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ありがとうとさようなら

俺が流美と別れれば、様々なことが解決する。



まず、流美へのいじめはなくなるだろう。流美をいじめている人間は、俺のことが好きなはずだ。ならば、俺が流美と別れれば嫉妬する対象も無くなる。



次に、俺への嫌がらせも無くなるだろう。嫌がらせのしてくる集団のリーダーは飽くまで、流美をいじめている女がいじめているから、それに同調しているだけであって、その女がやめたら同様にやめるだろう。



俺としてもこの嫌がらせが終わるのは喜ばしいことだしそれは流美にとっても同じだ。



加えて、俺たちは受験生であり別れることによってお互いの勉強に集中できるというメリットもある。俺たちが元々勉強ができるとはいえ、高を括って受験に落ちれば、それは笑い事では済まないし何より、いじめられている環境下で勉強に身が入るとも思えない。




事実として、俺は嫌がらせが酷くなってからそっちに思考の大半を奪われ、勉強は愚か日常生活にまで支障をきたしているほどだ。



これは、双方にとって最善であり最良であり最高の選択であることに間違いはなかった。




しかし、問題は流美のほうであった。流美にこの話をすれば、頑固な彼女は「絶対に別れない」と言うだろうし二人なら何とかなると言って話を聞かないのは目に見えていた。だから、俺は流美に悟られることなくこの計画を実行しなければならなかった。




俺だって別れたくないし、誰も好きな人と別れたい人間なんて居ないだろう。



でも、別れなければ状況は悪化の一途を辿る。別れたフリじゃ駄目なのか?と思うかもしれないが、完全に別れなければ恐らくいじめは終わらない。クラスのやつらが俺たちをみている。



彼女をチラッと見ることさえも許されない。なにより、演者でもない人間が別れた演技をしろ、なんていうのは無理な話だ。このジレンマから抜け出すには、どちらかを選ばなければならない。


だから俺は、修学旅行の前日に彼女を呼び出した。

彼女に別れを告げるために。







その日は酷く緊張して、寝ることさえままならず、授業中もセリフを頭の中で反芻するので精一杯で授業をまともに受けることなんて到底できなかった。




3時間目が終わり、4時間目が終わり、昼休みになっても俺は机の前から動けずにいた。食事なんてまともに喉を通るはずもなかった。それどころか、猛烈な吐き気さえもした。トイレに駆け込んで、用を済ませて出る頃には昼休みは終わっていた。




5時間目が終わり、6時間目が終わり、ホームルームが終わり、ついにそのときがやってきた。

流美には、前日に連絡していたので声をかけることなどの心配は要らなかった。


この日を選んだのは、修学旅行というタイムリミットのギリギリまで流美と一緒にいたかったからだ。女々しいと嘲笑あざわらうか?情けないと愚弄するか?上等だよ。大いに結構だ。俺のこの決断を誰かに同情してほしいわけでも理解してほしいわけでもない。これは、俺のやるべきことだ。これ以上俺のせいで流美を巻き込むわけにはいかない。







場所は、放課後の教室。










俺たち2人が初めて話した場所で。








俺は、流美を待っていた。










教室の前ほうからガラガラと扉の開く音がする。



入ってきたのは、言うまでもない桜川流美だ。




手筈は整えてある。俺は、いじめている集団の一人の体育着を回収し、それを放課後になったら机の中に放り込む。ちょっと雑だが、呼び出せれば何でもよかったし、怪しいと感じても目の前で起こったビッグニュースの方に気を取られて、それどころではなくなるだろう。




話ってなに?





流美が尋ねてくる。






俺は大きく深呼吸をし、気持ちを静める。







遠くからこちらに向かって廊下を走ってくる音が聞こえる。








その音が、教室の前まで来たところで












―――――流美、俺と別れてほしい。









流美が、小さく息を呑むが聞こえた。








ごめん、本当は君のこと好きじゃないんだ。







君に告白したのはさ、ただ彼女が欲しかっただけなんだよね。本当は、別に君じゃなくてもよかったんだ。






嘘だ。こんなこと本当は思ってない。心にも無い言葉が滞ることなく、つらつらと口から投げられる。




俺はそのとき、どんな顔をしていたのだろう。多分、ひどい顔だっただろう。自分の表情さえ、まともに取り繕うことができなかった。





沈黙が訪れた。俺はその間、彼女の顔をみることができず、俯いていた。どれくら経ったのか、数秒かもしれないし、数十秒かもしれなし、数分なのかもしれない。



今度は、彼女が深呼吸をする音が聞こえた。それが聞こえて、俺はふと顔をあげて彼女を見た。



いつもの天真爛漫な笑顔とは違う。

どこか陰りがあって、目元に薄っすらと涙を溜めていた。




そして彼女は口を開いて震える声で、俺に告げた。







そっか。今までつらい思いさせてごめんね。




楽しかったよ。





――――さようなら、矢坂優作君。






そう言って、背を向けて教室から出ていった。流美が出ていって、少し経ってたから、教室の後ろのドア付近で走り去る音が聞こえた。おびき寄せた奴だろう。





だが、そんなのはもうどうでもいい。




今の俺の中には、解放感と絶望と憤怒と後悔の色々な感情が巻き起こっていた。叫びたかった。大声をあげて泣きたかった。でも、声なんて、でなかった。でるわけなかった。

痛くないのに、痛む心臓が、心が、俺の中で押し寄せる感情の波を抑えつけていた。



だから俺は、誰も居ない教室で、嗚咽をあげることもなく、静かに、涙を流すことしかできなかった。










その日は、前日寝付けなかったこともあり、泥のように眠った。




翌日の修学旅行では、俺たちの別れた事実は既に多くの人間に広がっていた。それによって、俺の目論見通り俺への嫌がらせも、流美……いや桜川への嫌がらせもなくなっていた。



心配は要らないだろうが、俺たちがまだ気があると思われれば不味いし、これ以上気にしないように、彼女のことを意識の外に追いやった。


そこからは記憶が曖昧だった。というのも、桜川と別れてからは毎日が勉強漬けだったし、学校でも特にこれといった行事はなかった。




受験が終わって、卒業式が行われた。皆が学校を去ることへの思いを語り合ったり、涙を流したりしていても何も思わなかった。




恨みや怒りも何もなかった。全部がどうでもよく感じた。だから、クラスの集合写真を撮るのにも行かずに、俺は一人で教室にいた。

何があるわけでもないが、何となくここに来たかった。




いや、嘘だ。ここに来ればまた桜川に、流美に会える気がしたんだ。何の根拠も道理もないけど流美なら来てくれる、そんな気がした。




別に、復縁を申し込むわけでもない。ただ、謝りたかった。君を傷つけてごめん、と。

あの日言えなかった言葉を伝えたかった。メッセージじゃなくて、自分の言葉で。



でも、彼女は来なかった。それはそうだ。ただの俺の淡い幻想に過ぎなかったのだ。



こうして、俺は自分の生涯で一度しかない中学校生活に幕を下ろすのだった。


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