第2話「仲のいい人がいなかった日々からの卒業」
「嫌いなものって、そう簡単に好きになれないよな」
「食べ物の好き嫌いの話ですか?」
「食べ物もそうだけど、なんでもそうだと思う。好きになるきっかけって意外と単純なものなんだろうけど、その単純なきっかけを見つけるまでが難しいっていうか」
結局、私は前世を好きになることができなかった。
前世を生きた自分も、好きになることができなかった。
好きになるきっかけを見つけられないまま、人生を終えてしまった。
「ディナさんは、何が嫌いなんですか?」
「俺は、魔法かな」
「魔法学園に通っていたのに?」
「生活する上で便利だっていうのは感じるけど、戦いに魔法を使うのってなんか違うなーって」
ディナさんの言葉を受けて、この間のニンジンクエストのことを思い出す。
「って、物凄く魔法を使わせてしまって申し訳ございませんでした……」
「あれはいいんだよ」
「え? 人を傷つけるために魔法を使っていたと思うんですけど……」
「食材が手に入る可能性があったから受けたんだよ」
私の生活を養ってくれている料理長様は、どこまでも料理愛の深い人だということを再認識。
「面白いですね、言葉を交わすって」
異世界での生活が大好きだと叫びたくなってくる。
単純な奴って言われるかもしれないけど、単純でいいやって思えてくる。
この異世界で生活していると、思考そのものがポジティブになっていくような気がする。
それだけ、私は私が転生してきた世界への愛が深まっているんだと思う。
「ミリ、笑いすぎ」
「だって、魔法を使う基準が……」
なんかんだ言いつつ、ディナさんも私と言葉を交わしながら口角を上げていたことを見逃さなかった。
この言葉を交わし合う時間を楽しいと感じているのが私だけではなく、二人で楽しいを共有できているってことを嬉しいと思った。
「人のことを笑う奴は、留守番な」
「どこか出かけるんですか?」
「フラワリングパーティーっていうのに参加したい」
「フラワリ……なんですか?」
異世界には魔法と呼ばれる便利な力が存在することもあり、農作物や花々は四季の影響を受けることなく育てることができる。
「魔法使いが、四季を彩る花々を魔法の力で一斉に咲かせるパーティがあるんだよ」
「なんですか、その心惹かれる催し物は!」
「一生に一度は見てみたい景色って言われてる」
「心が疼き出して、どうしようもなくなっちゃいますよ」
前世の私なら資料集めに行ってみるかなーくらいの気持ちしか抱いていないだろうけど、異世界に転生してきた私には感情を共有できる人が傍にいる。
異世界で出会った人たちと、一緒に出かけてみたいって気持ちが自分の中に生まれていることが奇跡のよう。自分で自分の感情の揺れ具合に興味が湧いてくる。
「一緒に連れて行ってくれるんですか」
「最初から、そのつもりでアルカと計画してる」
一緒に行きたい。
こんな気持ち、気持ち悪いだけかもしれない。
それでも、この気持ちが止まらない。
「コレットちゃんも一緒に……」
「行ってくれたらいいんだけどな」
「行ってくれるに決まってます!」
フラワリングパーティーは、別に恋人向けのイベントではないらしい。
友達同士で参加している人たちだって、家族連れで参加している人たちだって大勢いる。
花を眺めたいという気持ちを持った人たちが集まる場に自分がいるって想像を膨らませるだけで、高揚感が高まってきてどうしようもなくなってくる。
「私、本当に前の世界では……誰かとどこかに出かけることに縁がなかったので……」
対人スキルが低いって、こういうとき不利だと思う。
どんなに自分は一生懸命に想いを伝えているつもりでも、ディナさんにはこれっぽっちも届いていないかもしれない。
「ぼっち……だったので……」
私に友達って存在がいれば、ディナさんの表情とかで、なんとなく想いを察することができるかもしれないのに。
ディナさんの気持ちを察することができない悔しさを解消する術を知らないのだから、今の自分には言葉を紡いでいくしか仲良くなる術はない。
「……毎日が記念日みたいで、とても素敵です」
どうして自分だけは、クラスメイトの輪に混ぜてもらえなかったのか。
休み時間に絵を描いていることが、そんなにも気持ち悪いことなのかなって意味が分からなかった。
どうして絵を描くのが好きって気持ちを認めてもらえないんだろうって嘆いたときもあったけど、異世界では私の好きを肯定してくれる人と大勢出会うことができた。
「ミリの楽しみになれたら、良かったよ」
「今日のディナさん、優しすぎて、フラワリングパーティー当日は雨が降りそうですね」
友達さえ作ることができていれば、私はディナさんともっと楽しく会話することができたかもしれない。
ディナさんに不快な想いをさせることなく、話を進めることができたかもしれない。でも、そんなことを思ったって、過去には戻れない。
「パーティーは、いつですか? 何を準備すればいいですか」
どんなに友達が欲しいと願ったって、私の時間は巻き戻らない。
だったら、進め。
どんなに怖くても、進め。
「人間、優しくいられたらいいんだけどな」
「ディナさん? どうかされましたか?」
過去に囚われていた私が前を向き始めたら、今度はディナさんの声が沈んできたのに気がついた。
「俺だって、ミリが嫌なことはやりたくないんだよ」
「ディナさん? ディナさん?」
「ミネさんが嫌なことは、俺にとっても嫌なことなんだってことは理解してほしい」
声は沈んでいるのに、ディナさんは私から視線を逸らさない。
話し辛いことがあるわけではないのだろうけど、嫌な予感というものが私の体を駆け巡っていく。
「わ……私も」
ディナさんに気遣ってもらうと、なんだろう。
泣きたいわけじゃないのに、泣きたくなる。
人の気遣いに慣れていない人間が、こんなにも優しくされると感情が可笑しくなる。
こんなにもディナさんの優しさに触れていると、この先に大きな不幸が待っているんじゃないかって怖くなる。




