春休みに伏線ってよくあるやつ
中学校生活が終わり、高校生活が始まる。今はその中間と言うべきだろうか。
すなわち、春休みである。春休みといえば、新たに始まる生活に胸を膨らませつつも、それに備えしっかりと準備をする期間である。
俺は先日、中学校の卒業式を迎え無事に卒業することができた。本当に後半に関しては記憶が曖昧だし、なんなら記憶を消したいと思うくらいの出来事の連続だった。
まあ、そんな日々からもおさらばし晴れて春休みに突入ということで、特にやることもない俺は自室のベットから動かずにいた。枕元のスマホにふと目をやると時刻は10時32分。
昨日は、解放感のせいなのか深夜3時まで起きていたので、寝すぎたわけでもない。むしろ、健康的な睡眠時間といえるだろう。夜が更けても小説に入り浸ることができるというのは幸せなことである。
最近は、ライトノベルというジャンルにハマっており、「君としたキスはタバスコと手巻き寿司の味だった」や「家族が増えるというので顔合わせしたら、全員女に見えて実は男の娘でした」には感動し、全巻買ってしまうほどである。
昨日読んだラノベの表紙を見ながら考えていると、喉の渇きを感じて潤すべく、一階のキッチンへ向かう。
階段を降り、リビングに入るとそこにはいつも通りの見慣れた光景が広がっていた。ウォーターサーバーに行き、隣の戸棚からコップを一つ取り水を注ぐ。コップを机に持っていき、そこで気がつく。
机の上には学生にはなじみのない渋沢さん、そう1万円札と紙にボールペンで字が書かれていた。
「卒業おめでとう。これで好きなもん買え。父より」
どうやら卒業祝いらしい。ラノベを大人買いしたことで、懐事情が乏しかった俺は喜んでそれを手に取り、コップに入っていたり水を一気に煽る。寝起きの身体に染み渡る。
そういえば今日は、新刊の発売日だ。名前は確か、「夏休みが終わらないので強制的に季節を冬にします」だったか?
のんびりしてられない。善は急げというのはまさにこのことだ。俺は、朝食を掃除機もかくやというスピードで平らげると白の無地のTシャツに灰色のジーパンと青のパーカーを着て、駅前の本屋に足を走らせた。
「はあっはあっ…はぁ…」と息を切らせながら辿り着いた目の前の新刊コーナー。見ると様々な本が並んでいるが、その右端一帯には大きな隙間ができていた。
一瞬、冷や汗が背中を伝うも、散々ネットで見た表紙を視界に捉えることができ安堵のため息を漏らす。どうやら残り一冊だったみたいだ。
今日は土曜日だし、多くの人が朝から買いに来たって不思議じゃない。何しろ、今年の覇権作品とまで言われてるからな。ん?なに?父親はなにしてるのかって?そんなの言うまでもない、会社の社に家畜の畜と書いて皆もどう読むかくらいは知っているだろう。
まあ、そんなことは置いといて、せっかく一冊残ってるんだし取られないうちに取ろう。そう思って手を伸ばすと、誰かの手が丁度同じタイミングで伸びてきて俺たちの手はぴたり、と触れ合う。一瞬、何が起こったか理解が出来なかった。それは、相手も同じようで、2人して新刊コーナーの前で固まってしまった。
はたから見たら不可解極まりなかっただろう。先に我に返った俺は、取り敢えず謝罪をしなければと口を開く。
「すみません。大丈夫ですか?」
「……あ、はい。こちらこそすみません。」
どうやら向こうも意識を取り戻したみたいだ。
若干気まずい空気が流れるが、それよりも目の前の新刊の方が大事なので、俺は分かりきっていることを聞く。
「あの、もしかしてこれをあなたも?」
「あ、はい。そうなんです。その……」
こうなるのは目に見えていた。さあ、どうする。この状況を打開するには、この状況を変える言葉は…
数秒の思考の末、俺は言った。
「あ、これどうぞ。」
皆まで言うな。そうだよ。俺はチキった。いやだって、無理じゃんこんなん。前は良かったかもしれないけどさぁ。クラスメイトとか友達とか話さなくなってコミュ力落ちちゃったんだもん。今では店員に話しかけるのすら勇気がいる。
俺からしたら、店員に話しかけてるやつら全員勇者に見えるもん。と、バカみたいなことを考えていると今度は彼女が言った。
「ありがとうございます。それでは。」
そう言ってそそくさとレジへ向かった。え?困惑、俺困惑中です。いや、何のためらいもなしに貰うか?それに、さっきの態度との差はどういうことだ。
俺は啞然とした表情で去っていく彼女の背中を俺は眺めることしかできなかった。
うん?今一瞬こっちを向いた気が、……気のせいか。
さすがに本屋に来て一冊も買わないというのはなんだか恥ずかしい気がしたので、適当に見繕って家に帰った。




