おじさん、おもちゃ直して! ―AIが消えた世界のジャンク屋ミナト―
AIが消え、文明が一時的に80年代レベルまで巻き戻った世界。
ジャンク屋のおじさんは、たった一人の子どもの「おもちゃを直して」に全力で応える。
第1章 迷い込んだ小さなお客さん
ミナトは、店に来た珍しい“小さなお客さん”に困惑していた。
彼の店はいわゆるジャンク屋だ。
旧世界の遺品が山ほど置いてあり、
サルベージ品としての価値をわかる客がここ数年で増えた。
AIがすべてをコントロールしていた時代が終わり、
AI消失の事件以降、こうしたガラクタが急に売れるようになったのだ。
おかげで店は連日繁盛。
訪れるのは、ミナトと同じ年代の“むさくるしいおっさん”ばかり。
だから、小さな客が入ってきた瞬間、ミナトは面食らった。
「何の用だい? お母さんは? お父さんは?」
子どもは所在なげに店内をうろうろしていたが、
声をかけられると、泣きそうな顔でミナトを見上げてきた。
(ちょっと待て! 泣くのか!? おいおい、泣くのか!
ただ声かけただけだぞ!)
ミナトは笑顔を引きつらせながら、慌てて店の奥から駆け寄った。
「大丈夫だから、大丈夫。怒ってないよ。
ずっと黙ってたら、ほら、おっちゃんも困るだろ? お話ししよう」
目線を合わせるように腰を落とすと、
子どもは勇気を振り絞るように言った。
「キ……キララ君、びょうきなの……」
(ああ……やっと話してくれた)
ミナトは胸をなでおろし、
子どもが両手で大事そうに抱えた人形へと目を向けた。
そのとき――。
「マルコ。マルコ、どこ行っちゃったのかなぁ……あの子!」
店の外から、甲高い若い女性の声が響いた。
その声に、店に来ていた“むさいおじさん連中”が一斉に入口の方を振り返る。
女性は、その視線にびくっとしつつも、
(この狭くて暗い建物の中かな……?)
と勇気を出して店内を覗き込み、子どもの姿を見つけると大きく息を吐いた。
バタバタと駆け込んでくる。
「う、うちの子がお邪魔してます!」
再び注目されるかと思いきや、
おじさんたちはすぐにそれぞれの品選びへ戻っていった。
女性は胸を撫で下ろして、今度は息子に向かって声を張る。
「一人で出歩いたら危ないって、いつも言ってるでしょ!」
その瞬間、マルコの顔が歪む。
「……らってぇ、キ……キララが……キララが、うご……ひっ……」
「あー、あー! 待って待って!」
ミナトは慌てて両手を突き出して、女性と子どもの間に立った。
「お母さん? お姉さん? 店内には他のお客さんがいますってば……!」
拝むような形で頭を下げる。
自分でも何をやっているのかわからなくなって、半笑いしながら頭を掻く。
「マ……マルコちゃん? キララ君、見てあげようか。
おじさんはこう見えても“おもちゃのお医者さん”なんだ。
どれ、見せてみな」
女性は少し呆気にとられたようだったが、
ミナトが子どもに優しく接する様子を見て、ほっと表情を緩めた。
「どうもすみません。もう諦めろって言って聞かせても、どうしても……」
その声を聞いて、ミナトは胸の奥がちくりとした。
AI内蔵のマスコット――今では、
“捨てるしかない物”として扱われがちな存在だ。
確かに今の世界ではそれが普通。
ミナトも何体も見てきた。
拾われずに捨てられていくAI人形たち。
けれど、目の前の子は違った。
泣きそうになりながら、それでも諦めきれずに、ここまで辿り着いてきた。
これは縁、というやつなのかもしれない。
諦めの悪い子どもが、
諦めの悪い音響技術士の前に現れたのだから。
(……俺も、お人好しが過ぎるか)
心でツッコミながらも、
手だけは勝手に子どもの手から人形を受け取り、内部の観察に動き始めていた。
ほどなくして、ミナトは人形の腹部から“あり得ない物”を見つけた。
小さな磁気テープ。
「おいおい……最新式のAI人形から、旧世界より古い磁気テープ?
……ギャグにしちゃ出来すぎだろ」
第2章 テープ発見 → 集団テンパり
「オーディオテープとは懐かしいですね」
客の一人が、興味深げに言った。
今は昔になってしまったが、“スマホ”というものがあった。
それさえあれば音楽・動画・書籍に至るまで、あらゆるデータを記録して持ち歩けた時代がある。
オーディオテープは、それよりさらに二十年以上も前に、
電子機器の記憶媒体として使われていたものだ。
ここに集まる連中は等しく、
「これか。なつかしいよね」と言える年代だ。
だが、同時に皆、「俺たちには手が負えないな」という顔をして、
自分の買い物に戻っていく。
その雰囲気が親子に伝わり、とくにマルコには堪えたらしい。
「キララ……死んじゃうの……」
半泣きでそう呟いたかと思うと、ぽろぽろと涙がこぼれた。
声を上げて泣く力すら残っていない。
幼い子どもが吐く「死んじゃう」の一言の破壊力はすさまじい。
(お分かりいただけるだろうか)
(いやーー待て! 待て待て待て! ここで泣かんでくれ!)
ミナトは慌てて、引きつった笑顔のまま叫んだ。
「諦めるな。諦めたらそこでゲームセットだよ!」
第3章 無音 → プロ機材フル動員
オーディオテープメディアの構造は単純だ。
デジタル信号を音に変換して、そのまま記録しているだけ。
とりあえずミナトは、店にあるオーディオレコーダーを持ってきて、
テープをセットし、再生してみた。
――無音だ。
「……無音だ……無音だ、無音だ!!」
店内の客、オーディエンスが、深〜いため息をつく。
(何もなかったか。ご愁傷様)という表情で、
ミナトの方を見ている。
(おいおい、やめてくれ;; そんな顔で俺を見るなよ。
ほら、またマルコが……。いやマジで俺を助けろオーディエンス)
マルコにもそれが伝わってしまったのか、
悲しい表情を浮かべてキララをぎゅっと抱きしめると、
その胸に顔をうずめて「びーむっ」と小さく叫び、
声を殺して肩を震わせながら嗚咽している。
もうマルコの精神は限界に近い。
きっとこのキララ君は、マルコにとって相当大事なものなのだろう。
(待て待て。音のプロフェッショナルの俺様が、
これしきで白旗上げられるか)
ミナトは決心したように、奥の音響室へ引っ込んだ。
ミナト自慢の音響設備による解析を始める。
レコーダーにテープをセットし、音量のゲインを上げる。
ハウリングを起こさないギリギリまで上げても音は出ない。
だが、スペクトラムは反応していた。
(可聴域に録音がないだけか。データは……何とかなる)
データ方式によっては、可聴域外に信号を持つものもある。
テープには確かに何かが記録されている。
(……うわぁ、大問題がまた一つ増えた)
データを復号して読める形にする機械を、ミナトは持っていなかった。
テープレコーダーにつなぐスマホもPCも、
この世界ではもう使い物にならない。
万事休す――か。
ここは防音の個室で、外部から音すら遮断される構造だ。
そう思った途端、ミナトは思い切り大声を上げた。
「ちくしょおおお!!」
叫んで、一度緊張を緩めてやる。
そうしないと、マルコの前で笑顔で「大丈夫だよ、任せろ」とは言えない気がした。
深呼吸をして、表情を整える。
大人が子どもの前ではヒーローになろうとするのは、どうしてだろう。
永遠の課題に浸る前に、ミナトは音響室を出た。
奥から出てきたミナトに、店内の視線が一斉に突き刺さる。
(俺を視殺するつもりか!!!)
ミナトは、なるべく軽い口調を装って言った。
「そんなに心配しないで。データの“音”は確認できたよ。
ただ、そのデータを“読めるようにする”には――
復号してくれる数学者が必要なんだ」
第4章 数学者を求めて
実はミナトの店で「音声を読み込める機器」が売れるようになったのには訳がある。
今回のテープもそうだが、
この世界では記憶媒体の主流が一時的に1980年代に逆戻りしたのだ。
その結果、安価なオーディオテープがメディアの主役に返り咲いた。
そして復号――つまりデータを人間が読める文字にする技術は、
PCではなく「専門家の仕事」になっていった。
「個人的なデータ修復をしてくれる数学者なんて、いるんかい?」
オーディエンスの一人がそう言った。
(だからさ……そういうこと言うなよ。
俺を助けてくれよ、“盛り上げ”でいいから……頼む)
せめて口だけでも応援してほしいミナトだった。
(店主! 方法だけはわかってるから何とかなるな!)ぐらいは言ってほしい。
「片っ端から電話してやる」
ミナトはそう息巻いた。
いまや電話の技術まで1980年代に遡っている。
ダイヤルもパルス式の音声プロトコルだ。
ミナトは自前のパルス発信機を受話器のそばに置き、
そこに番号を入力して、順番に電話をかけていくことにした。
まずは人形の製造元のカスタマーサポートにかけた。
結果は――
『都合により対応ができなくなっております』
という無機質な音声が、永遠にループしているだけだった。
「……うはっ。気持ちはわかるけどな。
PCがまともに動かないんだもんな。仕事どころじゃないか」
大手企業も、世界中どこもそんな状態なのだろう。
となると、学者がいそうな場所は教育機関くらいしか当てがない。
先ほども述べたように、重要なデータはほとんどがデジタル音声データだ。
各国が躍起になって復号を急いでいる状況で、
「子どものおもちゃのデータを復号してほしい」と言っても話を聞いてもらえない。
ミナトは、研究室にいきなり電話をかけてしまっていたことに気づく。
(……これがいけないのか?)
ダメもとだ。正攻法で行こう。
今度は大学の代表窓口にかけてみることにした。
何軒かかけ直した後、
「東京理科大学・情報基盤センター」という、
主に企業向けの窓口にもなっている部署につながった。
零細とはいえ、ミナトは企業の社長だ。
「ミナトサルベージ」という社名を名乗り、
「政府の事業について問い合わせがある」と“少しぼかして”話を切り出した。
どこもデータ復号事業を手伝ってくれる企業を求めているので、
そういう問い合わせは話を聞いてもらいやすい。
「データを復号したいテープを持っています。
復号できる方を紹介してほしいのですが」
『申し訳ありません。現在、復旧関連で手一杯でして……
個人の方の依頼は――』
(電話の向こうで、「あ、それ僕が出ます」と声がかぶる)
別の男性が電話口に出た。
「もしもし。技術支援室の比嘉と申します。
先ほどのお話、少しだけ詳しく聞いてもいいですか?」
「子どもの人形に入っていたテープで……
どうしても中身を知りたいんです。
国家案件じゃないことは分かってます。
それでも、誰か……」
しばし沈黙が続いたあと、比嘉が静かに言った。
「……“居ます”。
あなたの案件に応えられる人が、ただ一人だけ」
「本当に!?」
「ただし……大学として紹介することはできません。
その人は、昔ここで教えていた方で――
色々あって、今は沖縄に居ます」
「沖縄!? なんで……」
「訳あって“中央では働けない天才”なんです。
僕の恩師で……人生で一番尊敬している人です」
ミナトは言葉を失った。
比嘉は続ける。
「居場所だけお伝えします。
“国際通りの南側の小さな雑居ビル、3階。
ドアに“来客不可”と書いてある部屋”
そこに白波先生はいます」
「ありがとうございます! 本当に……!」
「ただ、先生は非常に気難しい方です。
直接行っても追い返されるかもしれません。
でも……あなたなら――
もしかしたら、話を聞いてもらえる気がします」
通話が切れた。
「お……沖縄か……」
ふはっと、変な音のため息が漏れた。
びくっと、小さなお客が飛び上がる。
ずっと電話の様子を見守っていたのだ。
ミナトは慌てて笑顔を作った。
「ははは。いたぞ。君のキララのおねむ病のお薬をくれる博士が!
時間はかかるけど、大丈夫だ。きっと助かるよ」
「きっと助かる」
その言葉を笑顔で言えたことで、ミナトは胸をなでおろす。
さっきまでふさぎ込んでいたマルコが、ぱっと明るい顔になった。
「ほんとう!」
「薬を取りに行くよ。でも、ちょっと時間がかかる。
いい子で待っていてくれるかな?」
「うん! キララと待ってるよ! おじさん!」
「でも沖縄……って」
マルコの母が、不安げに口を開いた。
電話の会話を聞いていたのだ。
「わたし、お金をそんなに持っていません。
おいくらになるんですか?」
(……全く考えてなかった。
俺にとっても出費だし、この親子にとっては考えたくない額になる可能性が高い)
AI全盛時代ならいざ知らず、
今の時代に“モノ”を関東から沖縄まで動かすコストは、とんでもない。
物流環境は目も当てられない状態だ。
(まぁ、そこは自家零細企業の強み、ってやつだな)
「奥さん。私が沖縄出張の間、店番を頼めますか?」
「……? わたしが、ですか?」
「ご都合が悪ければ仕方ないんですが」
「……レジぐらいならできますけど……専門知識がないし、部品を売るなんて」
そこで、オーディエンスの一人が口を挟んだ。
「奥さん、大丈夫だよ。俺たちの誰かが、いつだっているようにするからさ。
レジ打ちは奥さんにやってもらって、部品の説明とかは誰かがやる。
ここにいる連中は、自分で部品の知識はあるし。
それでどうだい、店主?」
まさかの橋渡し。
内心では力になりたいと思っていたのか、
常連たちは全員、笑みを浮かべて頷いている。
ミナトは思わず笑顔になった。
「すまないな。皆さん、よろしく」
これで店舗営業の不安はひとまず解消した。
あとは道中、行商人よろしく路上販売などをしてガソリン代くらいは稼ごう。
音響機器だけは、今いい値で売れる。
以前から行商は考えていたが、今回は奥さんや常連たちに店を任せられる形になった。
怪我の功名、というやつかもしれない。
(やり方次第では、むしろ利益が出るかもしれないな)
心配の種が一つ減ったところで、
ミナトはしっかりと沖縄行きを決心した。
次の日の朝、ミナトは軽トラに行商用の機材を積み込み、沖縄を目指して旅に出た。
店の前の県道を抜けて国道に出て、次の国道へ向かうインターチェンジに差しかかる。
「……ここは、まだこうか」
渋滞だった。
AI消失の事件以来、このインターチェンジの渋滞は一向に解消されない。
ここを通過するだけで小一時間はかかる。交差点では、警官が手信号で交通整理をしていた。
(警官が交通整理って……いつの時代だよ)
インフラの制御も、ほとんどが1980年代に逆戻りしている。
昔はシーケンサーによる自動制御が当たり前だったが、それも今はまともに動かない。
(いつの時代、じゃないな。これがこの時代の日常か)
ミナトは苦笑しながら、フロントガラス越しに青空を見上げた。
渋滞を抜けてようやく、西へ向かう主要道路に乗る。
軽トラは沖縄行きフェリーの港に向けて、ゆっくりと走り出した。
途中の市街地に立ち寄っては、軽トラの荷台を店舗代わりに機材を並べ、その場で販売した。
この辺りの市街地は「データ復旧の拠点」になっていて、ミナトと同じように機材を売りに来ている者もいる。顔見知りも多かった。
ミナトは彼らに声をかけ、商売の状況や新しい仕入れ、珍しい機器の出物といった情報を交換していった。
この日の売り上げは上々だった。
腹ごしらえと給油を済ませ、ミナトは次の行商地へ向かいながら、西へと進んだ。
やがて、また渋滞が始まる。今度は抜け道を探して、横道へと入った。
――それがいけなかった。
主要道路を外れ、田舎道に出た途端、道を一本間違えただけで、あらぬ方向へ進んでしまったのだ。
迷い込んだ先で、たまたま見つけた電器店の駐車場に軽トラを止めて、店主に話しかけた。
せっかくだから、売り込みもできないかと考える。
掘り出し物の機材の話や、持参している音響機器の話を持ち出し、商談を始めた。
駐車場で店主と話していると、向こうのほうから機械音が聞こえた。
ウィンウィンと何かを振り回す音だ。
(掃除ロボ? あの形は……今は大抵、動作不良を起こしてるはずだが)
ミナトが目をやると、旧世界でAIによって完全制御されていた掃除ロボットが、箒のようなものを振り回しながら、こちらに突進してくるところだった。
本来なら、今はAIが消滅しているので“死んだガラクタ”のはずだ。
それが――ものすごい勢いで箒を振り回しながら迫ってくる。
まさにプログラム暴走。
ガガガガガッ! と、ロボットが飛び出してきた。
「うおおおおおっ! なんで生きてるんだよお前!」
ミナトが叫ぶ。
「……あぁ、あれね。電源切れても、勝手に太陽光で生き返るみたいで……」
店主がのんびり言う。
ロボット
(ガガガガッ……!)
「怖いけど売り物だから、壊さないでね」
「無茶言うな!!」
(完全に俺を排除目標にして動いてるじゃねぇか!!)
ミナトは、機材を包んでいたシートをひっつかむと、ロボットめがけて被せた。
振り回されていた箒をもぎ取る。
ロボットはバランスを崩して倒れ、シートに絡まって、そのままウィーンウィーンとうなりを上げたあと、静かになった。
「ふう……。……あれ?」
ふと軽トラの下を見ると、地面に黒いシミができているのが目に入った。
「……オイル漏れか。見てもらわなきゃな」
ミナトは電器店の店主に、このあたりで整備工場かガソリンスタンドがないか尋ね、その場所を教えてもらった。
「年季が入ってるね、この軽トラ」
整備工場で、缶コーヒーを片手に立っていた整備士が、ミナトに声をかけた。
「年季が入ってるといえば……」
ミナトは、ふと整備工場の棚に置かれた大きな黒いラジカセに目を留める。
「このラジカセ、五十年ぐらい前のやつですね」
「おお、よくわかりましたね」
「動きますか? これ」
「いえ、もう何年も電源入れてません。動かないと思いますよ」
ミナトは興味深そうに、そのラジカセを見つめた。
「ちょっと見てみてもいいですか?」
道具箱から工具を取り出しながら、ラジカセに手を伸ばす。
「直せるんですか?」
「わかりませんけど、やれるだけはやってみます」
整備士は、興味津々といった表情でミナトの手元を覗き込む。
「……ああ、ここか」
ラジカセ内部の一本のコードが、電池の液漏れらしい腐食でボロボロになっていた。
「コンセント、借りますね」
ミナトは半田ごてと糸はんだ、替えのコードを取り出し、手際よくはんだ付けしていく。
十分ほどで作業を終え、半田ごての電源を抜いて置いた。
ラジカセのコードを改めてコンセントに差し込み、電源のトグルスイッチをONに倒す。
――次の瞬間、ラジオ放送がスピーカーから流れ出した。
「うぁ、すごい。本当に直しちゃったよ」
整備士が、ミナトの顔をまじまじと見て、感心したように笑った。
「あなたが車を直すのと、大して差はないですよ」
ミナトが当然のように言うと、丁度そのとき、軽トラの整備も終わったらしい。
整備士は何かを思い出したように奥へ走ると、
戻ってきた時には、おにぎりや漬物をたくさん抱えていた。
「あのラジカセ、親父の形見でね。捨てられなかったんですよ。
動くようになって、本当に嬉しい。これ、行きがけにでも食べてください」
ミナトは、思わず頭を下げた。
長い旅路だが、こうやって人に会っていくのも悪くない。
軽トラを走らせながら、そんなことを思う。
そろそろ日が暮れる。
ホテルや旅館も頭をよぎったが、今の時期なら車中泊でもいいだろうと判断し、近くのドライブインか道の駅を探すことにした。
地図帳をめくると、そこからそう遠くない場所に道の駅がある。
しかも入浴施設付きだ。
道の駅に着くと、軽トラを停め、ひとっ風呂浴びた。
途中でもらったおにぎりを食べ、車内でごそごそと寝床を整えていると――。
荷台の方からガシャガシャと音がした。
(なんだ?)
バックミラーを覗く。
「……ヤギ!?」
そこにいたのは、草や紙をモリモリ食べる、あの家畜だった。
ヤギが荷台に前足を乗せ、何やらむしゃむしゃと咀嚼している。
(うわ、資料が……!!!
てか、なんでヤギなんですか!!!!)
慌てて外へ飛び出し、荷台を確認すると、機材の図面やマニュアルの一部が、きれいに彼の夕食と化していた。
(うああ……ケースの蓋、閉め忘れてたのか。
掃除ロボと戦ったあと、ちゃんと確認しなかった……)
ミナトがヤギを追い払うと、ヤギは不服そうにメエと鳴き、駐車場の向こうの林へ消えていった。
ケースの蓋をしっかり閉め直し、めくれていたシートを荷台に掛け直して、ようやく横になる。
(……本当に、トラブルに好かれてるよな、俺)
そんなことをぼんやり考えながら、その夜は道の駅で眠りについた。
数日後。
フェリーだ。鹿児島の港から那覇まで、船で一泊の旅になる。
のんびりした時間ではあるが、ミナトは「この中でも何か商売になることはないか」と考えながら、機材を整理していた。
動かない機材がないか、ついでにチェックしていると、背後から声をかけられた。
「おじさん。もしかして修理屋さん?」
「……ああ。修理もするけど?」
機材ケース――大きなテープレコーダが目立っていたのだろう。
どこからともなく子どもたちが集まってきた。
「おじさん、これなに?」
「これでキララみたいなの直すの?」
キララは、どこでも人気のAI人形らしい。
「いやまあ、そういうときもあるけど……」
別の子が、人形を差し出してきた。
「じゃあ、私のも直して!」
見た瞬間、ミナトは悟った。
――明らかに“電池切れ”のぬいぐるみだ。
「お、おう……」
ミナトは、思わず小声で呟いた。
(……デジャブだ……)
胸の奥に、漠然とした違和感が生まれる。
だが、それが何なのか、この時のミナトにはまだ分かっていなかった。
第5章 エラーコード PWR-REV
沖縄・那覇のフェリーターミナルに、軽トラごと降り立ったミナトは、
地図とメモした住所を確かめながら、紹介された数学者のいるビルを目指した。
ターミナルから国際通りまでは一キロもない。
近くに駐車場もあるらしく、車で向かっても問題なさそうだ。
――国際通りの雑居ビル三階。
国際通りの喧騒から一本外れた細い路地を入り、さらに奥へ。
古びた三階建ての雑居ビルに辿り着いたのは、昼下がりの湿った風が吹く頃だった。
階段を上がると、突き当たりに一枚の扉がある。
「表札なし」「郵便受けはガムテープで完全封鎖」という、どう見ても怪しい扉だ。
インターホンには、紙が貼られていた。
“来客不可/宅配は置き配厳禁/郵便物を挟むな”
(……ここだ。比嘉さんの言ってた“来客不可”の部屋)
ミナトは、恐る恐るインターホンのボタンを押した。
「……誰だ」
ドスのきいた老人の声が返ってきた。
「あ、あの! 自分、関東の――ミナトって言います!
白波先生に、解析をお願いしたくて……!」
「帰れ」
「えぇ!? は、はやっ!」
「“来客不可”と書いてあるだろう。わしは忙しい」
ミナトは、インターホンの前で土下座しかねない勢いで叫んだ。
「お願いします! これでも何日もかけて、
軽トラで、オイル漏れしながら……
掃除ロボに襲われたり、ヤギに資料食われたり、
フェリーで子どもに囲まれたりしながら……!」
「……ヤギに資料を食われた?」
「はい。あの、なんか……けっこう……」
「フェリーで小学生に囲まれた?」
「はい。子どもに“おじさんこれ直せる?”って、ぬいぐるみ出されて……
それも電池切れで……」
インターホンの向こうで、しばし沈黙。
「…………妙なやつだな、お前」
「え?」
「普通な、人間、自分からトラブルを拾いにはいかんのだよ。
だが、お前さんは“トラブルの方が勝手に寄ってくる”。
お前さん、そういう体質だ」
「た、体質……?」
「まぁ入れ。そこで話すのもなんだ。
旅の苦労話の続きを聞かせろ。
その代わり――テープも見てやる」
「ほ、本当ですか!!?」
ガチャ、と重い金属音がして扉が開いた。
白髪ボサボサの老人が、ぶっきらぼうに顔を出す。
「ほれ、早く上がれ。
解析はわしがやる。その代わり、全部話せ」
「わかりました!」
ミナトは慌てて靴を脱ぎ、機材ケースを抱えて部屋に入った。
沖縄の青空の下、“来客不可”の扉がそっと閉まる。
中に案内されると、白波は「テープを出せ」と催促した。
ミナトはテープを渡しながら、ここに至るまでの経緯を話し始める。
「“子どものぬいぐるみ”だと?
本当にそれを解きに沖縄まで来たんだな?」
「……はい。あの子が泣きながら頼んできたので……」
白波は目を細め、ため息をつく。
「……なるほどな。
そういう人間だからこそ、“好かれる”んだ」
ミナトは口を開きかけたが、「何に……?」と聞く勇気はなかった。
それから、およそ半日。
白波は無言で解析作業を続けた。
古い解析機材にテープから取り出した信号を流し、
紙に印字されるログをチェックしては、眉間に皺を寄せて何かを書き込んでいく。
ミナトは、隣でごくりと唾を飲み込みながらその様子を見守っていた。
「……ほぅ。なんだこれは」
白波がぽつりと呟いた。
ミナトの喉が鳴る。
「な、なにが書いてあるんですか……?」
「……全部“PWR-REV”だ」
「えっ……? それって、どういう……」
白波は深くため息をついた。
「逆極性。
要するに――」
間を置いて、はっきりと言う。
「“電池がさかさま”って意味だ」
ミナトは、言葉を失った。
沈黙。
白波は苦笑して、肩をすくめた。
「わしをからかうなら、もっとマシな手口でやれと言いたいわ。
こんな高価なテープに、延々と“PWR-REV”とはのう……」
ミナトの膝から、力が抜けた。
へなへなと、その場に座り込んでしまう。
ここまで来て、まさかの電池の逆差し。
笑いとも涙ともつかない感情が、こみ上げてきた。
白波は、自分がやったことを思い返して、ふっと視線を遠くにやる。
「まぁ……この膨大なログを読み解くのに、
わしの半日が潰れたんじゃがな」
ミナトは、深々と頭を下げた。
「このたびは、お世話になりました」
「何。久々に、大笑いさせてもらったよ」
白波は小さく笑い、扉の方を顎でしゃくった。
「テープを大事に持って帰れ。 “本体”は向こうだろう?」
「……はい」
ミナトは再び頭を下げ、部屋を出た。
廊下に出てから、もう一度、閉まった扉に向かってぺこりとお辞儀をする。
そして踵を返し、階段を降りていった。
最終章 おじさん 大好き
ミナトが店に戻ってこられたのは、
旅立ってから5日目の、昼下がりだった。
軽トラのエンジン音が店先に止まると同時に、
店の中から真っ先に駆け出してきたのは、マルコだった。
ミナトが運転席のドアを開けるやいなや、
マルコが勢いよく飛びついてくる。
「キララ君、治るよね!」
「ああ。さっそく見てあげよう」
店の中では、母親と、いつもの常連客たちが待っていた。
ミナトが、ここまでの顛末――
沖縄行き、白波教授、そして「PWR-REV」の意味――を
照れ笑いしながら話すと、最初は全員ぽかんとしていたが、
次の瞬間、店内は爆発したように笑いに包まれた。
マルコだけが、キョトンとした顔で大人たちを見ている。
常連客の中には、笑いすぎてその場にしゃがみ込んでしまった者もいた。
母親だけは、事の重大さにいち早く気づき、顔を赤くして頭を下げた。
「なんか……申し訳ありません。
わたしも、よく確かめなくて……」
その一言を聞いて、常連客たちはさらに笑い出した。
ミナトは、キララ君の背中を開け、
まずはテープを差し込み直し、次に電池ケースの蓋を開けた。
きっちり、プラスとマイナスが逆になっている。
「……よし」
正しい向きに入れ直し、蓋を閉める。
人形をマルコに手渡した。
「ほら。いつもの声を、かけてやれ」
マルコは人形を両手で抱きしめ、少し息を吸い込んでから言った。
「キララ君! お病気は治った?」
このタイプのAI人形は、持ち主の声を登録しておくと、その声にだけ反応して返事をする仕組みになっている。
AI全盛の頃なら、会話内容に応じてクラウド経由で返答を選び、
複雑なやり取りもできたのだろう。
だが今は、その機能は失われている。
内蔵メモリに残った、いくつかの返事だけが、単体で動いている。
マルコの呼びかけに、キララ君が元気よく応えた。
「マルコ! 僕は元気! 今日もあそぼう!」
「なおった!」
マルコは母親の方を振り返り、満面の笑みで叫んだ。
それから、今度はミナトの方に駆け寄ってくる。
「おじさん! おじさん!
直してくれてありがとう! おじさん大好き!」
マルコはミナトの足にぎゅっと抱きついて、
めいっぱいの声でそう言った。
(……最初は、めんどくさいと思ったんだけどな)
胸の奥で、ミナトがぼんやりと考える。
(結局、これを聞くために、ここまで頑張ってたのかもしれないな)
マルコの頭を優しく撫でながら、ミナトは少し照れくさそうに笑った。
END




