第3話「人は一人では生きていけないって、本当らしい」
「アルカさんは、どれだけの土地を借りているんですか?」
「俺?」
大きな幸せの後に、不幸はやってくる。
この言葉は、あながち間違っていない。
そう思ってしまうような出来事が、この後に待ち構えていた。
「…………んー……俺、土地を借りるのに苦労しないというか」
「え?」
大きな幸せの後には、必ず不幸が待っている。
らしい。
「そこらへんの畑は耕し放題っていうか……」
「え?」
ああ、これがお金持ちというものなのか。
仲間だと思っていたアルカさんを、急に遠い存在に感じてしまう。
「すみません、あの、触れてはいけないことでしたよね……?」
「いや、あの、正確には親父の土地だから! 俺は末端っていうか……」
アルカさんの言い分は、私にだって理解できる。
アルカさんがお金持ちの理由は、両親や祖父母の皆様が頑張ってくれたおかげだから。
アルカさんは、そう伝えたいのだと思う。
「ミリちゃん」
「ここからは、私一人の力で頑張ります!」
「ミリちゃん!」
無理をしているわけでも、意地を張っているわけでもない。
「アルカさんの体は、多くの方に愛されるべきものです」
アルカさんのご実家がお金持ちということは、アルカさんの将来を期待している誰かがいるということ。
アルカさんは私が好き勝手にお付き合いできるような相手ではないということを悟ったから、私はアルカさんとの距離を取り始める。
「ディナートさんのお店を盛り上げる仲間としては、今後も仲良くしていただけると嬉しいなと思っていますが……」
異世界で路頭に迷っていた私を救ってくれたアルカさんと、こんなにも早く別れることになるなんて思ってもみなかった。
「アルカさんの身に何か起きたら、私の命一つでは責任が取れませんので」
そういう意味で、アルカさんを遠ざけていますと伝える。
「私が死んでも悲しむ人はいませんけど、アルカさんは違いますから」
私にも両親という存在はいるみたいだけど、その両親にはまだ会ったことがない。
私が死んだときに悲しんでくれるかどうかも分からない。こんな言い方になってしまうのを、どうか許してください、まだ見ぬお父様とお母様。
「とりあえず、辺境の地に一人で向かうことができるくらい鍛えるところから……」
「痴話喧嘩か?」
アルカさんの身を案じて、アルカさんとの別れを選ぼうとした私を引き留めたのは……。
「ディナートさんっ!」
「ディナっ!」
私とアルカさんが一緒に盛り上げると決めた飲食店。
その飲食店を経営しているディナさんが、この場に登場した。
「馬鹿正直すぎるだろ」
「だってー……」
「金持ちかどうかなんて、隠してしまえばどうってことない」
ギルドは前世にあった市役所同様に混み合う場所ということもあって、私とアルカさんは朝食も食べずに出歩いていた。
それを心配してくれたのは、私たちが敬愛する料理長様。
私たちが身を置くワーズの街での農産業を見渡せる野原のような場所を確保して、料理長様は朝ご飯の用意をしてくれる。
「っていうか、すぐに食べれる物を持ってきてくれた方がありがたいんですけど」
「料理は出来立てが美味い」
前世で、食べることに興味を持ってこなかった私
ディナさんの《《出来立てが美味い》》という言葉が、聴覚を突き破るように私の耳に突き刺さる。
(食べ物が温かくても、冷たくても、どっちでも良かった……)
前世での怠惰な食生活を振り返りつつ、ディナさんが料理を作る姿をアルカさんと一緒に見守る。
「あ、ミリちゃん、火の魔法を使う機会かも」
アルカさんとの別れを覚悟していた私とは違って、アルカさんはいつも通り。
出会ったときと変わらない優しさを、私に手渡してくれる。
「ど……どうやって魔法を使えば……」
「願えばいいと思う。呪文とかいらないから」
「願う?」
「調理用の火をくださいって」
そんな単純な魔法がありますか?
冗談がお上手ですよねと返すよりも早く、アルカさんの言う通り『願う』だけで調理用の炎が手のひらに誕生した。
「熱くないんですね……」
「戦闘用に火力を上げると熱くなるけど、調理用の火程度ならほんの少し熱を感じる程度でしょ?」
まるで火の玉を自由自在に操っているような面白さがあるものの、いつまでも遊んでいたらディナさんに叱られてしまう。
私は急いで、ディナさんの元へと調理用の火を運んでいく。
「助かる」
「……どういたしまして」
「どうした?」
「いえ……」
無愛想な印象を与えるディナさんだけど、こうしてお礼を言ってくれるところは人として素晴らしすぎて言葉を失う。
(前世の私は……)
なんとなくだけど、尖っていたと思う。
自分の夢を叶えることに必死すぎて、いろんなものを敵視した人生を歩んでいたと思う。
そう思うと、初めての異世界生活で私の性格は随分と丸みを帯びてくれたかもしれない。
(メニュー表が完成したら、グルメマンガに挑戦するのもいいかもしれない)
前世でのキャンプシーンを思い起こすような、メスティンのような物を使ってディナさんが調理を進めていく。
「ミリちゃ……」
「この世界に、マンガというものは存在しますか?」
「え?」
事前にカッティングしてきた玉ねぎを炒め始めるディナさん。
この場で食材の下ごしらえをしなくていいように準備してきたところがディナさんらしいなと思う。
まるで、異世界でキャンプをしているような気分を味わうことができている。
「マンガを描きたいなという欲望が……願望が生まれてきている最中で……」
「…………」
「印刷技術が発展しないと、なかなかマンガが普及しませんよね」
「…………」
炒め終わった玉ねぎにエビが加えられることで、これから私たちが食する朝食が一気に高級感増したものになる。
「ミリちゃんって……」
「はい」
「面白いね」
アルカさんが魅せてくれた笑顔があまりにも綺麗すぎて、目を逸らすのも忘れてアルカさんを見入ってしまった。
「もっと仲良くしたいなぁ」
私と一緒に調理風景を見学するものだと思っていたアルカさんが立ち上がって、鞄の中から何かを取り出す。鞄の中から出てきたのは、トマトの絵柄が貼り付けられている缶詰……。
(っていうか、なんで缶詰が……?)
トマト缶らしき物を手にしたアルカさんは、それをディナさんの元へと持っていく。
缶詰の中からは絵柄が指し示す通り、トマトの水煮が溢れ出てくる。
「ディナートさん、生の食材しか使わないものかと思っていました……」
「生が美味いのは否定しない。でも、楽できるところがあったら楽をするようにしてる」
「美味しい料理を作るために努力した結果、体を壊したことがあるディナなのでした」
ディナさんが楽できるところは楽する理由を、アルカさんは丁寧に説明してくれる。
ディナさんに足りないものはアルカさんが補って、アルカさんに足りないものはディナさんが補う。
そんな関係性が二人の間に成り立っているような気がして、心があたたかくなってくるのを感じる。
(私はアルカさんの身を心配して、アルカさんのことを遠ざけてしまったけど……)
結果として、それはアルカさんをお金持ちだから遠ざけたと言っているようなものだと気づかされる。
アルカさんが向けてくれる厚意も好意も信じて、アルカさんと仲良く今まで通りの関係でいれば良かった。
それなのに、私はアルカさんとは住む世界が違うってことを理由にアルカさんを拒んでしまった。