第4話「働かざる者食うべからずとは、こういうときに使います」
「で、どうやって食事の金を払うんだ?」
「う……」
「俺が払うって言ったよね? 俺が連れてきた、お客さんだから!」
異世界生活一日目。
いただいた食事の代金を払うための手段がありません。
「甘やかすな、アルカ。この世界には、働かざる者食うべからずという言葉が……」
この異世界にも、私が前世で過ごした国と同じ言葉があるということを学ぶ。
「私にできること、私にできること、私にできること……」
「狭い店に、接客は必要ないからな」
「せめて、うどん一杯分……」
「必要ない」
ディナートこと、ディナさんと私の睨めっこ状態は続く。
大抵は、店の手伝いをすることで食事代をなんとかできる流れだと思っていた。でも、人を雇う余裕のない店での食事は、私に労働という選択肢を与えない。
「だーかーらー、俺が払うって言ってんじゃん」
「甘やかすな」
「甘やかすよ。ミリちゃん、野垂れ死にそうだったんだから」
アルカさんはお店が必要としている食材をメモしながら、ディナさんを説得しようと声という援軍を送ってくれる。
「そんなに嫌? 自分の料理をタダで提供するって」
「当たり前だろ。ボランティアならともかく……タダで食事を提供するっていうのは、自分の料理に価値がないって言われているようなものだ」
ディナさんのお怒りは、ごもっとも。
私も前世で、世間の人たちよりもほんの少し絵が上手いからという理由でイラストを無償提供したことがある。
そこに善意も厚意もなく、私は都合よく利用された。
私も、自分が必要とされるなら無償でもいいやって悪い人たちに乗っかってしまった。
「はい! 食材が合ってるかどうか、確認して」
私の処遇をどうするか。
話していても埒が明かないと気づいたアルカさんは、自分に与えられた役割を全うしようとディナさんに声をかける。
「頼んだ」
「うん、これからもご贔屓に」
アルカさんが使用していた筆記用具とメモ用紙を片付け始め……。
「あ!」
「うるさい」
「どしたの? ミリちゃん」
「筆記用具!」
アルカさんは、アルカさんにできることを。
ディナさんは、ディナさんにできることを。
そして、異世界に転生した私にもできること。
「この世界に、絵を描く道具はありますか」
異世界に転生したら、前世での能力は活かすことができないかもしれない。
この異世界で私の描く絵は、絵なんて呼べないくらいお粗末なものかもしれない。
でも、異世界に転生した私が、前世での能力を受け継いでいる可能性も残されている。
「絵を描く……色があった方がいい?」
「お願いします!」
私の呼びかけに応じてくれたのは、アルカさん。
ここはディナさんの店のはずだけど、アルカさんはディナさんの許可を得ることなく店の中へと突き進んでいく。
(ということは、この場に残されたのは私とディナさん……)
二人きりの空間では、ディナさんがどんなに美味しい料理を作っても味がしないような気がする。それだけ、この場の空気が凍りつくのを肌で感じる。
「……絵が描けるのか?」
アルカさんが、この場に戻って来ない限り。
空気は、一方的に凍っていくものだけだと思っていた。でも、凍りついた空気を溶かしてくれたのは、私をタダ食い女と鋭い目線を向けていたディナさんだった。
「いや、あの……正直、分かりません」
「は?」
「でも!」
せっかくディナさんが私に関心を寄せてくれたのに、私から返せる言葉はこんなもの。
異世界に手招いてくれた神様や女神様が現れないのなら、自分の手で未来を切り開いていくしかない。
「やってみます」
新しく始まる異世界生活が、前世の能力を引き継いだものでありますように。
そんな願いを込めながら、アルカさんが店の奥から何かしらの絵を描く道具を持ってきてくれるのを待つ。
「ダンジョンでの拾い物とか、そんな感じのだけど大丈夫?」
アルカさんの手には、異世界にもあると便利な基本筆記用具の鉛筆。
そして、前世で馴染みのあるクレヨンや色鉛筆。
水性絵の具やアクリル絵の具、油性絵の具の数々。
「え、これ、全部拾い物なんですか……?」
「うん、ダンジョンで拾った物は拾った本人の物って決まりがあるから」
あまりにも都合よすぎる展開。
私が前世で生きた世界と、この新しくやって来た異世界は、ダンジョンという場所で繋がっているんですか。
「ありがとうございます」
そんなことを尋ねてみたいけれど、その問いに対して答えは返ってこない。
返ってこない問いに関して、いつまでも考えてはいられない。
「今の段階で用意できる紙の大きさは……」
「大きい方がいい?」
「用意できる紙の大きさに応じて、頑張ります!」
アルカさんはメモ帳サイズの紙から、前世でいうところのポスターサイズの紙まで用意してくれた。
(今、必要なのはメニュー表じゃないから……)
アルカさんが用意してくれた紙の中でも、一番大きなポスターサイズの紙を選んだ。
「奥の部屋を借りて、作業してもいいですか」
「いいよ~」
「……別に構わない」
調理場と繋がっている殺風景な部屋には。木箱が山のように置かれていた。
これらに食材が詰め込まれているのかなって想像を働かせながら、私は部屋の中で絵を描けそうなスペースを探す。
そして、私が愛してやまない真っ白な紙を床に敷く。
「机がないから、そこらへんの木箱を使って……」
「お気遣いありがとうございます! 大丈夫です!」
ディナートさんの言う通り、部屋には机が一台も置かれていない。
(でも、それで十分)
今の私が、前世と同じように絵が描けるかなんてことは分からない。
でも、やりたいと思った。
描きたいと思った。
ディナさんが、お腹を空かせた私のために用意してくれた『かきたまうどん』を絵に残したいと思った。
「よしっ!」
身体が覚えている通りに、記憶が覚えている通りに、アルカさんが用意してくれた画材を活かしていく。
(美味しかったって気持ちを、絵に込めて……)
前世も前世で、絵を描くことに対しては全力で取り組んできた。
そういう自信はある。
けど、無我夢中だったかと問われると少し自信がない。
邪念はなかったかなとか。
承認欲求を満たすためだけの絵になっていなかったかなとか。
邪な感情が、絵を描くのが好きな自分を邪魔しなかったかなとか、いろいろ思うことはある。
(でも……)
今の自分は、無我夢中で手を動かすことができていた。
時が過ぎるのも忘れて、またお腹が空き始めているってことにも気づかずに、無我夢中で絵を向き合った。
(楽しい……)
人生で一番、というには大袈裟かもしれない。
(楽しい……)
大袈裟かもしれないけど、人生で一番楽しい時間を過ごすことができているような気がしている。
(楽しすぎる……!)
そんなことを思う。
「こんなに素敵な絵を描けるなら、二食目と言わず三食目、四食目とご馳走しないとじゃない?」
「…………考えてやってもいい」
「何様?」
「料理人だ」
『かきたまうどん』のポスターが完成する頃には、すっかり陽が暮れた頃。
二人と出会ったときは、太陽が活発に働いていた時間帯だったはずなのに。
もう輝かしい光を放つ太陽はいなくなってしまって、前世でも馴染みのある柔らかな光を纏う月が夜空を彩る。
「これ、店の表に飾ったら、どうかな?」
「……悪くないかもしれないな」
「でしょ!」
異世界に来た疲れなのか、久しぶりに過ごした充実感が私に心地よさを運んできたのか、ポスターを描き終わった私は心地よい眠りに就いてしまった。
『生姜と貝柱入りのかきたまうどん』 ポスター完成




