、誰かと。


 私はバルコニーの柵を両手で掴み、俯いた。


 ――許せない。


 知っていた、リタは私がいなくても生きていけることぐらい。

 彼女が私に向ける愛が、家族へのそれだということぐらい。

 知っていて、それでいいと思っていた。

 リタが傍にいてくれるなら、私は何だってよかったんだ。


『はい、もちろんです! 私はずっとレガート様のおそばにおりますから!』


 彼女の言葉を信じていた。信じていたかった。

 私に愛をくれた人。私の世界のすべて。

 彼女の施してくれた愛を、無邪気に、無条件に信じていたかった。

 だから私は……ロバートが私たちを離縁させるはずがないと自分に思いこませた。

 公爵家にも体面があるという、簡単な理由を作って安心を得ようとした。

 彼女の愛を信じるために、疑うことをやめていたのだ。

 なんと愚かで、甘かったことだろう。


 ――許せない。


 涙が流れる。落ちる、落ちる、落ちる。

 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない。

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。


『嘘つき』


 私は、眼下で微笑むリタを見つめた。

 愛しいリタ。可愛いリタ。私が愛する唯一の人。

 彼女はひどい嘘つきだった。

 死が二人を別つまで一緒にいると約束をしたのに、嘘を吐いたのだ。

 私は長く細い息を吐いてから、あらためて目の前の二択を見つめた。


 ――リタに真実を話せば、公爵に密告されて逃げられるかもしれない。

 ――話さなければ、嫌われて心を失うかもしれない。


 うん、それなら、心はいらない。

 嫌われても、リタが傍にいてくれるなら私はそれでいい。

 だって嘘つきは、鳥かごに閉じこめられても仕方がないのだから。




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