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しばらく朝昼夜の三回更新します!


 戴冠式から約ひと月が過ぎ、迎えた休息日。

 私は王都郊外にある教会に来ていた。

 ここに併設されている孤児院の慰問のためだ。

 教会の広場で駆け回る子ども達を見つめながら、私はひっそりと大きな息を吐いた。


 ――やっっっと! レガート様から離れられたわ!


 私とレガート様の『勝負』はまだまだ続いている。

 そして『片時も離れない』というルールのもと、レガート様はご公務の合間や食事のたびに私を呼びだし、膝の上に乗せて「あ~ん」をしてくるのである。というかご公務の時も……さすがに来賓があったり、会議があったりするときは自粛しておられるものの、執務室での書き仕事の時は、私を膝に乗せてという状況。

 ほっと出来るのは、夜眠るときぐらい。その他の時間はいつ呼び出されるかとドキドキ……いいえ、ヒヤヒヤしていなければならず、落ち着かないというわけだ。


 ――さすがに王宮にいなければ、呼び出されることもないものね。


 この慰問は私がずっと続けているもので、予定も戴冠式の前から決まっていた。

 決してズルをしているわけではないし、少しゆっくりさせてもらっても罰は当たらないはず。


「王妃殿下、いつもありがとうございます」


 声をかけてきたのは、教会の司教だ。


「今回もまた、たくさんのご寄付をいただいて……」

「ご寄付は、陛下からですから!」


 にこりと笑って、司教の言葉を訂正する。

 私はここ数年ほど、孤児院や、貧しい母子家庭を援助する活動を行っている。

 もともと財産があるわけでもないし、私が自由に使えるお金は王室手当ぐらいのものだから、大きな金額ではないのだけど……。

 そしてこの活動が少しでもレガート様のためになれば思い、寄付などは彼の名前で行っていた。


 ――地道な活動だけれど、人の役にたっているし、レガート様の名声にも繋がるかもしれないものね。


 これも姉心というものだ。

 もちろん、こうした活動を行うのはレガート様のためだけではない。


「王妃様!」


 そこに、数人の子ども達が私に声をかけてきた。


「どうしたの?」

「あの……これ……王妃様に作ったんです」


 そう言って、ひとりの少女がシロツメクサで編まれた花冠を差し出す。


「まあ、私に?」

「うん!」

「ありがとう、とっても嬉しいわ!」


 そっと前に頭を傾けると、少女が小さな手で花冠をのせてくれる。

 シロツメクサの優しい香りがふんわりと広がり、胸があたたかくなった。


 ――この子たちが皆、幸せになれますように……。


 ここは孤児院。みんな元気そうに見えるけれど、この子たちには両親がいないのだ。

 私はこれまでも、そしてこれからも……こういった子ども達の力になりたいと思っている。

 私の母のように、一人で子どもを育てている女性の力にも――。


 ――お母さま。


 自然と母とふたりで暮らしていた頃のことを思い出し、私は瞼を伏せた。


 叔父が迎えに来る前、私と母は、ある商家の家で住み込みの使用人として働いていた。

 もともとは父が母と駆け落ちをしたあと、身を寄せる先として頼った友人の家だった。父が公爵家にいた頃に援助をしていた相手でもあり、向こうからぜひにと招かれたと聞いている。

 また父は宝石に詳しかったので、その知識を活かして仕事を手伝って欲しいと請われたそうだ。

 私もそこで生まれ、しばらくは幸せな日々が続いた。

 商家のひとたちは私たちに一番良い客室をあてがい、専用の使用人をつけてくれた。

 母のことは『奥さま』、私のことは『お嬢様』と呼び、丁重に扱ってくれていた。

 けれど私が七歳の時に父が亡くなると、母は商家に頭を下げ、『使用人として働くので、このまま屋敷においてほしい』と願い出た。すべて私のためだ。幼い子どもを連れ、市井で生きていくのは簡単なことではないから。

 私たちの住まいは、客室から使用人部屋に変わった。荷馬車を止める厩のすぐ側にあって、干し草や糞尿の、むっとむせかえるような匂いがしたのをよく覚えている。

 結局のところ、商家の人間が私たちによくしてくれていたのは、友人の一家だからではない。父が公爵家の人間で、いずれ戻るかもしれないと考えてのこと。

 そこを分かっていなかった父は、やはり育ちが良い人だった。そして母は最初から全て理解していたのだ。

 母はその後、どの使用人よりも懸命に働いた。

 そんな母を助けたくて、私も子どもながらに仕事を手伝った。掃除、水くみ、使い走りに靴磨き。すると多少ながらお手当がもらえて、とても誇らしい気持ちになった。

 そうしてなんとか日々を送るうちに、気がつけば父の死から五年が過ぎていた。

 私も十分に外で働ける年になり、そろそろ商家を出てもよいのではないかと相談していたころ、長年の無理がたたって母が倒れてしまったというわけである。


 ――それだけ無理をしないといけないぐらい、母親がひとりで子どもを育てていくというのは大変なことなのよね。


 とくに先代王の時代、国民の暮らしは貧しかった。

 商家で雇って貰えていなかったら、母は身を売るか、他の男性に嫁ぐか……私を手放すしかなかっただろう。

 だから、商家の人には私も母も感謝をしていた。


 ――商家で働いたおかげで、私も宝石の知識が身についたしね。


 もともと父に教えてもらっていたこともあって、私も石を見る目がついた。

 王妃をやめたあとは、これを活かして商売をするつもりでいる。

 そして思い切り稼いで、貧しい人たちを救う活動を続けるのだ。

 だけど、まずはなにより……。


 ――早く、お母さまに会いたいわ。


 母とは手紙のやりとりこそしているものの、王宮に来てから一度も会っていない。

 ちなみにレガート様の妻になったことも、まだ母には伝えていなかった。

 病身によくないと思い、王宮には侍女として上がると嘘を吐き、そのままだ。


「ねえ、王妃様! ぼくも指輪もつくったんだ!」


 過去に思いを馳せていた私は、そう声をかけられて我に戻った。

 見れば、小さな男の子がシロツメクサの指輪を持っている。

 あら、とっても可愛い! ……と、思ったところで。


「それはダメだよ」


 正面から聞き慣れた声がして、私はぴたりと動きを止めた。


 ――この声は、もしかしなくても……。


「王妃に指輪を贈っていいのは、国王だけだからね」

「……レガート様!」

 片手を腰に当てて立つレガート様に、私はぎょっと目を見開いた。


「どうしてここに!?」

「公務が一段落したから、リタを迎えに来たんだ」


 にこりと微笑むレガート様。

 その顔には『これで逃げられると思っているなら甘い』とはっきり書かれている。


「へ、陛下!? この度は、お、お立ち寄りいただき……!」

「ああ、急な訪問で申し訳ない。王妃を迎えに来ただけだから、気遣いは不要だ」


 慌てる司教に、レガート様がそう声をかける。

 そこに、先ほどの男の子がおずおずとレガート様に近付き、上着の袖を引いた。


「ねえ、国王様」

「こらっ、陛下になんということを……」

「構わない」


 青ざめる司教に片手をあげ、少年に視線を合わせる。


「どうした?」

「……王妃様に指輪をあげるのがダメなら、国王様にあげるのはいいの?」

「もちろん、構わないよ」

「良かった!」


 男の子の顔がぱっと輝く。

 レガート様は指輪を受け取ると、サイズを確かめ小指に嵌めた。


「ありがとう、よく出来ている」


 そう言って指輪を私に向ける。


「リタの花冠とお揃いだね」

 きらきらと輝くような笑顔を浮かべるレガート様に、私はうっと目を細めた……眩しい!

 ふと見ると、子どもたちはもちろん、司教までが目をチカチカさせている。

 そんな、ところかまわず発光しないでいただきたいわ……!

 子どもたちの目が潰れてしまったらどうするつもりなのかしら!

 ……なんて。

 自分でも冗談なのか本気なのかよくわからないことを考えていると、レガート様が思い出したように「そうだ」と口を開いた。


「リタ、せっかくだから礼拝堂に寄っていかないか?」

「え? ええ……構いませんけど」


 指で目を擦りながら答える。

 もともと礼拝をして帰るつもりだったので、なにも問題はない。

 その後、しばらく子ども達の様子を見守ってから、私はレガート様と一緒に礼拝堂へ向かった。

 尖塔を擁する、古い石造りの建物である。レガート様は従者と護衛に外で待つように伝え、中に足を踏み入れた。


「とても立派な礼拝堂ですよね」


 天井近くの丸い薔薇窓を見上げ、呟く。

 レガート様の戴冠式が行われた大聖堂には遠く及ばないけれど、非常に厳かで落ち着いた雰囲気がある。


「ここの教会は、歴史が深いからね。かつては王室の結婚式が執り行われたこともあるそうだよ」

「……それは知りませんでした」

 なにしろ王族の結婚式と言えば、大聖堂で行われるのが通例だ。


 ――そういえば、私たちは結婚式を挙げていないのよね。


 先代の王妃殿下にあれこれ反対され、叔父ももちろん乗り気ではなかったので、その年の不作を建前に、私たちの結婚式は行われなかった。

 王宮の礼拝堂で司教から祝福を受けただけである。

 仮にも王太子の結婚だというのに、いま考えるととんでもない話だ。

 そうそう、レガート様とオスティナの結婚式の日取りを、大聖堂で押さえてあるという噂もあったけれど……あれはどうなったのかしら。


「リタ」


 ぼんやりしていたところに声をかけられ、振り向くと、夏色の眼差しが真っ直ぐに私を映していた。

 その真剣さに息を呑むより早く、レガート様が私の手をとった。


「私、レガート・フォルツァンドは、あなたに生涯の愛を捧げます」


 それは、結婚式で交わされる定番の愛の言葉。

 一瞬思考が止まり、呆然として……戸惑って、それから胸がどきっとした。


「レガート様?」

「私たちは、きちんと結婚式をあげていないから……離縁の前に、この言葉だけは君に伝えておきたかったんだ」


 離縁の前に――。

 自分がなにより望んでいることのはずなのに、なぜかその言葉が心に突き刺さった。

「私は……」

「いや、なにも答えなくていいんだ、リタ……私がただ言っておきたかっただけなんだから」


 レガート様の瞳が切なそうに揺れる。

 私は胸がぐっと詰まるのを感じ……つい、聞くつもりのなかったことを口にしてしまった。


「あの、レガート様は、すでにオスティナとの結婚式の日取りを、大聖堂で押さえてあるという噂を聞いたのですが……」


 口にしてから、自分の言葉の湿っぽさに驚いた。

 これでは、まるで私がそれを不快に思っているようだ。


「いえ、違うんです、それが嫌とかではなく、単に話の流れで思い出しただけで……」

「大聖堂の日取りなら、確かに押さえてあるよ……私と、新しい王妃の結婚式の日取りを、半年後に」


 その答えがあまりにさらりとしていたので、私はつい口を真横に結んでしまった。


 ――そう、やっぱりオスティナの結婚式の予定があるのね。


 いいえ、もちろん、それならそれで構わないのよ。

 ……ただ、私を愛していると聞いたあとだから、こう、ちょっとモヤッとしただけで。


「……私と、新しい王妃の、だ」


 レガート様が私の手を引いて抱き寄せる。


「わかってる? 君のことだよ、リタ」

「え?」

 思わず間の抜けた声がもれた。


「もしも私たちの婚姻が続くなら、あらためて大聖堂で結婚式を挙げたい……そう思って、日取りを押さえたんだ」


 耳元で囁かれ、顔が赤くなる。


「も、もしも……?」

「そう、もしもの話だよ」


 見れば、レガート様の表情は硬く、どこか苦しげである。

 私はそんな彼を抱きしめてあげたくなって……背中に回しかけた手を、ぎゅっと握りしめた。

 いっときの感傷にながされてはいけないわ。

 私では、どうしたって彼の力になれないのだから。

 彼の真っ直ぐな思いから逃げるように俯く。

 すると薔薇窓から射し込む光を受け煌めく、白い床が目に入った。

 その様子をぼんやりと見つめていた私には――いまこの瞬間、レガート様がどんな表情をしているのかを確かめることはできなかったのである。




 礼拝を終えて馬車に戻ると、司教と子どもたちが見送りに集まっていた。

「陛下、王妃殿下……本日はご足労いただきありがとうございました。お二人のお目にかかれたこと、子どもたちもたいへん喜んでおります」

 司教はそう言うと、レガート様に向き直った。


「それと陛下、いつもご寄付をいただきありがとうございます」


 深々と頭を下げる司教に、私は青くなった。

 しまった……これでは勝手にレガート様の名前を使って寄付をしているのを知られてしまう!


「あ、それは!」

「ああ……あれは王妃からということにしてくれと、いつも言っているだろう」


 慌てる私の隣で、レガート様がきまり悪そうに笑う。


「……どういうことですか?」


 私が首を傾げると、司教が困ったように口を開いた。


「実は……陛下からのご寄付も、いつも王妃殿下の名前で行われているのです」


 陛下からのご寄付『も』、ということは。

 つまり、私たちはお互いがお互いの名前で寄付をしていたということ?


「勝手に名前を使ってすまない。私費とはいえ、国王の立場で特定の施設に寄付をするのは問題があるからね。リタが福祉に熱心なのは知っていたから……君の名前で寄付をすれば、そういった活動の役に立つと思ったんだ」

「レガート様……」


 私は、自分の寄付をレガート様の名前で行っていたことを告白した。


「なんだ、ではお互いさまだね」


 レガート様がはにかむ。

 ちなみに、司教はすべて知っていたようで、二人から「このことは相手に黙っておくように」と言われ、少し困っていたらしい。

 余計な心配をかけてしまったことを謝ると、


「陛下と王妃殿下が仲良く過ごされているのは、国民としてとても嬉しいことです。どうか、陛下の新しい治世が末永く続きますように」


 そう言って頭を下げた。


「……良い慰問になりました」


 馬車に乗り込み、子どもたちに手を振り返しながら私はそう呟いた。


「また、いつでもくればいい……子どもたちも喜ぶ」

「……ええ」


 同じように手を振るレガート様の言葉に、私は曖昧に頷いた。


 ――でも、レガート様と離縁をしたら私は王都を離れる予定だもの……。


 それは、誰も自分を知らない所で人生をやりなおしたいという私の願いでもあるし、私が王都に留まることを、叔父やオスティナが許さないからだ。

 胸に去来する一抹の寂しさ。

 それを慰めるように、私はそっと、子どもたちからもらった花冠を指で撫でた。


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