入学式があればハプニングはつきもの
春休みも終わり、今日から新しい生活が始まる。
俺ももう高校生か、と少し感慨深く感じる。
今日は、高校の入学式だ。父さんも今日は仕事を休んで見に来るらしい。そういうわけで、俺は今久しぶりに父さんが作った朝食を食べていた。うん、流石に朝からチャーハンは重いよねって話。俺は朝弱いんだから。もっとこう、気遣いってもんを見せてほしいよね。
「おい、お前学校遅刻するぞ。早くいけ!」
「え?まじで?」
ふと、時計を見ると俺の予定していた登校時間をとうの昔に過ぎている。初日から遅刻はまずい。友達作りのネタには最高かもしれないが、教師からの印象は最悪だ。
俺は、コップに入った水を一気に飲み干し、鞄を持って玄関に行き靴を履いた。踵までしっかりとローファーに入るようにつま先を地面を叩く。コンコンと小気味の良い音が鳴る。
「じゃあ、俺行くわ。」
父さんの返事を返すのを待たずに俺は家を飛び出した。
「はぁ、はぁっ、はぁ…」
結論から言うとギリギリ間に合った。チャイムが鳴る10秒前だ。多分そろそ「キーンコーンカーンコーン。」ほら、というわけで間に合えば問題ないなのだ。
まあ、流石に初日は全員着席して待っててちょっと恥ずかしかったけど。俺は、唯一空いている席である1番窓側の列の前から2番目の席に座る。
窓を見ると、満開に咲き誇る桜がある。時折、風で花びらが舞い綺麗な桜吹雪が見える。チャイムが鳴って数分経った頃、遅れて教師が入ってきた。
そこから大急ぎで、先生は軽い自己紹介と今日の流れを説明している。まあ、俺は桜をずっと眺めていたので今日の流れどころか担任の名前すら聞いてないがな。
入学式は特にこれといったことはなかった。強いていえば校長の話が長かったことくらいだろうか。父さんが来ると言っていたが、流石に人が多すぎることもあり見つけることは出来なかった。
教室に戻ってきて、次は何をするのか考えていると無もしれぬ教師が答えを言う。
「今から自己紹介してもらう。簡単なもので構わない。それでは、出席番号1番の………」
随分とスピーディーだな。それで、……なるほどなるほど。自己紹介か、……まずい、非常にまずい。自己紹介というのは、自身を外見の次に印象付けする大事な儀式だ。ここで失敗すればこの《《1年間を棒に振る》》のと同じだ。ここは一つ、奇をてらってみるか。
俺の前の人の番が終わり次は俺だ。
「じゃぁ、次の人〜。」
さあ、ショータイムだ。
「矢坂優作れす。好きな食べ物は唐揚げです、皆さんとなかきゅなれるよう頑張ります。」
パチパチ…パチ。
終わった瞬間にまばらな拍手が起こる。惨憺たる結果にため息がでる。意気込んだ挙げ句にこのザマとは。あぁ、やっちゃった。これで、俺の1年はボッチライフが確定した。いや、まあ気にしてないけど。そもそも友達を作る気はなかったし。
俺は、中学の一件から一向に立ち直ることが出来ていない。多分この先も俺は立ち直ることが出来ないだろう。
あの懊悩する日々は確かに俺に治しようもない深い傷をつけた。だが、それは向こうも同じだ。俺は生涯、あの時犯した罪を背負って生きて行かなければならない。それが、俺にできる唯一の罪滅ぼしだ。自業自得、因果応報、自分でしたことは必ず自分で責任を取らなければならない。
これ以上、俺と関わって不幸になってしまう人間を増やさないために。
残りの人たちは、他の人達と同様に可もなく不可もなくな自己紹介をしていた。その中に、見覚えがあるような顔があった気がしなくもないがまあ気のせいだろう。
このあとは何もなく下校するらしい。取り敢えず帰るか。
自己嫌悪に陥って陰鬱な気分になりながら家路を辿る。あの日からずっとこうだ。だが、別に今更どうこうしようとは考えてないし、この思考をやめるつもりもない。
家から学校の道のりの間に大きな橋がある。軽い運動場のようなものが川に隣接されていて、そこから少し上流側に目をやれば、草木が生い茂っている。気持ち良い風がそよいでいて、身体にこびり付いた錆を攫ってくれる。荒波立っていた心が凪いでいく。
自然を見ると心が落ち着くというが、これは強ち間違いではないのかもしれない。一人で物思いに耽っていると、俄に本屋で会った女を思い出す。
そういえば、あの時は驚きすぎて考えられなかったけど、どこかで見たことある顔なんだよな。なんなら今日も……。
そこで、俺は自分と関わった人間を思い出してみる。大した人数はいないはずなのですぐに分かるはずだ。記憶の引き出しを手当たり次第に開けてみる。数少ない引き出しが底を着かけたところで思い出す。
そうか、俺の席の後ろ側にいた女だ。ようやく腑に落ちた。でも………いや、きりもいいしそろそろ帰るか。
鞄をかけ直し、名残惜しさで景色を一瞥すると、突然俺の視界に茶色の何かが入り込んだ。
「あのー、矢坂優作くんで合ってますか?」
髪の毛だった。
「あっはい、えーっと……どこかでお会いしましたかね?」
全く見覚えのない女の子だ。
「えー。さっき自己紹介してたんですけど、聞いてなかったんですか?」
なるほど、どうやら彼女は俺と同じクラスらしい。誤魔化しようにも言い訳が思いつかないので正直に申し出る。
「あ〜、ボーっとしてて。」
「そうなんだ〜。じゃあ改めて、私は塩谷結菜!よろしくね、矢坂くん。」
「あー、よろしくお願いします。」
溌剌とした彼女は、茶色の綺麗な髪をポニーテールで纏めていて、初日にも関わらず着崩されている制服は、同級生とは思えない風格がある。顔はいわゆる小動物系と言われるような顔をしていて、平均より高い上背とのギャップがある。
何を話せばいいのか分からず、口籠っていると、
「ちょっと一緒に寄りたいところあるんだけどいいかな?」
唐突の申し出に俺は思わず頷いてしまう。気付いた時にはもう遅かった。
「そっか。じゃあコンビニ寄ろうよ。」
どういうわけか、今しがたあったばかりの女子とコンビニに寄ることになった。
適当に飲み物やお菓子を見繕って会計し、買ったものをイートインスペースに広げていく。人が居ないため、スペースをこれでもかというくらい豪快使う。
俺は、コーヒーとポテトチップス海苔塩味を買った。この組み合わせこそが至高、異論は認めない。
塩谷の方はよく分からないラベルの張られた炭酸飲料とスコーンだ。一息つくためにお互いに飲み物を飲むと、鷹揚に塩谷が話し始める。
「つき合ってくれてありがとうね。」
「暇だから大丈夫。それよりも、俺に声かけた理由が聞きたい。」
できることなら早々に立ち去りたい。さしもの、顔覚えのない女子との交流なんて、俺には全く思い当たる節もない。が、こうして塩谷についてきてしまった以上話を聞かないわけにもいかない。
緊張する心をなんとか静める。俺は泰然自若として、彼女の言葉を待った。
「そうだったね。………話しかけたのは、お願いがあるからなの。私……と同じ部活に入ってほしいの。」
「……………?」




