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異世界で朝ご飯亭の広報を担当します!  作者: 海坂依里
3食目『おでん定食』を異世界に広めてみましょう
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第1話「異世界生活で叶えたい夢」

「また来るよ!」

「ありがとうございました!」


 最後のお客さんが満足げに微笑みながら店を出て行き、私は深々とお辞儀をして見送った。

 体格のいいおじさんは、私が描いた『生姜と貝柱入りのかきたまうどん』のポスターを見てディナさんの店を訪れてくれたとのこと。


「本日の営業、終了っと……」


 絵から始まるお店の宣伝効果の効果は抜群。

 私は異世界で絵描き兼、食材調達、接客という三刀流を経験することになった。


「はぁー……」


 無一文から始まった異世界生活はあっという間に過ぎ去っていき、もっと体力が欲しいという贅沢な悩みを抱える毎日。

 忙しい一日だったけど、たくさんのお客さんが美味しそうに食事を楽しんでくれたことが何よりの喜び。


「お疲れ」

「お疲れ様でしたー……」

「接客の必要はないって言ってたのに、悪かったな」

「いえ、食と住を提供いただいている身ですので、お構いなく!」


 私はテーブルに突っ伏して体を休めているけど、このあとディナさんは私たちの賄いを作ってくれる。


(今日の(まかな)いは何かなー)


 営業時間になってから、ずっと立ちっぱなしのディナさんは私のために調理を続けてくれる。

 飲食店を経営するには体力が必要だと学びながらも、体力のない私はテーブルと友達になるように体を休めていく。


「何か食べたいのはあるか?」

「え?」


 働き詰めのディナさんに視線を注いでいると、なんと私に賄いのリクエスト権を与えてくれた。


「あ、でも、私は残っている食材を把握していないので……」


 ディナさんの仕事場である調理場に入るなとは言われていないけれど、人として調理場に入ることは遠慮していた。

 そして、借りている畑での農作業は始まったばかり。ディナさんの店に卸せるような作物は何もできていない。


「じゃあ、好きな食べ物は?」

「好きな……」


 前世で、食にまったく興味を抱かなかった自分。

 もちろん自分が好きなものを把握しているわけがなく、ディナさんの言葉に対する返事を私は何も思いつかない。


「正直……」

「ん?」

「自分が、何を好きか分からないんですよね」

「記憶喪失か?」


 ある意味では、正解です。

 正確に言うと、少し違いがあるのですが。


「家出じゃなかったんだな」

「えーっと……」


 目の前に記憶喪失の人がいたら、もっと大きく反応を示してくれてもいいのではないか。

 そう思ってしまうけれど、ディナさんはいつだって冷静。

 何があっても動じない……恋愛の話以外は動じないんじゃないかって思うくらい鋼の心臓をお持ちなのがディナさんだと思っていた。


「……実は、異世界からやって来ました」

「へえ」

「本当に動じないんですね!」

「魔法が存在する世界だから、別にそういうこともあるんじゃないか」


 私とアルカさんが慕う料理長様は、本当に鋼の心臓をお持ちでした。


「で」

「で?」

「好きな食べ物はなくても、懐かしい食べ物くらいはあるだろ」

「…………」

「本当に食に関心がないんだな」

「面目次第も無いです……」


 ディナさんは言い回しが厳しいようだけど、声質に優しさがあるから真っすぐに言葉を受け止めても痛みを感じない。

 むしろ、私が食に関心がないことを悲しんでいるようにも聞こえてしまう。


「異世界料理とか、興味があったんだけどな」

「えっと、えっと、えっと!」

「いいよ、無理に絞り出さなくても」


 私の前世を伝えることは、ディナさんのお店の看板料理を作ることに繋がるかもしれない。そう思った私は、必死に過去の記憶を絞り出す。


「ディナさんのお店で食べていない物、食べていない物、食べていない物……」


 ディナさんは居候の私が食べることに飽きてしまわないように、毎食創意工夫で私をもてなしてくれる。すっかり私はディナさんの味の虜で、この賄いのために生きていると言っても過言ではない。


「お……」

「俺が作れそうな物か?」

「お……でん?」


 ディナさんは和食も洋食も中華も、ありとあらゆる料理を作ることができる。

 たかが数日程度でディナさんの腕を知ることはできないけれど、現時点でお目にかかっていないのはおでんだった。


「煮物というか……鍋物と言いますか……」

「煮物も鍋物も食べただろ」

「ですよねー……」


 異世界の人に、おでんを説明するのが大変に難しい。


「味の付いた出汁に具材を入れて、長時間煮込むんです!」


 結構いい説明を思いついた気がしたけれど、肝心のディナさんの頭にははてなマークがいっぱいのようだった。


「こんなにも、おでんを伝えることが難しいなんて……」

「異世界の料理が食べられるって言ったら、流行りそうだけどな」

「私にもお店を立て直すお手伝いが!」

「絵を描くことで貢献してくれてるだろ」

「それは、私が好きでやっていることなので……」


 私が描いた絵を、褒めてくれる人がいる。

 それは素直に嬉しいことだけど、もっと高みを目指したい自分にとってはディナさんの言葉を真正面から受け止めることができない。

 そういうひねくれた部分も、前世でのマンガ制作に影響してしまったのかもしれない。


「この店も賃貸なんだが……」

「私の畑と同じなんですね」

「……はぁ」


 ディナさんが呆れ以外の感情で溜め息を零すのが珍しい。

 そんなことを思いながら、ディナさんの次の言葉を聞くために聴覚を待機させる。


「くじ引きで決まるんだよ。どの店を担当するか」

「どこも土地を借りるって、運要素なんですね……」

「土地を借りる側の立場が弱いんだよなー……」


 私も、地主様にお金を払う立場の身。

 前世は前世で、大家さんにお金を払う立場。

 異世界だろうとなんだろうと、借りる側の立場は大変に肩身が狭いというもの。


「いつか……」

「ん?」

「いつか土地を買って、ディナさんだけのお店を建ててみたいですね」


 叶えることが難しいくらい、大きな夢を抱くのは前世から大得意。

 私は絶対に叶えてみせるという意気込みを込めて、ディナさんにとびきりの笑顔を見せる。


「何十年かかるんだろうな」

「ディナートさんの料理の腕前と、アルカさんから提供される食材。そして、私の画力があれば数年で大儲けですよ」

「アルカの資産くらい、余裕で超えてみたいな」

「ですね」


 ディナさんと冗談のような、本気の夢を語る時間を好きだと思った。

 自分の夢は自分だけのもの。

 確かにそれはそれで正しいけれど、必死に自分の夢を外部の敵から守ってきた前世の自分が少しだけ可哀想に思えてしまう。

 前世は前世で必死に生きてきたはずなのに、そんなことを思う自分が自分でも不思議だった。


「おでんってやつの説明ができないなら、ほかにないのか?」

「んー……」

「ミリの世界にあって、こっちの世界にはない料理……」

「いえ、おでんで勝負がしてみたいです!」


 日本の文化を伝えるのなら、やはりお寿司や海鮮丼が頭を過らなくもない。

 でも、この世界は魔法が発展している世界。

 獲った魚介を凍らせる技術が存在しているおかげで、この世界の人たちは新鮮な魚介類を口にすることができる。

 だったら、私に思いつくのは『おでん』を異世界に提供すること。

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