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異世界で朝ご飯亭の広報を担当します!  作者: 海坂依里
8食目 朝ご飯亭の広報担当は『海苔バタートースト』で笑顔を取り戻す
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第1話「初めてのお給料」

「給料前の報酬」


 店の営業を終えて、今日のお店で出された料理の下書きをしていたときに事件は起きた。


「悪かったな、早めに渡してやれなくて」


 店長のディナさんから差し出されたのは、異世界で使用する紙幣。

 これで何がどれくらい購入できるのかは想像もつかないけど、ディナさんが私にお金をくれたことに驚きすぎて私の目は丸くなっていることだろう。


「服とか、必要な物を揃えるのに使って……」

「フラワリングパーティーのドレス代は、クエストで稼いで来いって……」

「店で働いてもらってるのに、報酬を払わないわけにいかないだろ」


 着るものもなく、食べる物もなく、住むところもなかった転生者の私を店に置いてくれるだけでもありがたい。


「ミリ? どした?」


 それなのに、料理長様は働いた分の対価をきちんと用意してくれていた。


「ありがとうございます、ディナさん」


 ディナさんは、異世界からやって来た私のことを常に心配してくれていたということらしい。


「客が増えてるから、いつも助かってる」


 ディナさんがほんの少し口角を上げてくれるだけで、人の役に立てているってことを実感できて心が弾んでくるのを感じる。


「このお金があれば、農具を買い揃えることができそうですね!」

「金は自由に使ってもいいが、農具なんてなくても魔法を使えば節約できるんじゃないか?」

「魔法ど素人にとっては、畑を耕すことと、草を刈ることが難しいんですよ……」


 さすがに魔法初心者が使う魔法には限界があるらしく、土属性の魔法を使った畑を耕すこと。そして、風魔法を使った草刈り。

 この二つだけはアルカさんの教えを受けても、ちっとも上達しないところが最近の悩みだった。


「服とか、画材を揃えた方がいいんじゃないか?」

「優先順位を考えないといけませんね……」


 私が前世で真っ先に切り捨てたのは食費。

 でも、ディナさんのお店で働いている限り、今の人生は食費の心配をしなくてもいい。


「何を買うにしても、アルカに街案内を頼んであるから」

「……このお店、お休みないですよね?」

「ん? 朝と昼営業しかやってない店だから、ちゃんと休む時間は確保できてるよ」


 ディナさんのお店は、今日も明日も明後日も朝の四時から午前十時までの営業。

 夜営業がないこともあって、私はアルカさんと一緒に畑を耕しに行ったり、食材を調達に行ったり、何もないときは絵を描いたりして時間を過ごしている。

 肝心の料理長様は店に籠って、料理の研究をしているらしい。


「休む時間があれば、ほかの時間なんてなくても生きていける」


 ディナさんの頭は、料理のことでいっぱい。

 それを否定したいわけではなく、ふと前世の私を思い出してしまった。

 絵を描くこと以外に、興味を持ってこなかった私を。


(でも、ディナさんには、ちゃんとアルカさんというお友達がいる……)


 周囲と交流することすら拒んできた私とは違う。

 だから、私がディナさんのことを心配する必要はない。


「一緒に出かけませんか?」


 こういうのを、なんて言うんだろう。

 お節介?

 余計なお世話?

 言葉の使い方がよく分からないけど、私の口は自然に動き出してしまった。


「出かけてもいいが……」

「え、意外と前向き……」


 さすが私と似ているようで、ディナさんはまったく違う人生を送っていると気づかされる。


「服を選ぶセンスはないからな……」

「…………くすっ」

「笑うな!」

「ははっ、大丈夫ですよ! 私も服なんて、どれが自分に似合うか分からないですから」


 転生したばかりの頃、ほぼ体操着の格好で異世界をさ迷っていた私。

 そういう仕様なのかもしれないし、食費の次に洋服代を削った私への当てつけなのかもしれない。どちらにしたって、私もディナさん同様にセンスはない。


「じゃあ、一緒にお出かけするのは嫌ではないということですね」

「まあ、嫌ではない……」


 嫌ではない。

 そう言って、ほんの少し口角を上げてくれたディナさん。

 その、感情を表に出し切らないところがディナさんらしくて、私は再び笑い声を上げた。


「私、ディナさんが嫌なことはやりたくないですからね」


 なんだろう。

 泣きたいわけじゃないのに、泣きたくなる。

 私が転生してきた異世界は優しさに包まれすぎていて、ときどき涙腺の処理の仕方が分からなくなるから困ってしまう。


「引きこもり料理長は、遠出! 頑張れますか?」

「料理を作る体力だけはある」

「では、決まりですね」


 ディナさんの店を閉じた夕方。

 私とアルカさんとディナさんは儲けたお金を使って、それぞれが必要な物を揃えるために出かけることになった。


「……あれ」


 街を案内してくれるアルカさんと合流し、私たちは馬車での移動を済ませた。


「ミリちゃん、気づいた?」


「……私たちが暮らしている、サンレードの街の空気の方が美味しい気がします」


 噂には聞いていた。

 空気が澄んでいるかどうかの違いが分かる人がいるとかいないとか。

 前世で空気の澄み具合に興味を持ってこなかった私だけど、馬車から降りた私は真っ先に空気の美味しさの違いに気づいた。


「ヘブリックの街の空気が悪いとかじゃなくて、サンレードの空気の方が綺麗なのかなーって」

「新しい発見で、ドキドキします」


 飲食店が数多くひしめき合うサンレードの街は小さな街ではあるけど、多くの自然にも囲まれた素敵な場所だと思う。


(本当に、何もかもが新鮮……)


 新しくやって来たラブリアの街や、移動に使っていた馬車内の空気が汚れていたというわけじゃない。

 ごく普通の、普段生活しているときに吸い込む空気と変わらない。サンレードの空気が美味しいとか、そういったことが分かるようになったのは私の中でも大きな進歩だった。


「ミリちゃんは洋服、ディナは調理道具、俺は魔法関連の書物ね」


 この異世界は、まだ印刷技術がたいして発展していない。

 それが理由で、恐らくアルカさんの求めている書物とやらはお高いことが容易に想像できる。


(さすがは、お金持ち……)


 お金持ちと揶揄っているわけではなく、単純にアルカさんの財力が羨ましい。

 貧乏人の人生しか経験したことのない私は、お金持ちの生活というものに憧れを抱く。

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