第1話「異世界に転生したからって、チート能力は得られません」
お風呂にゆっくりと浸かって、一日の疲れを十分に取る。
異世界の人たちは湯船に浸かることにあまり関心はないみたいで、シャワーのような外見の魔道具を使うのが主流らしい。
けれど、湯船がないわけではないため、私は贅沢にお湯を張ってのお風呂を満喫していく。
(前世は、お風呂に入る時間ももったいないとか言ってたなー……)
私が転生してきた異世界同様、シャワーオンリー。
そんな前世を送ってきた私が、お風呂の時間を楽しむようになるなんて。
自分に変化がありすぎて、それがちょっと面白い。
「あ、お疲れ様、ミリちゃん」
にやついた変な顔を浮かべて油断をしていたところに、アルカさんと遭遇してしまった。
正確には、ディナさんと共用に使用している部屋を訪れた私に、アルカさんが声をかけてきた。
「こんな格好で登場してしまって、申し訳ございません……」
「ははっ、こちらこそ、こんな時間に訪れてごめんね」
異世界に転生してきてからというもの、まだたいして衣服の買い出しができていない。
アルカさんの寄付で私の衣服は成り立っていることもあって、それはもう言葉にならないほど着心地のいい服を着させてもらっている。
「サイズは大丈夫そうだね」
「はいっ! いただいた服はすべてが完璧です」
「それは良かった」
お風呂上がりの今は、一生眠っていられそうなくらい着心地が良すぎるパジャマ姿。
人前に出る格好でないと分かっていても、アルカさんの前に登場してしまったのはどうやっても取り消すことができない。
「悪い、遅くなった」
「ううん、ミリちゃんが話し相手になってくれたから」
どこに行っていたのやら、ディナさんがまるで冒険者のような恰好をして現れた。
「まるで、これからお芝居の練習をするみたいですね」
「悪かったな、似合ってなくて」
「え、そういう意味ではなくて……」
人を褒めるのは難しいと焦り始めていると、笑いを堪えきれなかったアルカさんに少しだけ心を救ってもらう。
「これから、クエストに参加してくるんだ」
「こんな遅くにですか?」
「そうなんだよねー、深夜に発生するクエストらしくて」
あまりにも平和な時間が続いていたため、自分が異世界に転生してきたことすら忘れてしまうほどの毎日だった。
でも、ここで現代日本では体験できないようなイベントが発生する。
「とても楽しそうなイベントですね!」
「いや、命懸ってるからね……」
自分が平和ボケしすぎているせいで、場にそぐわないきらきらとした瞳を二人に向けているとは思う。
それでも、連れて行ってくださいという願いを伝えることを諦めたくない。
「鍬とか鎌で戦うのか?」
「あ……」
ディナさんの言葉を受けて、自分が生活を豊かにするための魔法しか使うことができないことを思い出す。
「そうでした……完全に足手まといでした……」
ここがゲームの世界だったら、レベルを上げることで新たな力を習得するなんて展開を迎えることができるかもしれない。
でも、異世界にやって来てから、ステータス画面というものを見かけたことすらない。
「いいんじゃない? ディナも一緒にいるんだから」
「は? 誰かが死んでも責任取れな……」
「誰かが死なないように、ディナを誘いに来たんだって」
料理愛が物凄く高いディナさんが、戦闘関連でアルカさんの信頼を得ている。
「あのー……もしかすると、ディナさん……凄腕の魔法使いか何か……」
「学生時代、魔法学園通ってたんだよ」
「魔法学園!」
魔法学園という響きに心惹かれるものがあるけど、今から学園に通って魔法に関する勉強を始めるのは正直面倒だなと思ってしまう自分もいた。
「全寮制だったんだが、そこで出される飯が死ぬほど不味かったんだよなー……」
ディナさんが遠い目をしながら、過去の回想へと浸る。
全寮制で出される食事が美味しくないというのは、学生たちにとって死活問題ではないのだろうか。
「まあ、あの美味しくないご飯がなかったら、ディナは料理人を目指してなかったんじゃない?」
「だろうな」
どれだけ学生に衝撃を与える味だったのか気になるけど、それを食しにわざわざ魔法学園に向かう気力もない。
異世界にやって来て少しは前向きに生きられるようになったけど、面倒くさがり屋なところは改善の余地ありということらしい。
「ちょっといい農具が手に入るみたいだから、頑張ってくるね」
「え、だったら尚更、同行したいです」
アルカさんが、クエストに関する情報が書かれてある紙を私に見せてくれる。
絵を描く用の紙となんら変わりのない見た目の用紙で、異世界っぽさを出すためにも羊皮紙の存在が恋しくなってしまう。
クエスト名 奇跡のニンジンを救出せよ
場所 アルザード村沼地
依頼主 クロイマーシュ村村長
報酬 一万エル
ちょっといい農具
その他
「私、未だに初期のボロボロ農具のままなので助かります」
種や苗や肥料にお金を費やしまくっているため、農具を買い替える余裕がまったくない。
どんなに刃がボロボロでも、どんなに刃が欠けていても、どんなに穴が開いていても、どんなに錆びていても、今日までよく頑張ってくれた農具たちに感謝したい。
おかげで、ヘブリック村の借用地は大変立派なものになりました。
「足手まといにならない方法とか、ないですか」
魔法学園に通っていたというのなら、二人は魔法に関する知識を兼ね備えているはず。
二人だったら、私にしかできないことを提案してくれるんじゃないかと踏んだ。
「ミネちゃん、俺たちの作戦を復唱してみて」
クエストの舞台であるアルザード村へとやって来たけど、その村はあまりにも治安が悪くて村としての機能をなくてしまった。
無人と化した村の治安は更に悪化していく一方で、悪党らしき人たちが宴会で盛り上がっている声が不気味に思えた。
「お二人が先陣を切って、私は敵から道具を根こそぎ奪いまくる! ですね」
「装備品を優先的に奪って、それで戦力を削ごう」
雨が降っているわけでもないのに、泥濘んだ土の上を歩くのが気持ち悪い。
子どもたちだったら楽しそうに泥濘みへと足を突っ込むのだろうけど、率先して汚れにいく元気が大人にはないところが残念だった。
「私は闇に紛れながら、お二人のあとを付いていきます」
「闇魔法で身を隠すのが、唯一ミリにできることだからな」
「了解です」
闇魔法という名前を耳にしたとき、呪いの類を発動させるのが可能かと希望らしきものを抱いた自分を反省したい。




