第4話「ニンジンを美味しく食するために」
「まさか、不眠不休で働くことになるとは……」
今度こそ、きちんとお風呂に入って身を綺麗にした。
サンレードの街に無事に戻ってこられたことに安堵するのも束の間、ディナさんのお店の開店時間が迫っていることに絶望したくなった。
「悪いな。ミリの絵に惹かれる客が増えて、仕込みが間に合わない」
「ディナさんからの褒め言葉があれば、生きていけそうな気がします」
「なんだそれ」
そんな嬉しすぎる言葉をかけられて、普段の仏頂面からは考えられないくらいの柔らかな笑みを見せられてしまったら、出ない体力も振り絞らなければいけないと気合を入れ直すしかない。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
アルカさんはギルドに立ち寄って、クエストの達成を報告しに行ってくれた。
こうして、ただいまとお帰りの言葉を交わし合わることに平和を感じていると、アルカさんの手にはとあるものが抱えられていた。
「奇跡のニンジン!」
「じゃなくて、奇跡のニンジンを提出した代わりにもらってきた普通のニンジン」
「え、奇跡のニンジンを食することはできないのですか……」
「クエストだから、そこは我慢してね……」
奇跡のニンジンは私たちに食されることを望んでいたのに、期待を裏切ってしまうことになってニンジンに対して申し訳なさが生まれてくる。
あんなにも泥塗れになったご褒美が、まさかまったくの別物のニンジンとして帰ってくるとは思ってもみなかった。
「朝食に使えそう?」
「あのニンジン、たっぷり煮込めって言ってたよな」
私たちの目の前に用意された鮮やかな橙色のニンジンは、私が収穫した物とはまったくの別物。
それなのに、ディナさんは律儀に奇跡のニンジンが残していったメッセージを覚えてくれていた。
「俺がニンジンと玉ねぎを切り終わったら、炎魔法で加熱してくれるか」
「あ、はいっ、お手伝いします」
初手の作業に時間をかけていられないと言わんばかりに、ディナさんは器用にささっと野菜たちを理想の形に整えていく。
「熱を通した野菜を鍋にかけて、バターで玉ねぎが透き通る……いや、しんなりするまで炒めてくれ」
「了解です」
ギルドへと赴いてくれたアルカさんを休ませることを優先して、私はしっかりとディナさんの補佐役を務めていく。
「完成したら、俺が用意した分量のマーポッカから取った出汁と水。あとは柔らかくなるまで煮込むだけ」
「それなら私でもできそ……」
「強火は使うなよ」
「はーい……」
さっさと野菜に熱を通したかった私は強火という火力を強める荒業で、ディナさんが教えてくれたじゃがいも鍋を失敗している。今度は料理の工程を丁寧に行うように、ディナさんが釘を刺してくる。
「ディナさんは……って、マグカップレシピ!」
「三人分一気に作るなら、マグカップが楽だろうなって」
まるで料理教室の最終レッスンに突入しているかのように、総復習とも言わんばかりのメニューが私を出迎える。
「そっちの方が楽できそうですよ……?」
「楽なことは楽だけど、粉の量を測ったりすんのが面倒なんだよな」
料理ど素人の私に目分量はまだ早いと、ディナさんが言葉を付け加えてことを私は忘れない。
「ミリちゃん、玉ねぎがいい感じだよ」
「あ、ありがとうございます」
ディナさんは粉ふるいの道具を使って、白い粉……恐らく小麦粉の類からダマを取り除いていく。一方の私は、マーポッカの出汁と水を鍋に加える。
「ディナさん、こっちは煮込むだけですよ」
「了解」
粉と牛乳らしきものを混ぜ合わせている様子を見ていると、ホットケーキの作り方と手順が似ているような気がすると思った。
(この世界はパンがあるのに、それを使わないところがディナさんらしいかも)
ホットケーキを作るかどうかは置いておいて、それらしきものをわざわざ粉から作ろうとするディナさんはやっぱり料理愛溢れる人だと思った。
私だったらマグカップにパンを投げ入れて、調味料を加えて、炎魔法ですべての過程を終えてしまうと思う。
「あとは生地に、トマト缶で作ったソースとチーズを混ぜ込む」
「これは、もしかして……」
「ムラがなくなるまで、かき混ぜたら……炎魔法っと」
「ピザですね!」
正解という言葉を返してくれたディナさんは本当に料理の先生に見えて、何度拝んでも感謝の気持ちを伝えきれないような気がする。
「ディナさん、こっちのお野菜は……」
「そこに撹拌するための魔道具があるだろ?」
「かくはん?」
「ミリちゃん、こっちこっち」
かくはんという新しい言葉を習得しなければいけないことに、眉間に皺をよせていた私を見かねたアルカさんが声をかけてくれた。
「粗熱がとれたら、その魔道具を使う」
「これは……」
前世では高級家電の部類に分けられそうなくらい高級感漂うミキサーが、私の目の前に登場した。




